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高校生たちの恋愛物語

賽銭は投げられた

作者: 海棠 琴梨

かなり出遅れ



 友人に初もうでへと無理やり連れだされるのはこれで七回目。さすがに受験期真っ盛りのこの時期にはいかないと思っていたが、もちろんあいつは行くつもりだった。いや、俺は別にいいんだ。一日遊んだくらいで落ちるような大学なら、入ったところでついて行けるわけがない。そんな息苦しいところは願い下げだ。だから、俺はいい。だが、友人の優二は違う。こいつは数学だけはなぜか壊滅的でやっと見られる点数になってきたのに一日でもサボると忘れるぞ?今日だって勉強を教える約束だったのに。いいとこ見せるんだ!とか言って国公立を第一志望に変えたくせに、落ちて愛しの典子ちゃんに愛想をつかされても俺は知らないからな。


「そんなこと言って、彼女にフラれたから嫉妬してるんだろ」

ニヤニヤと宣う優二にため息が出る。

「フラれたんじゃない。振ったんだ!あんなオンナこっちから願い下げだ」

 吐き捨てるように言う。あの女浮気してやがったんだ。しかも、俺以外に三人も男がいたんだぞ。胸糞悪い。

「でも実質フラれたようなもんだろ?結局あの子はあの一人に絞ったってことなんだから」

「うるせぇ」

「あ、おい!春人!」

 優二はまだ何か言いたそうにしていたが、俺は何も聞こえないふりをして人ごみを進んだ。

 正直に言うと俺は、菅原様を信奉している。鎌倉に来るなら、八幡宮ではなく絵柄天神に詣でたいのだが、なんでこんなに混み合う方に来なきゃいけないんだ。ずかずかと人をよけ、しかし、あまりの人の多さに肩などが接触してしまう。ああ、むかつく。


 ふと気が付くと、優二は後ろから消えていた。この人ごみの中あんなふうに歩いていたら、はぐれてしまうのは当たり前か。仕方がない。スマホを取り出せるような位置まで戻るか。

社務所や、屋台の近くには、特に人が多いが、それを避けるように休憩所に足を向けると人はまばらになった。

スマホのロックを解除し、メッセージアプリを開く。

『休憩所の方にいる。はぐれてごめん』

 顔を見なければすぐに謝れる。こういうところがゆとり、なのかもな。文明の発達とは人間を堕落させるものであるとはよく言うが云々カンヌン、と考えたところで俺がゆとり世代なことは変わらない。だが、どうしてだろうな、時たまこうして思考を巡らせたくなる。

 すぐには、既読がつかなかった。寒い。マフラーをしていても凍えそうだ。たしか、自販機があったはず。あたたか~いのコーンスープを見つけて、がま口の小銭入れを取り出すと、金属部分が氷のように冷たくて、触れた指がびくりと震えた。その拍子に、五円玉が飛び出す。しまった。ころころところがり、誰かの草履へとぶつかると、チャリンと音を立てて横たわった。

「すみません」

 謝りつつ賽銭にする予定だった五円玉を拾う。

「大丈夫ですよ」

 濃い深緑の落ち着いた履物から、年かさの女性をイメージしたが、その声は想像よりもずっと若い。鈴が鳴るような、とはこんな声を言うんだろうな、そんなことを思いながら、軽く会釈をして、自販機の前へと戻る。やっと手にしたコーンスープは暖を取るためにポケットの中に突っ込み、握りこむ。

ほぅ、と白い息を吐きだしたところで、スマホがピロリンと鳴ってメッセージの受信を告げた。

『こっちこそ、ごめん。今入口近くの屋台の前で典ちゃんと合流した。電話しても大丈夫な状況?』

 返信はせずに、こちらから発信する。何コールもならずに、『はい、もしもし』と返事があった。

「俺は今日典子ちゃんが来るなんて聞いてないぞ」

 少しきつい口調になってしまったせいか向かいの晴れ着の少女がこちらをちらりとみやる。

『いや、伝えようとしたんだけどさ』

「もういい。早くこっちにこいよ。典子ちゃんも一緒でいいから」

 口元を手で覆い、少し小さめの声を意識して通話を続ける。

『それがさあ、典子ちゃんが連れとはぐれちゃったらしくて、俺らはこっちで探してるから、春人はそっちでさがしてくれない?』

「連れって連絡できないのかよ」

『スマホと財布が入った巾着を典ちゃんが預かったままみたいで、無理なんだと。じゃあ、特徴言うから覚えてなー。まず、着物来てる。』

 着物を着た若い女。ちらりと先ほどの少女に目をやると彼女もこちらを見ていたようで、がっつり目があってしまった。

『それから、肩に付かないくらいのおかっぱ』

ちょっとボブって言ってよ!という声が電話の先で聞こえた気がした。

『で、えーと、着物の色はピンク、あーさくら色?らしい。あ、桃の髪飾りをしているみたい』

「ちなみにその彼女の草履は深緑か?」

『典ちゃん!……そうみたい。どこかでみた?』


「目の前」


 休憩所にいるから、と付け足して、通話を切った。小銭入れを出して自販機に投入する。とりあえず、コーンスープでいいだろう。出てきた熱い缶をハンカチで包みながら、向かいにいる少女の前へと立った。

