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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
65/75

31 ※

 少年と目が合うと強張った笑みと引き攣った笑顔の交換を行い、僕はお互いの不運を呪った。それから虚ろな目をしたジュリアを背負う。眠いのならば好都合。この様子だと陽日が死んでしまったことも覚えていないだろう。


 さてこれからどうするのが最適か。


 まず勝利条件は何だ?


 僕自身が死なないことこれが一番だ。二番目の優先事項はジュリアの身。これらがプライベートな案件。


 僕の神祇庁職員としての優先事項は自分と周囲の人々を守ること。天皇陛下を守るという任務が正式な職務中ならば発生したかもしれないが、陛下はお忍びでかつ陽日として扱えと僕に要求していた。実に残念だが、あの女子高生の姿は見られないだろう。


 僕は大穴を覗き込む。これが女湯へと続く穴ならば喜んで覗くのだが。


 そんなことを思いながら覗いた先では上半身を露出した見目麗しい少女が立っていた。僕はサイコメトリングを使用して大穴の脇に飛び散った血痕に触れた。間違えようのなくそれは陽日を形作る細胞や組織の欠けら。僕の記憶を何度リロードで読み取ってみても陽日は死んでいるように見えて、地獄への往復切符でも持っていなければあそこに立っていることなどありえない。


 陽日は死んで生き返ったのかそれとも死んでいなかったのか。


 不意に僕の両目から熱いものが流れた。機能不全を起こしていた心が再起動したらしい痛みが胸から響いた。


 何やら少年の勇ましい声が聞こえた。ギャラリーが眠った今体育館は不気味な静けさが覆い尽くしている。そこで少年はあの化け物との問答をしているというのだから相当の馬鹿か相当の勇者か。僕には判断がつきかねる。


 どちらだとしてもその精神のどこかに重大な欠陥が見られることだろう。人間というのは誰しも欠陥を抱えているものなのでそこまで気にしないが。



 目の端で少女が跳躍するのを確認した。


 服装はさっきまでとは異なる。

 いかにも雑誌のモデルのような見事な普段着から、白と赤を基調とした巫女服に変化している。

 僕も時と場合さえアレならばアレな叫び声をあげてアレな行動に及んでいるだろう。どうでもいいが上半身を露出した先程の姿をもう一度見たい。さっきは生きているという驚きでまともに見れなかったのだ。脳内フォルダに保存できなかったことがとても悔やまれる。


 不思議な高揚感に包まれる脳を振ることによってリセットする。


 陽日は体育館の低くはない二階部分にふわりと重力を感じさせないような動きで着地した。恐らく風を受けてなびく巫女服が作り出した錯覚だろう。


 そうして微笑みを浮かべる。ぞくりと背筋に寒気が走る。ステージ上の三条朧が生み出した強烈な圧力と天皇陛下が作った微笑が原因に違いない。微笑の裏に隠れているのは凄絶な殺意。


「梓弓」


 陽日の手には弓が握られる。光でできたあるいは炎でできた弓。


 柔らかな日の光を弓の形に造形したようだ。後ろの大穴からは日光が差し込み、まるで太陽が陽日を守るようだ。陽日は弓を構える。矢は存在しないのにも関わらず矢をつがえるような動作をした。空からの光が陽日の手の中で形を持つのが見えた。


「神式、ヤタガラス」


 そう呟いて手を下ろす。矢は放たれる。燃え盛る炎の鳥は鳴き声も上げず、銃を構える三条朧に突進する。


「……陽日、何で生きてるんだ?」


 焦りが収まり冷静に現状を知覚する僕の脳は当然なことに目の前の現実を拒否する。僕の感覚のほとんどが陽日が生命を輝かせているのを認めている。ただ理性だけは死んだ存在が生き返ってはならないことを訴えていた。


「ボクの名前を呼んでくれたのは初めてだね」


 陽日はこの場面に相応しくない、どうにも気の抜けるようなことを言う。

 僕の顔は半ば怒ったような表情になっている。その怒りの矛先がどこに向かっているのかは僕にも分からない。だが脳の別の部分では陽日の発言を吟味していた。確かに僕は陽日のことを名前で呼んだことがなかった。その部分の脳でもやはりそれがどうしたと叫んでいるが。


 燃え盛る炎から銃声が響く。天井や壁に大穴が開いたが人的被害はなさそうだ。そうして炎の中から姿を現した少女は不思議そうな表情をこちらに向ける。


「誰?」


 三条朧の声は不思議とはっきりと聞こえる。それに対する解答に陽日は再び弓を向けた。


「ボクはキミの敵だ」


 相手に届いたかは分からない。三条朧が目に見える変化をする前に二本目の矢は放たれた。二本目の矢は全体が光を放っている以外は普通の矢に見える。威力はその派手な見た目に相応しくステージ上にクレーターを空けるほどの凶暴なものだった。二本目の矢は目標には当たらなかったのだ。

 理由は外部からの妨害。


「呪装機甲か」


 陽日はそれを見て驚いたようにそう漏らした。


 それを形容するのにまず浮かんだ言葉はロボットだ。アンドロイドよりはロボットの方が相応しいだろう。人型というよりは人が装甲を纏っているように見える。要するにパワードスーツやら強化外装と呼ばれる類の兵器だということが分かる。


