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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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33

 人知れずため息を吐く俺をよそに三条さんは動き出した。


 トリガーが連続して引かれマズルフラッシュが焚かれる。


 銃弾は連続して発射された分か威力は先程より落ちるようで、小さな穴がいくつも穿たれる。


 俺としては小さかろうが大きかろうが命に別状があることは自明の理だ。俺はまっすぐと前を見据え、体に力を入れ脱兎のごとく……逃げ出す。


 校庭というのは障害物がない分、当然ながら走りやすい。それは追いかけやすいということでもあり、そしてなによりも銃弾から身を隠し遮るための物が存在しないということでもある。


 幸い三条さんには拳銃を百発百中で当てるようなことはできないらしい。それでも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。

 撃たれる側が達人で弾丸を跳ね返すような武術なり何なりを会得しているならば別だ。その場合は高笑いでもしながら挑発すればいい。さらに内蔵をぶち撒けてくれると嬉しい。


 俺はそんな達人ではないから下手な鉄砲も当たる時には当たるし当たらない時には当たらない。マーフィーの法則と言ったか。起こり得る可能性があるものはいつか起こる。俺の足に当たる可能性がある弾丸は、いつか実際に俺の足の筋繊維を貫き、骨を砕き、血を地面に垂れ流させるのだ。


 それがたとえ今であっても何ら不思議ではない。むしろ感謝するべきなのだ。体育館の中で可能性が実際に起こった事実へと昇華し、人込みが人だったゴミたちへ変化することがなかったことを。


 地面が近い。なぜか。マーフィーの法則だ。


 息をすれば鼻に土埃が入り込む。骨が砕けるというのは大袈裟だったようだが血肉は露出している。目に砂が入る。


 足はもう痛みよりも熱の塊だが、皮膚の下にあるべき物体たちが外へピクニックへ出掛けようとしているのはしっかりと感じられる。


 三条さんは俺のことを殺す価値もないと思ったのか、あるいは殺したくないと思ったのか、はたまた何も考えていないのか。俺の周囲に鉛の雨が振ることはなかった。太陽は持ち前の無関心さで平等に光を注いでいる。


 俺の右手では刀が優しい光を放っている。そう言えばまだ俺はこの刀の銘を知らない。痛みからか乱れた思考は、痛みが緩やかになるのに従う。


『生命エネルギーを増幅しました。少しだけ寿命が縮まるかもしれません』


 それは太く短く生きろという神の啓示かな。ため息混じりだった女神様の言葉に涙が出る。足を見ると血は止まっている。傷は見るに堪えない赤色のままだ。

 俺はできる限り素早く立ち上がり、戦況を確認する。



 三条さんが操る、もしくは三条さんを操る魔銃の総弾数は十六発らしい。全弾発射すると普通の拳銃と変わらぬ様子でスライドは固定される。三条さんの手は素早く弾倉を抜き取った。

 ただそれだけでホールドオープンの状態はスムーズに解除される。弾はまだ入っていないはずなのになんて疑問は鋭い銃声で掻き消える。


 今の構図は俺を含めると一対三。

 だけれど敵の敵は味方という超理論には仁は反発したいらしい。俺も理不尽な理論に反旗を翻すのは嫌いではないがそれによって命を危険に晒そうとは思わない。


 仁も命の安全は保ちたいようで一応は三人側に参加しているが警戒心を顕にしている。どちらかと言えば俺の方がまともに参加できていない。仁の腰の辺りにあるレーザーポインターは遠慮がちに右の方の謎の少女を照らしている。そこから何か発射されるのだろうか。その疑問が解消されることがないように祈る。


 俺は足を上げて降ろす。前にも同じようなことを思ったが脳内麻薬は優秀だ。ソフィアの気遣いのたまものかもしれないが痛みは麻痺している。おかげであの戦列に加わることができそうだ。


『にやけてますよ』


 そりゃどうも。頬が緩むのを抑える気はない。佳奈のメイド姿を思い出させてもらった。楽しい気分で陰欝な気分を誤魔化す。


 どうせやるなら楽しんだ方が得だろう? 特別殺し合いを楽しんでいるわけじゃないけれど。スポーツならともかくこんなことが楽しいことであっていいはずはない。


 俺は駆け出した。靴の裏が地面をしっかりと掴んで俺を前に押し出す。短距離走の速度で三条さんの死角に潜り込む。仁のセンサーが俺を追う。

 三条さんは仁と少女に牽制の鉛玉を散撒いている。少女は矢を射り、それに対抗する。


 その中間地点で、仁は三条さんに殴りかかろうとパワードスーツのモーターを鳴らした。仁が未だに飛び道具を使う様子がないのは三条さんの身を案じているのか。


 だがひらりと身を翻して、踊るように闘う少女二人はどちらも仁の射程に入ることがない。


 そこで俺が切り込む。三条さんの後ろから肉薄した俺は、仁の拳に刀を叩きつけた。仁の大振りな拳を三条さんが辛くも交わした結果だった。


 腕が痺れる。足が浮く。一メートルも離れない位置で三条さんは俺に銃口を向けた。俺に防ぐ手段はない。しかし三条さんの細い体を仁は容赦ない動きで殴り飛ばし、俺の頬には細い一筋の血の跡がつくだけで済む。痛みと銃声はほぼ同時に聞こえたせいかまるで音に威力がこもっているようだ。