「君が典子ちゃんの友達だよね。俺は典子ちゃんの彼氏の友人で春人。今から二人ともこっちに来るから、これでも飲んで待ってて」

 いきなり声をかけられたことに驚いたのか、少しびくつきながら、彼女は頷く。冷たい指がいきなり触れても驚かないように、気をつかいつつ差し出したコーンスープは、けれど、寒さで赤くなった手を振って遠慮を示された。

「あ、ありがとうございます。でも、私お金持ってなくて」

 なかなか受け取ろうとしない彼女に無理やり缶を押し付けて、俺も、ポケットにしまっていたスープを取り出した。口に含んだそれはだいぶぬるくなっていたが、それまでに十分温まれたので、良しとしよう。

「金なんていい。スマホも財布もなくて心ぼそかっただろ。早く温めた方がいい」

 ハンカチで温度調節のされた缶を両手で頬にあてると「ありがとうございます」とにっこり微笑んだ。

 あ、可愛い。二重瞼に、赤くぽってりとした唇。丸いけどぷにぷにしていそうなほっぺた。指でつつきたくなるような衝動を抑え込んで、また一口、コーンスープを飲み込んだ



 それから、優二と典子ちゃんと合流して、財布を取り戻した彼女、りさこちゃんにお金を返すと詰め寄られたり、結局俺の分の賽銭を出してもらうことで落ち着いたり、なんかして無事に初もうでは終わった。


 帰り道、横浜で乗り換える二人とは別れ、りさこちゃんと俺は電車に乗っていた。彼女は俺の前の駅が最寄り駅らしい。こんな偶然もあるもんか。とりとめもないことを話しながら、電車は進む。


「そういえば春人さん、お守り買ってらっしゃいましたよね。やっぱり学業ですか?」

「いや、交通安全の。学業は別のところのがあるから。効果が被るお守りは神様同士が喧嘩しちゃうって聞いてから、買わなくなったんだ」

「そうなんですか?あ、私さっき同じ物買っちゃったかもしれません」

 慌てたようにスマホを取り出すと、キーホルダーを撫でた。鈴と薄汚れた根付が見える。

「小さなころのもらいものなんですけど、縁結びで…。でも、八幡宮も縁結びで有名だって聞いたのでお守り買ってしまいました…」

 鈴を撫でながら、残念そうに巾着を見やる。可愛そうで柄にもないことを思いついた。

「そうだな、じゃあ、交通安全はもってるか?」

「え、いえ、持ってないです」

「だったら、俺の交通安全と、その縁結び交換しよう。いやだったらやめとくけど。人からもらったお守りの方が効果は上だって聞くし、どう?」

遠慮しているのだろう。少し悩んだ表情をするも、効果が上がると言えばパッと明るい表情になり、巾着の中から、お守りを出した。

「君が、事故に遭いませんように」

「あなたにいいご縁がありますように」

 うやうやしく格好つけて渡すと、彼女も真似をして格好つける。お互いの手にお互いのお守りが渡ると、なんだかおかしくなって二人して、ふふっと笑った。


『次は~あ~と~。あ~とです。お降りの…』

舌ったらずな車掌が俺の降りるひとつ前の駅を告げる。

「あ、私ここです。今日はありがとうございました」

もらった縁結びを片手で振りながら言うと、彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに笑った。

 タイミングよくドアが開く。

「それじゃあ、失礼します」

 軽く頭を下げて、降りてゆく人ごみに押されながら出て行く彼女。もらった縁結びがほんのりあつくて、名残惜しくて、じっと彼女の背中を見つめる。


 ドアが閉まる直前、少し人のいなくなった空間で立ち止まった彼女が、振り返り、頭を深く下げた。ドアの前にはエスカレーター待ちの列ができていて、ちらりとしか見えなかったけれど、それでもかまわず彼女は頭を下げていた。礼儀正しすぎだろう。人ごみで彼女から俺の顔が見えないことが救いだった。きっと俺の顔色はこの縁結びの袋と同じ色だった。


 八幡宮の源様よ。やってくれたじゃないか。これからは、菅原様だけじゃなくあんたのことも、神様と認めてやる。新規開拓だかなんだか知らないが、たった百二十円でこんなにご利益ふりまいてていいのかよ?





書き終わってから気が付いたけど、何が何でもお金返そうとしたり、すごく遠慮する子って絶対にその男に惚れてないよね。

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