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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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 キャンプファイヤーはめらめらと燃えている。

 そのかがり火の周りで男女が仲睦まじく踊る中に俺はいない。

 俺は男女で肩を寄せ合い、誰にも知られたくない秘密を共有している。だがそれに恋愛感情は伴わない。


 火の粉が慎ましく舞う中に金色の髪の毛が揺れる。まるでその黄金を称えるように炎は揺れる。ゆらゆらと不確かに揺れる。


「大丈夫ですか?」

「ああ」


 揺れていたのは意識だ。


「それで、三条さんは死んでいるのか?」


 ゆらゆらと言葉が力無く揺れる。鼓膜を力無く揺らす。視界で首が揺れるのが見える。


「死の定義によりますけど。ある一部分においては。確かに、そうですね。死んでいます」


 死? 死の定義?


 それがそのまま声に出ていたのだろう。あるいは出ていなかったのかもしれない。いずれにせよ、ソフィアは俺を諭すような優しい音を奏でる。


「あの子が死んでいるように見えますか?」

「見えるわけがない」

「私たちが殺したのに」


 唇を尖らせて、俺を責める。


「俺が殺したんだよ」


 全くそのとおりだ。俺がソフィアを使って殺した。俺の意思に従い、彼女の、いや誤魔化してはいけないだろう。三条さんの体に刀を打ちつけた。これが逃げてはならないことか? いや、違うだろう。


「慰めて欲しいのですか?」

「どう慰めてくれるんだよ?」


 俺の膝にソフィアの手が触れる。夜の冷たさを割いてソフィアの熱が割り込んでくる。


「私との契約の話をしましょう」


 火の粉が散っている。その向こうに仁と三条さんが話しているのが見える。俺は咄嗟に目を反らした。目の前には金色の髪が揺れる。人ならざる神が熱を伝えてくる。


「俺は貴重な時間となけなしの精神力を差し出したわけだけど」

「私は貴重な時間と精神力と生命力をあなたから頂いたわけですが。まず、聖剣が何か知っていますか?」

「知ってると思うか?」


 フォークダンスの音楽は俺たちに静寂を与えてくれない。


「私たちは神に作られた兵器です。でも、より正確に言うならば……神に兵器にされた神です」

「それがどうした。契約云々と関係あるのか?」

「いえ、ありません。ただ死とはどういうものかな、と人らしく悩んでみようと思いまして」

「人らしく、ね」


 俺はため息を吐いてみる。


「神様は答えを知ってるのか。羨ましいことだな」

「嫌ですね、ただの慣用句ですよ」


 彼女の指が俺の膝の上で踊る。その行為が生み出すのは単なるくすぐったさだ。何の意味もない。


「神だって人間らしく答えを探し求めていますよ。視点が違う分、答えも変わりますけど」


 神様と人間でそう明確な差が出るものなのか。


「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。契約の話をしよう」


 彼女の指が踊るのをやめる。これから真面目に本題に入ってくれるに違いない。


「確かにこんなことはどうでもいいです。ではあなたは死んでいると思いますか?」


 俺の期待は淡くも打ち砕かれる、そんな予感がした。


「何が?」

「あなた自身が死んでいるとは思いませんか?」


 意味が分からない。俺は現に生きている。


「より厳密には滝峰彰は生きているのでしょうか?」


 俺は生きている。俺は滝峰彰だ。よって滝峰彰は生きている。見事に三段論法だ。滝峰彰は疑いようもなく生きている。二つの前提に間違いがなかったならば。


「それはつまり、俺は滝峰彰ではない、そういう意味か?」


 俺の詰問にソフィアは相好を崩す。今の場面に全く相応しくない笑みは俺の神経を逆撫でする。俺と彼女が本質的に違うことが浮き彫りになった。


「そうだとして、何かが問題ですか?」


 何がではなく、何かが。分からないのではなく、問題が存在しないことを知っている。そして俺は反論できない。ソフィアは俺を見透かしたように笑う。


「何も問題がない」

「意地の悪いことをいいました。幸か不幸か、あなた以外に滝峰彰と呼ばれるものは存在しませんよ」


 幸か不幸か、なんて本当に意地悪だ。


「それにあなたは生きています。滝峰彰は生まれた時からずっとあなたです」


 俺は生まれた時から、ずっと滝峰彰であるというのは当然で言うまでもない。だからソフィアはそう言って証明する。俺に不安を抱かせないように配慮する。それが彼女の神性がなす技か人間性がなす技かは分からないけれど。