 呪装機甲という単語には聞き覚えがある。


 呪装機甲とは呪術を装備した機械的な鎧という説明を聞いたことがあるのだ。


 軍が神祇庁と協力して作っている兵器である。目標の一つとして、由利先輩の白童子という紙の鎧があった。


 由利先輩という呪術師をもってして完成する兵器を一般人が呪術的装置並びに機械を使うことにより完成させようという試みである。完成したとは聞いていないが元々が極秘の機密情報だ。僕の所まで情報が回ってこないのは当然である。

 僕が知りえたことはすべて口止めされている。



 呪装機甲はどうやら完成したようだった。


 体を覆う装甲には意味こそ分からないものの一目見て呪術だと分かる文様が刻まれ、頭を覆うフルフェイスのヘルメットには点滅する機械が見える。センサーの類で周囲を見ていることは分かるし、関節からもモーターの異音がする。背中に付いていると思しき推進機がそれの突如の出現を演出したのも分かる。光の矢を逸らしたのがどういう仕組みかは分からないが到底科学的な技術をもってではなく呪術的なものをもってしてだろう。


「何者だ?」


 鋭い声で誰何するのは陽日。呪装機甲は陛下と魔銃の丁度中間に立つ。それが敵か味方かもその意図も全く理解できない。


「そっちから名乗れよ」


 呪装機甲から拡声器を通して流れる返答は苛立っているようにも聞こえる。その多少加工された声はまだ若い少年のようだ。陽日と同じくらいの年の頃に聞こえる。


「ボクはそれの敵だよ」


 陽日は弓を構える素振りを見せない。ただ視線はそれを指し示すように三条朧に向かう。三条朧もどこか戸惑った様子で一連の流れがどこに向かうのか待っているようだ。


「オレはあんたの……敵ってわけじゃなさそうだな」


 そして味方でもないようだ。僕は彼の発言にそう心の中で続ける。彼もどうやら言葉を選んだらしい。


 できる限り誤解のない意思疎通を図らなければお互いにとって不幸なことになる。そんな暗黙の了解があるようで陽日はそれに対して返答する。


「ボクの目的は最低限の被害に抑えることだよ」

「オレの目的はみんなを助けることだ」


 二人の主張は選んだ言葉が違うだけあって意味合いも異なっている。僕には二人の意図するところと目的を正しく解釈できそうもない。


「なるほど。確かに味方ではなさそうだね」


 だから陽日がしみじみとそう言った意図も理解できない。


 三人の間でどのような人物相関図が出来上がるのか脳裏で想像していたところ、曖昧な問答よりも分かりやすく不愉快な主張が飛び出した。


 呪装機甲は身を翻し、推進機から熱を噴射して離脱する。陽日は弓を体の前に持ち上げると呪文を唱えた。


「神器、ヤタノカガミ」


 弓は円形の物体に変化する。強烈な破壊力を持つ弾丸は一発が体育館を懲りずに破壊し、もう一発は陽日の前に現れた光の鏡に反射してやはり体育館を徒に破壊した。


 そうして三発目の凶弾は唐突に放たれた。それは未だ眠り続ける客の中、状況を静観していた一人の少年に突き刺さらない。そしてそこに新たなクレーターが形成されることもなかった。


 滝峰彰はソフィア・ウォーカーという人外が変化した聖剣を持ち、立っていた。


「銃弾跳ね返すとか……奇跡だな」


 小さく流れてきた声を聞くに、生き残ったのは奇跡だろうか。少なくとも本人は自身の生存について懐疑的な様子だ。実際に体が消し飛んだと見える少女ですら生きているのだから滝峰彰の生存は疑いようのない事実だと思うが。


 僕は静かに後退り、出来る限り目立たぬように逃げようと考えた。サイコメトリングしか使えず武器もない四捨五入すれば一般人と大差ない僕が何を出来ると? 強いて言うならば邪魔にならないことだろう。


「どこに行く?」


 陽日の目は端の方で僕を捉えているようだったが、質問は僕の体をしっかりと拘束するようだ。僕の顔はそれなりに情けない顔になっているだろうから、それに相応しい声が漏れたところで今更気にすることでもない。幸いなのはジュリアが眠っていることだろうか。


 僕は何も答えず大人しく他の三組の様子も見る。少しでも生存確率を上げる行動は知ることだ。周囲の状況すらも知らない人間が逃げるのに適した方法を知ることなどできるわけがない。


 という大義名分を心の中で掲げ逃走したがる本能を宥める。


 僕は獣でも化け物でもなく人間でありたい。よって理性の働かせ方は計画的に。僕は人間のまま死にたいわけでなく生き続けたいので銃弾というかたちで利子が請求されないことを願うばかりだ。そして建前の使用は用法用量を守り白湯など口当たりの良いもので流し込むことだ。



 それにしてもどう考えてもこの状況はまずい。三つ巴どころではない面倒極まりない戦闘に僕は身を竦ませるばかりだ。どこにいるともしれない神に祈ろう。明日の陽光を浴びることができるように。

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