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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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 天皇陛下らしい少女を俺は見る。巫女服を着ているのが呪術的な意図があるのだろうと見当を付ける。

 これが単なる趣味ならば腹が捩れるほど笑うところだがそんなことをすれば不敬罪か。日本史で習った古い時代ではそうなったのだろう。大戦を二度も経ればそんなこともないけれど、馬鹿にする気もおきない。

 それが必要に応じてだろうことは分かるし、似合っている。テレビで微笑みを浮かべて手を振る姿よりも綺麗に見える。元々ネットなんかで美人だとは騒がれているが、この非現実的な現状がその美しさを増長するのか。


 ただそんなことはどうでもよく、少女二人の手の中にあるものが問題だ。いや、手の中にあったものか。

 今や、月光を浴びる巨大な獣はこの国で一番高貴な血統に跪いていた。


 その目には理性が宿る。だが俺に対する、曰く魔王に対する敵意はその奥でちらりちらりと揺れていた。もっともそれを顕にする気もないらしくその牙は口の中に仕舞われている。契約は失敗した、と獣は語った。


 三条さんは契約の詳しい内容を説明する。魔銃の呪いを説明する。魔銃との邂逅を説明する。


 曰く『私は狼が欲しがった体を貸して、私は名前を取り戻してもらったんです』


 曰く『照準を付けたら、必ず撃たなきゃならないんです』


 曰く『私の部屋で会ったんです。兄が何か関係してるみたいで』


 結局のところ、俺には『よく分からない』。三条さんの感想と俺の思いはその点で一致した。俺の思いには正直どうでもいいだとか、疲れたから寝かせろだとか、俺まで知る必要があるのかだとかが入り交じる。


「さてと、どうしよっか?」


 天皇陛下はあっけらかんと言った。その気安い感じは頬笑みと共に手を振る穏やかな様子とは噛み合わないが、月光の中で巫女服を纏う不思議な少女とはマッチした。逆に言えば天皇陛下と目の前の少女はなかなか結び付き辛い。


「えっと、天皇様がなんでこんなところにいるんすか?」


 天皇陛下の眉がひそめられる。その言葉使いが気に入らなかったのか、呼び方が気に入らなかったのか。どちらにせよ、敬意は足りない。怒るのも仕方ないなと思った。


「陽日。陽日って呼んでくれない?」


 ちょっと耳を疑った。フレンドリー過ぎるんじゃない?


「えっと陽日さんはどうしてこんなところにいらっしゃるんすか?」


 動揺していたのも言葉使いを間違えたと思ったのも俺と同じらしく、いくらか改まった様子の仁。聞き間違いかと思ったのならばそれも俺と同じらしい。


「敬語はいらないって」


 それから促すように目を向ける。


「いや、ほら一応年上っすから」


 三条さんの多少冷やかな目から逃げるように視線をずらして仁は言った。仁を見て天皇陛下、陽日さんは納得したような声を出した。一応は妥協したのだろう。その口調がほとんど崩れていたからだろう。


「ベターだね。仁くんでいいのかな」

「あ、はい」

「ボクがなんでこんなところにいるかだっけ。まぁいくつかあるんだけど、一つは物見遊山ってとこかな。せっかく楽しそうなお祭りがやってたからね」


 眉をひそめたのは三条さんだった。


「せっかく? ってことはここに来る理由が何かあったんですか?」

「少しね。そっちの滝峰くんに用事があって」


 そりゃどうも。そんなことは誰も頼んでいないけれど。


 口を開けばあまり好ましくない本音がこぼれそうで唇に力を込める。それをどう受け取ったのか陽日さんは

「そう構えなくていいよ」

 と笑った。


 陽日さん、陽日さん? 天皇陛下に恐れ多いことだ。正直この御時勢、天皇陛下に必要以上の敬意を払う必要があるのか? いや、まず必要以上のものを必要とはしないだろう。それ以前にこの場合はあちらからの要求である以上名前呼びがいいのだろう。敬意は絶対に忘れないけれど。


 まず天皇陛下と言えば、この国の統治者であり、神の子孫であり……。


 脳内の葛藤に違和感を覚えた。俺は天皇陛下を神の子孫とする考えを、日本の神話を歴史的事実と考える二つ前の大戦のさらに前のような考えを持っていない。天皇陛下が人間であるという事実を当然のものとして知っているはずなのだ。


