35
力を与えましょう、とソフィアは言った。
5月の時ととても似通っている。その時と今ではソフィアの人格には確かな差があるはずなのだ。記憶は失われたのだから。だから少し嬉しかった。
絶叫が耳をつんざく。それは仁と三条さんのものだったが遅れて自分自身のものが紛れているのに気付く。
主に力を捧げよう、とイタチは言った。
5月の時は命を奪ってやろうというような殺し合いをしたので少し嬉しい。
新しい力とは簡単な話、二振りの剣の性能を引き上げるやり方だ。
その方法のおかげか、右手で下ろした刀には今までにないほどの強烈な光が宿る。左手で担いだ大鎌は光を呑みこむような漆黒だった。
俺は冷たい目で変化を見る。
仁はボクシングのようなファインティングポーズをとる。体の周りに電弧が発生している。装甲の隙間でアークは刺激的な雰囲気を漂わせた。刺激臭の正体は電気分解された酸素かなにかか。装甲の隙間からは焦げた傷口が露出する。赤に変わった光はまるで警告灯だ。
拳銃からアサルトライフルへと進化した魔銃。その表面には紅いオーラが見えるのは気のせいだろうか。白銀の兵器は紅く敵意を燃やしているのだろう。魔の赤色は血のように生々しく俺の恐怖を喚起する。
「狙え」
三条さんの口が動いた。その命令は三条さん自身に向かう。つまり今のは魔銃の言葉か。あの女子校生の肉体を操るのは何だ? 俺の見知った彼女ではないのか?
渇いた笑い声が響く。それはとてもじゃないが少女には似付かわしくない。
「魔王か……?。ひゃはははは、魔王か。そうか、本当に魔王なのか。ひゃは」
渇いた笑いは狂った嗤いへ変化する。無差別な敵意が濃厚な殺意へとなり、発する圧力が強大になる。俺は魔王でもなんでもない小市民だというのに。弁明をさせてもらえる時間はない。
「おい、テメエ、三条某をどうしやがった?」
いつの間にか近付いた仁の装甲がアサルトライフルの銃身を容赦なく握る。モーターから電気を材料とする火花が散る。どこまでが仁の管理下に置かれた動きなのか判別できない。鎧が意志を持ったように電気は威嚇する。
「ひゃは? この小娘か? 日が沈めば死んじまうぜ」
仁の自由な手にスパークが集まった。握られた拳がその激情のままに振るわれれば三条さんの身が危ぶまれる。仁の怒りの視線は三条さんの口元に向けられていた。だがそれも一瞬のことですぐに手の中の魔銃に対して錬磨された殺意が向かう。
「やめて。仁君」
仁の拳が緩んだのは言うまでもない。三条さんが身を翻したのは言うまでもない。そして三条さんが自身の意志を取り戻したかと言えば、それについても当然ながら否定される。
「ごめんね、仁君。もう私はいないの」
両手が銃身とグリップを握りなおし、構える。その訓練された動きは一般の旧人類が中等教育から学ぶ自衛のための訓練のたまものだ。その動きは洗練されているが学校教育にありがちな一定の無駄を、そして三条さんのくせを含んでいた。
「ひゃは。狙いをつけたらもう終わりだぜ」
銃口は仁には向かわず俺の方に滑り出した。俺の足は考えるよりも早く動き出す。距離は三メートル。アサルトライフルの長さが俺にとって幸運となる。
銃口は俺の足の端を捕捉した。頭ではなかったのが幸運だ。
肉が削がれ、その勢いのまま俺は回転した。激痛で空白の生まれた意識が何とか大鎌の消失を感知した。
「トライサクセッサー」
無意識にその名を呼んだ。刀が震えて大気が振動した。二振りの化け物は歓喜する。その銘が久方ぶりに呼ばれたことに歓喜する。己の望み以上の力を手に入れたことを賛美する。
刀の表面に銘が浮かび上がり、俺では読めないことを確かめさせるとそれは再び物理的に読めなくなった。
俺の身を風が守護する。傷ついた足を労わるように体が浮遊する。まだ名前を知らないイタチは俺を労うようだ。
「ひゃはは、死にさらせっ」
その引き金が引かれる。遥かに威力の高まったライフル弾は俺の纏う風の衣に当たる。引き金は引き続けられている。反動がどう処理されているのかは知らないが生命を貪欲に求めるそれらは一ヵ所に集中し食い込んでいく。銃弾は大砲のサイズにまで大きくなり、風の鎧はそれを受け流すことに失敗する。
俺の左足から痛み以外の感覚が消え去った。それでも俺が聖剣を振るえたのは脳が麻痺した証拠だ。
三条さんが咄嗟に突き出したライフルの銃身は呆気なく断ち切られ、その勢いのまま腕の片方が千切れ飛んだ。表情は痛みに歪む。目に迷いと恐怖が浮かぶ。それは確かに三条さんの人間らしい感情の発露だ。
「ひゃははははははっは」
だが表情と声は釣り合わない。ライフルはバラバラになってどこかへ消えた。
「スニークショット」
三条さんの肉体が蒸発し、俺の肉を衝撃が襲う。爆炎は風の鎧に呑まれ少し肌を舐める程度で済んだ。だが俺にはもう立ち上がる気力は残されていなかった。おいおい、俺の足に何か恨みがあるのかよ。




