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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
序章~空の上
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09

 重力に逆らいつつも落ちていく白い塊。



 静かに見下ろすのは二本の剣、それらの持ち主たち。


 二匹の、二人の、二柱の化け物。白い塊は少しずつ機能的な形に洗練されて空気の層を下っていった。



 黒コートの男とパーカーの女は高度一万メートルで踊り狂う。その顔はフードに隠れて見えない。


 男の日本刀は火花ではなく文字通りの炎を吹きあげ、相手に襲いかかる。

 女のレイピアはそれを払うようにし、それに追従する空気の塊が襲う。


 二人の身体はくるくる、くるくると回り、どこか楽しげに相手の生命を奪おうと画策する。狂おしい饗宴はお互いの血肉を食らう利己的な宴だ。


 炎を対価に刃を受け取り、血と肉を交換し、命と命でお互いに賞賛を贈る。


 二人の邂逅はどこまでも暴力的で、それでいて相手を傷つけることなく、ただただ舞い踊るようだ。


 炎の鳥と風を纏うイタチは人間を気にすることなく、二人の世界で転がり落ちていく。


 その二人の世界が今や人間の文明の箱庭の中だとは思いもしない。神々の領域はもう存在しない。


 彼ら神に連なるものたちは、あくまで神ではないものたちはそれを知らない。たとえ知っていたとしてもその箱庭は二つの獣にとって取るに足らないものだ。


 お互いの全てを消し去ろうと舞い続ける。時も場所も顧みることなく、その身すら顧みることなく戦闘は続く。闘争はまだ続く。何のために始まったのかすら定かではない殺し合いは続く。



 人間の脅威を知ることなく。傲慢に。二つのエネルギーは生命を輝かせる。



 御前会議。


 日本の負の遺産、軍国主義を掲げていた時代に権力を持っていた会議だ。

 もっとも軍国主義は世界の標準だったわけだが。かつては戦争などに関わる重要な案件について、日本のトップの前で話し合う会議だった。



 現在の日本はもちろん軍国主義ではない。行政権は内閣、立法権は国会、司法権は裁判所、三権分立は守られ、象徴にすぎない天皇に国政を動かす権力はない。 



 それではなぜこの会議があるのか。それは天皇が国の指導者、あるいは象徴として以外の意味合いを帯びているからだ。意味合いを帯びるようになったからだ。あるいはその意味を取り戻したとも言える。


 それはともかくとして、出席するメンバーは毎回多少なりとも変化する。理由としては単純で、議題毎の専門家がいることが好ましいからだ。いくらシビリアンコントロール、文民統制といえども、書類を睨むだけの役人が軍事的作戦を立てることはできない。


 今回のメンバーはまず天皇、そして総理大臣をはじめとする国務大臣。国内の治安を預かる警察庁ならびに警視庁のトップ、警察庁長官と警視総監。軍人としてのトップ、統合幕僚長。そして日本の呪術師のトップ、神祇庁長官。



 円卓についた彼らの手元のモニターには分厚い報告書。そして映像ファイル。彼らは議題についての簡潔な説明をうけ、報告書を読む暇さえ与えられず、流れる映像を見つめている。



 映像の内容はハイジャック事件。テロ組織プロメテウスが起こし、あえなく失敗したテロリズム。


 政府はこの事件について速やかに情報を開示していた。まるで何かを誤魔化すか、追及されることを恐れるように。もちろんもしこれが成功していたならばこの場の議題に相応しいものとなっていただろう。


 だが実際にはテロリストについては海外の協力者に至るまで、いつでも対処できるようにしっかりと管理下に置かれている。



 映像は必要のない部分が端折られ簡潔に編集されていた。例えば映像の記録者が未成年の女児に対して送った視線は記録されていない。


 二人分の記録は上手く編集され、状況は分かりやすい。必要最低限の情報を国家の主席たちは閲覧する。ハイジャック犯はオルトロスを生み出し、戦闘が激化する。そして映像は幾度となく揺れ動く。



 そして異常。モニターの前で数人が色めく。


 ノイズが走る映像では機体の胴体が切り離され、落下、浮遊。


 炎と風を纏った化け物の記録はしっかりと出来ている。


 モニターに釘付けになっていた人々は各々思案する。天皇は眉を潜めた。ほとんどの顔に浮かぶ表情は程度の差こそあれ似たようなものだった。



 恐怖、不安、さらには絶望と形容されるような深刻なものまで。



 国の未来に憂慮すべき政治家が、銃火に身を曝したことのある警官や軍人が、同じように死を実感していた。


 若くはない彼らの脳を巡るのは幼い日の記憶。世界が制御されない暴力によって壊れた結果を彼らは知っている。


 人間ではない人間が現れたのは世界が壊れる時だった。



「皆様もお分かりの通り、あれらは約五十年も前の遺物です。あれがどのようなものか、判別できてはいません」



 神祇庁長官は説明する。



「彩華島で、あれらを迎えることとなるでしょう。我々の手で下すことは、日本の平和ひいては世界の平和に繋がります。この国で決着をつけます」



 静かな室内に浸透する言葉。強気な言葉に同意が続いた。


「魔剣と聖剣はこの国で封印します」


 その言葉はやはり力強い。だがやはり荒唐無稽だ。不可能だと、誰も反駁しなかったのはそれ以外にどうしようもないからだ。するか、死ぬか。至って単純で理不尽な構図だった。



 かつての災厄で何万人の人類が死んだのだったか。


 誰もその数字を正確には知らない。だが世界中でいくつかの国は国土の半分を失うくらいの被害を受けている。そしてそういう国家は大抵滅んだ。そんな事件の影響は大国でさえも滅亡に追いやった。日本はましだった。たとえ国の半分が日本国憲法の及ばない地域となろうとも国は滅びていない。



 人類の敵にとっては人類と敵対することなど雑作もないことだ。人類を滅ぼすことなど雑作もないことだ。そう、自惚れていることだろう。だが、人類がいなければ彼らはその権能を十全に発揮できないのだ。



 彼らは完全ではない。人類より遥かに強大でも。そして人類は成長する。進化する。彼らに近付く。



 人類の強みを彼らは知らない。

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