「本題ですが、滝峰彰はあなたでは無くなり得ます。それが一つの契約です」

「俺が死んでも滝峰彰は生き続けるってことか。どういう意味だ?」


 ソフィアの手が俺の左足に触れる。ちょうど先程まで致命的な傷があった辺りを擦る。


「一度だけ。あなたは生き返ります」

「俺はじゃなくて滝峰彰が、だろ」


 物分かりがよくて助かります。


 そういう感情がソフィアからひしひしと伝わってくる。こんな感覚も俺が存在する証拠だ。俺というアプリケーションソフトを滝峰彰というハードは走らせている。ハードが壊れて修理することが出来ても、俺というソフトに記載されたセーブデータは復元できない。今時ソフトにセーブデータを記述するなよ。時代遅れな。


「人間って不便ですよね。神は肉体と魂には分割できませんし、わざわざ死んだ肉体から出てきた魂を浄化しようなんてしませんから」

「俺は一度浄化されることで俺の記憶を失うのか」

「肉体の修復と共にそこに刻まれた記憶は残りますし、習性も簡単に無くなるわけじゃないですけど。消そうと思えば簡単に消せますよ」

「脳をぶち壊せばいいもんな」

「全く極論ですね」


 楽しそうに口元を歪める。俺もその表情を真似る。俺は俺なりのその表情をこれからも模倣し続ける。俺というプログラムが別の何かになっても、変わらずできるのはハードが出来ることだけだ。俺の精神がどれだけ歪もうが浄化されようが俺に出来ることは変わらない。脳と体というハードが変わらない以上、傍から見ても変わらない、いや分からない。


 俺が死んでも俺は生き続ける。他人の視界で、あるいは他人の視点で、俺が生きていることが疑われることはない。認知できないものは存在しない。他人にとっては。俺が消えたことは認知できない以上、存在しない。つまり俺は消えない。あくまで俺以外にとっては。


「とことん矛盾だな」

「どこらへんがです?」

「いや、ほらその」

「別にあなたの命がどうでもいいなんて思っていませんよ」

「そりゃ、俺が死んだら何かしらお前にもデメリットあるだろ」


 快い響きが耳を打つ。俺らの間の渇いた関係に相応しい笑い声だ。


「そうですね。一つ嘘を吐きました。あなたなんてどうでもいいですよ。私との契約が履行されれば」


 俺の口からも笑い声が漏れる。喉を震わせる度に体の節々が痛む。


「どうしましたか。急に笑うなんて気味が悪いですよ」


 眉をひそめる。だが今こそ嗤うべきだ。気味が悪い俺を嗤え。俺は君が悪いんだと笑う。


「清々しいんだよ」


 ソフィアは感心するような声を出す。ちらりと顔を覗いてみると視線はまっすぐ炎に向かっている。瞳の青色が炎の赤を浴びて不気味に揺れる。ソフィアが俺の知るソフィアでなかろうと構わない。俺の知る子供時代の彼女は幼い俺の消失と共に朧に消えた。


 俺の知る俺がいつか消えても俺は気付かない。その時には俺はいないのだから。


「お前、俺を慰める気ないだろ」

「誰も慰めるなどとは言ってないじゃないですか。大体慰めて欲しかったのですか?」


 何だ。勝手に勘違いしていた。何だ。俺の精神と俺の肉体の間には確かな差があるじゃないか。


「契約の話を進めてくれ」

「ふむ、では。あなたの足」


 俺は足を撫でる。血塗れだった足はもう治癒している。


「それ、貰いました」


 俺は爪を立てる。男子高校生の見なれた足に爪が食い込む。神経が痛みを訴える。脳が、全ての俺が、肉体と精神が震える。だが違う。抗い難い違和感が俺の……精神を襲う。それでも肉体はいつも通りの熱しか伝えない。


「これ、俺のじゃないんだな」


 口に出すとしっくりくる。不思議と納得がいき、涙も出ない。震えているのは俺だが、震えさせるのは俺ではない。


「俺の足は治せなかったのか」

「治すのは間に合わなかったでしょう。滝峰美咲の能力は死んだものをまだ治せないようですから」

「残念だね」


 俺は俺のものではない足の指をもぞもぞと動かす。少し壊れた靴の中で嫌な汗を感じる。感じる?


「あなたの肉体はこれから死ぬでしょう」

「……死ぬようなことはしない」


 俺の顔は渋くなる。ソフィアの表情は見ない。だが想像に難くない。


「できるとお思いですか?」

「馬鹿だな。人間には不可能なんてないんだよ」

「自分でも信じてないことを……そんな自信万々に言わないで下さいよ」


 想像とは全く異なった声色でソフィアは言う。音楽がちょうどよく途切れた。沈黙が重くのしかかる。


 俺は手足の指を動かす。何気無く掴んだ土は冷たい。炎はまだ燃えている。人々はまだ楽しそうに踊っている。俺は踊らされている。契約なんて馬鹿ばかしいものに振り回されている。たった一人の少女との関係性に、たった一人の元家族との触れ合いに世界を揺らされる。


