prologue
監査人は、監査を行うに当たって、常に公正不偏の態度を保持し、独立の立場を損なう利害や独立の立場に疑いを招く外観を有してはならない。……監査人の精神的独立性及び外観的独立性の規定 監査基準第二 2参照
その時、男の顔から血の気が失せた。
かつて、国内、国外問わず様々な大会に出場し、その実力を国内全土にアピールした彼の姿は、今となってはまるで小動物のように弱弱しく、また痛々しい。
その瞳に、もう光はない。あるのは深淵の闇のみである。
その眼に映っているのは、たった一枚の文書。その一枚の紙っぺらが、彼の輝かしい栄光を無慈悲にも握りつぶしていた。
「不適正……。」
震える唇をゆっくりと開き、彼はつぶやいた。否、問いかけていたのかもしれない。部屋には、数えきれないほどのメダルとトロフィーが並んでいた。夕日の光を反射した黄金色の輝きは、彼にまだ希望があるようにも見える。――何かの間違いだ――彼の問いかけに対する答えが、その光からにじみ出ているようにも思えた。
だが、そのような希望はかなわない。
「ええ。早速次の日程を組んでいただけないでしょうか。もうあまり日にちは残されていませんので。」
私は、彼に対し淡々と要求を告げた。六月末まで残り三週間といったところか。一刻の猶予もない。出資者への通知を考えると、ほとんどぎりぎりだった。
「待て。」
だが、彼はキッとこちらへと視線を向けた。その眼光は鋭く、まるでギリシャ神話のメデューサのようであった。怒りに任せて、手のひらをデスクの天板にたたきつけると、吐き捨てるように彼は言う。
「なぜだ。俺はこんな結果のために貴様に報酬を支払ってはいない!今すぐ撤回しろ。このままでは、俺は……。」
「あなたの生殺与奪権は私どもにはありません。私どもはただ、求められた役務提供を行っているだけあり、その権利は総会にあります。」
私はなおも学んだとおりの対応を行う。『我を失うな』。議論にせよ何にせよ、冷静さを失えば必ずぼろが出る。当たり前だが忘れがちな、この数か月で嫌になるほど学んだ教訓だった。
「その遠因はこの報告書になるだろうが!」
だが、目の前の男はその様子をやめることはない。それどころか、自分が眺めていた紙を握りつぶし、こちらの方へ放り投げてきた。
――まるでごみ扱いだ――
自分たちが作ったものをこうもぞんざいに扱われると、さすがに少し来るものがある。
だが、それでも私は迷わない。
「お言葉ですが。」
迷ってはならないのだ。
「この結果の原因は、経営者であるあなたの失態でしょう?」
なぜなら、私は「監査人」なのだから。