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「今日は帰るよ」
ジュリアは寝ている。
「まだ帰ってなかったんだ」
会話に生じたずれの原因の一つに僕が陽日の動向を把握していなかったことが上げられる。だからこその僕の発言だが。
一度陽日と別れた後、ジュリアと僕はファミレスで食事を取った。幸福な満腹感に脳髄を犯された僕たちはのんびりとした足取りでボロアパートのドアをくぐった。それからジュリアは脳の機能を順順にブラックアウトしていき、むにゃむにゃと心地良さそうな鳴き声をソファーの上で上げているというわけだ。
僕は陽日の突然の登場に驚かなかった。驚く機能は明日になるまで起動しないのだろう。半ば夢と現実の境でうろうろしていたからだ。
僕はお風呂場から現れた少女をちらりと見る。今更ながら人工の光は似合わないと思った。日の光は陽日にぴったりだし、月の光は女性全般を美しく飾るだろう。それは夜にその姿を拝めることにも一因するとは思うが。
「今まで何してたんだい?」
時計は七時を回っている。
「キャンプファイヤーが綺麗でね」
陽日は座った。僕が腰掛け、ジュリアが眠るソファーの上だ。ジュリアの頭を少し押しやってみる。僕の肩に掛かっていた温かさはソファーの表面を滑っていって陽日の肩に落ち着いた。
「巫女服って目立ったでしょ」
巫女服の少女が、しかも部外者でかつ美少女である彼女がキャンプファイヤーを遠巻きに眺める情景が浮かぶ。生徒たちも驚きだろう。特に男子は邪な視線を送ることに余念がなかっただろう。
「花火とかしたことあんの?」
ふと、気になった。天皇陛下というのは手を振って笑顔を振り撒くイメージしかないが、花火なんかはしたことがあるだろうか。
「うーん、いや、ないね。今度しよっか」
今度するらしい。御自由に。あと一、二ヵ月で夏はやってくるし、そうなればそういう機会もあるだろう。それにしても眠い頭では生産的な話題なんて振れないものだ。
そうやって考えていると何かが被さる感覚がある。この柔軟で肌を温めるものは……毛布か。決して人肌なんかではない。大体この場にいる美少女二人はどちらとフラグを立てても社会的な制裁が加わることが想像に難くない。僕の類稀なる女性博愛主義をもってしても、心無い世間の風当たりは収まることがないだろう。世間では僕のことを節操がないだとかロリコンだとか女誑しだとか、敬意を込めて呼ぶだろう。僕は声援を背に受けながら、迷いのない足取りで性犯罪者という烙印と共に刑務所に行くのだ。
「眠ってたのか」
十分程度、意識と現実での齟齬がある。
「じゃ、帰るね」
僕は手を力無く上げる。まぶたは持ち上がらない。意識は浮上しない。記憶は覚束無い。
さっきまでの思考は夢との狭間に消えていく。目が次に覚めた時、僕が僕以外のなにものでもないことを願い、意識を閉じよう。また明日、とジュリアに向けて口を動かす。寝息が遠くなっていく。僕は一人、夜の静けさに落ちていく。