「あなたの肉体が滅べば私は一度だけ再生することができます。ただ一度意識が途切れたあなたが同じ人間であるかは自信がありません。そういうことです」

「三条さんは肉体をそのバックアップに換えたのか?」

「さぁ。私と狼の性質は違いますから。美女と野獣ですよ。一緒にしないでください」


 俺は笑って立ち上がった。俺は一本の足と紛い物の足に支えられる。顔を上げた視界には何人かの知り合いがいる。俺は知っている。人間が何もかもできるわけがないことを知っている。


 美女は野獣よりも性質が悪い。


 美咲は知っているのか? 佳奈は、仁は、三条さんは、昴は、知っているのか。俺に期待するなよ。……俺は何もできないんだから。


「おうおう、お兄ちゃん。二人きりなのに何か難しい顔してんね」


 美咲は人が死に掛けていたというのに能天気な顔をしている。幸せそうな顔をしている。


「大勢だと真面目な話なんてできないだろうが。まぁ別にくだらないこと話してただけなんだけどな」

「そうですね。二人のこれからを話していただけですね」


 本当にこいつは俺を慰めてくれるつもりはないらしい。俺がマゾヒストならばまだ違うのかもしれないが、あいにくと俺は特殊な趣味を持っていない。聞きたいことはまだあるが、今日はもう潮時か。


「二人の将来ってどういうことかな」


 これからと将来を聞き違えるなんてどういうことかな。茶目っ気に溢れているのかな。それとも害意に溢れているのかな。佳奈は血相を変えて詰問する。半ばソフィアに弄ばれてるようにも見えるよ。

 佳奈はそれからため息を吐いて、俺に顔を寄せる。


「生きてて良かった」


 至近距離から佳奈の瞳が潤んでいるのが見える。

 本当に良かったよ。俺が生きていて、誰も不必要に悲しませることがなくて。


「なぁところでこれからってどういうことだよ」

「居候をやめてもらうように交渉してたんだよ」

「えっソフィアさん別居するの?」


 別居って言い方だとまるで同居しているようだ。いや、確かに同居も同棲もしているのだけど、俺の中で語弊が生まれる。


「ソフィアちゃん、住む場所なかったら家に泊めてあげるよ」

「嬉しいです。だけど野宿は体に悪いですよ」

「そ、そうだよねー。うんやっぱり野宿は体に悪いよね」


 何それソフィアさん、昴の家に泊まる代わりに家主を追い出すの? 昴も引きつった笑いで返す。


「ソフィアちゃんって何か独特だよね」

「昴さんも奇特ですね」


 危篤か。野宿でそこまでなるのか。身包み剥いだのかな? そんな俺の感心をよそにソフィアは続ける。


「見ず知らずの人を家に泊めるなんて危ないですよ。優しいですね」

「ああ、いや別に構わないさ。可愛い女の子だしな」


 その言葉に女性陣から白けた視線が殺到する。


「何か俺アウェイだな。仁クン行こうじゃないか」

「オレ朧と踊るんで」


 昴が仁の肩に伸ばした手は虚しく墜落する。三条さんは申し訳なさそうな顔をして仁に連れられていく。ソフィア、佳奈、美咲は見かねたように……目を反らした。俺の方へ。


「じゃっ、行こうか、お兄ちゃん」


 口々にそんなことを言った彼女たちは俺の体を押す。俺はできるだけ同情の色を顔に浮かべる。昴の恨めしげな顔は、俺の視界の隅で揺れる。歩いていく過程で昴の顔は見えなくなる。


「踊ろうか」


 佳奈のその提案に俺は何の気なしに頷く。

 昴の顔は見えない。


「キャンプファイヤーの右の方で踊ったら幸せなカップルになれるって本当かな」


 昴のそんな声が聞こえる。誰か相手がいるようで、おそらく相手は女子のようだった。キャンプファイヤーの右の方ってどっちだよ。相手の女子が右の方という言葉を何やら訂正するような声が聞こえる。方角を言われても分からないけれど。


「き、キャンプファイヤーの右の方ってどっちだろうね?」


 佳奈がそう言うと、にんまりと美咲は笑った。ソフィアは不思議そうな表情をする。大方カップルになるということについて考えているとかそういうことだろう。ソフィアは奇特なのだ。


「さあな。踊ろうぜ」


 俺は佳奈が向かっていた方角にそのまま足を進める。


「俺は迷信も呪術も神様も嫌いなんだ。そんなもん信じないよ」


 佳奈は俺の手を取る。火花が可烈に音を立てる。俺はまだ燃えている。確かに佳奈の血液の脈動を感じる。その感覚には違和感がない。


「月が綺麗ですね」


 佳奈とソフィアは声を揃えてそう言った。満月が浮かんでいる。綺麗な月だが月見よりも花見の方が好きなんだ、と俺は一人心の中で主張する。両手に花は美しく咲いている。せめてこの役得を楽しもうじゃないか。


 命を引き換えにしたこの役得を。

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