『彰さんっ!』


 鋭い叱責に、足を踏み出し、仁のパワードスーツの関節部分狙いで刀を突く。

 弾かれる硬い感触に顔をしかめると、仁の視覚センサーが俺をじっと見ているのに気付く。背中に走った寒気に従い、身を倒す。


 仁の胸部装甲を銃弾が抉る。俺の肩を貫いた炎の矢が骨を焦がす。


 男二人して情けない呻きを上げ、背中合わせに立つ。


「なぁ、よく分からないけど協力しよう」


「いいっすね。お互い殴ったり斬ったりしたことは水に流すってことっすね」


 確かに俺の言いたいことはそうだが、俺の方が余計に殴られてるのに一方的に流すのは釈然としない。ゲーセンで儲けることにして溜飲を下げよう。生きてゲーセンに行けたら。この戦闘が終わったらゲーセンに行くんだ。イベントが俺を呼んでいる。そこはかとなく死亡フラグを建造していると、手の中の刀が震えた。会いたくて会いたくて震えるの? 俺も三がつく川の向こうのじいちゃんに会いたいかも。というか願望に関係なく会いに行くかも。


 少し肌寒い。どうやら風が強くなってきたようだ。脳細胞が嫌な予感をキャッチする。それを形にしてくれたのはソフィア。


『イタチを忘れてません?』


 なろほどと思う間もなく俺と仁を囲うように旋風が起こる。

 銃弾も炎の矢も風の前になすすべなく流れていく。旋風は竜巻へと進化するが不思議と俺と仁を巻き込むことはない。イタチも一般高校生の脆弱さを心得ているのだろう。風に舞う銃弾や矢が俺にとって致命的な打撃になることを考えてさえいれば問題はなかった。当然食肉目イタチ科の知能ではそこまで及ばなかったようだが。


 俺の腕を炎が炙った。


『主、何やら失礼なことを考えてはおらぬか?』


 人の心が分かるなら人の生命を気遣ってくれないかな。ここで文句を言えば台風の目ならぬ竜巻の目が消えてしまいそうだと気付き、口を閉じる。正直フレンドリーファイアで死ぬのは勘弁したい。腕と足の皮膚に血の筋が増えた。


「イタチ、もういいから」


 竜巻は幻のように一瞬で消え去った。地面に降り立つ巨大イタチ。竜巻が消える寸前余韻を残すように暴風が吹き荒れ、少女二人は宙を舞った。片方は体育館で二階にいた男性が受け止め、もう片方は狼の巨体が支える。


 イタチは泰然と見回す。その目には俺の感情とは相容れぬものが宿っている。それは戦闘をすることへの愉悦。


 イタチの前足は狼に向く。

 牙が見え、地響きのような唸りが聞こえる。大気が唸った。二頭の巨大生物は衝突した。


 三条さんが糸が切れた操り人形のように倒れた。その喩えがほとんど本質を射ていることは三条さんの瞳を見ればすぐに分かった。


 仁がスラスターを吹かしてまで三条さんに近寄る。俺もその後を追って歩く。イタチと狼の攻防は野生の獣そのものの食い合いで人間が介入するには相応しくないように見える。


「大丈夫かっ?」


 ヘルメット越しの声に三条さんは呻き声で応じる。


「仁君?」


 ようやく開いた目はヘルメットの輪郭をなぞるように動いた。左の手がヘルメットの頬の辺りを撫でる。それだけ見れば映画のワンシーンのように整っていて、だからこそ一つの違和感に俺は目をつぶりかけていた。

 右の手が何気無く上げられた。


「銃?」


 困惑気味の声はその手の中の物体を呼ぶ。魔銃は三条さんの手の中で白銀の形態を保っている。


『む? 逃げおったか』


 イタチの困惑混じりの独り言が聞こえたのは本当に幸運だった。魔銃は確かにそこに存在しているという証拠となる。


 俺の左手に大鎌は収まった。大鎌の一閃とマズルフラッシュはほぼ同時に瞬く。

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