 天皇陛下はこの国の象徴であり、それ以上の価値を持たない。国事行為をし、目の前の女帝に限っては呪術的な仕事も請け負っている、そんな歴史的な価値ある身分を持つ人間である。言うなれば貴族だろう。きっとそうだ。そうに違いない。神の血筋を引いているなんてことは常識的にあってはならない。俺がそんな血迷ったことを盲信しかけたわけがない。妹が可愛すぎるわけがないし、ラノベ的展開があるわけがない。やはり俺の常識的判断力はまちがっていない。


「大丈夫かい?」


 綺麗な声が聞こえた。俺の顔を覗き込む端正な顔立ちにやはり神の血を引いているに違いないと勘違いするが、人間の域を出ていない。ソフィアの神秘的な印象とは違う。少しだけだが違う。


 それからソフィアなんていう神秘的存在を許容している時点で天皇が神の子孫だ云々の話にそこまでの忌避感を持つことがあったのかと自らに問う。答えは見つかる。必要はあった。常識を見失うことを避けなければならなかったし、そして何よりも自分で考えなければならなかった。


 違和感はあの思想が自分由来ではないことに気付いたから生じたのだ。あれはソフィアから受け取った知恵(ソフィア)由来のものだ。


「大丈夫」


 後ろにですと付けかけて自制、それから砕けた語尾を付けかけて自制した。そのせいでまるで美人に近くから急に話しかけられて動揺するような、間抜けな返答になってしまった。


「で、それで、俺に用事っていうのはもう終わったのか?」


 できれば終わっていて欲しい。例えば俺が聖剣と魔剣を使っているところを見たいというのならもう終わっている。また何か問題を引き連れてきたのなら、勘弁して欲しい。俺の基本理念は事無かれ主義という尊いものなのだ。座右の銘は『見ぬは極楽知らぬは仏』『言わぬが花』。何も知らず、何も関わらないのが一番だ。さらには『仏ほっとけ、神構うな』。怪しげな宗教のようなものが俺の生活に関わらないでもらいたい。


「終わった……のかな? 明確に何をしようって決めてたわけじゃなくてね。ちょっと顔見せかな。これからよろしく、みたいな」


 明るいものだ。まるで太陽のようだ。これは別に彼女の神性を肯定するわけでなく。


「キミは逃げられないよ」


 それは宣告。まるで未来を予言するようでもある。俺はその言葉にまさに逃げ道を塞がれた心地がした。俺はそんな感覚から逃げようと試みる。予言が当たると分かっていながら。


 俺はソフィアを手にした時からきっと逃げることなどできないのだ。俺と聖剣の契約は確かな鎖として存在する。絆などではなく鎖としてお互いを縛りつけている。


「別に逃げない」

「そうかな。お父さんと似ているらしいからね」

「どういう意味だ?」


 俺の声は硬さを帯びる。


「そんなに怒る必要もないでしょう」


 それに対する声には悪意は感じられない。馬鹿みたいだ。特に深い意味はないのだろう。俺の父親は俺の預かり知らぬところで神様の子孫にまで語られるような聖人君子になっているらしい。俺には関係のない、下らない与太話だ。


「そんなに怒ってない。ところで逃げるって何から?」

「それが分からないのに逃げないなんて言ったんだ。無責任だねぇ」

「子供だからな」


 紛れもない言い訳だ。子供であることに意味などない。ソフィアを手に入れた時から子供ではいられないことは分かっている。俺の心を見透かしたわけでもないだろうに、まるで全てを知っているというような目が俺を見ている。優しい目は俺の弱さを責めてはいない。ただ俺が逃げたことを上から泰然と見下ろしている。いや、見下している。


「逃げるべきときに逃げるのは構わないけど」


 逃げてはならないときは来る。そういう忠告だ。そしてその時に逃げないで。そう言っているのだろう。嫌な言い方だ。そのときにはまた選択を迫られるのだ。誰も望まない選択肢を俺は吟味するのだ。


「分かったよ」


 俺は相好を崩している。俺はきっとどちらの選択肢を選ぼうとも同じ表情をするはずだ。笑い嗤い、口角を上げて明るい声を絞り出す。


 太陽のような目が何を期待しているのか。太陽のような過激な熱を持つ視線が何を見ているのか。俺は冷たいことに興味がない。子供は自分のことで手一杯だ。


 だがもしかして、他人のことを気遣えるような強さがあれば俺は正しい選択を見つけることができるだろうか。

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