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ミスコンなんて見に来たのが運の尽きなのかそれとも三条朧という少女と知り合いであったことが問題だったのか俺には判別できなかった。
だが身勝手な感情論で言わせて貰うのならば後者に関しては後悔しない。たとえ後悔してやり直せるとしても同じことをするだろう。
そんなことを眠りに落ちた観衆の中にしゃがんで隠れ、同じ年くらいの少女が消し飛ぶのを見ながら考えていた。
まずは深く呼吸をする。次に目をしっかりと閉じる。頬を両手で叩き目を開ける。そして再び空を見る。壁だった場所から美しい青空が見えた。頬をつねっても見える風景は変化しない。眼球をつねれば見える光景に変化が訪れるかと期待してみるがおそらく何も見えなくなるだろうから自重する。
つまりあそこにいたはずの少女は死んでしまったらしい。俺はその言葉に付き纏うべき負の感情を探したが不思議と俺の中には存在しなかった。現実感の喪失がその原因として適しているのでは、と俺の冷静で人間味の薄い部分が告げる。
大穴の脇で強張った顔をして少女を抱える男性と目が合い、俺も引き攣った愛想笑いを浮かべる。
「それでどうしますか?」
そう言った少女は金色の髪を弄んでいる。あのステージに現れた巨大生物は彼女の同類だろう。幸か不幸か俺はあの狼が何なのか想像が容易にできる。そのことを幸運と認めたくないのはそれを認めてしまうとそういう不条理な存在とのエンカウントを認めて負けたような気がするからだ。俺は平穏で平凡な日常が好きなのだ。
「どうすると言われてもな」
俺には断じて不条理な化け物を許さないみたいな信条はない。正直あの拳銃が弾丸を放たなければ、あるいは観客のほとんどが眠ってしまわなければどうということはなかった。触らぬ神に祟りなしというやつだ。
俺は取り敢えず横に横たわる妹を触る。
「……何か……凄い眠い……」
美咲は俺が触れるか触れないかで、もごもごと主張した。目は眠そうだが開いている。
その目は黒と金の間で明滅していた。三分間しか戦えないヒーローのタイマーのようであまり良い気分はしない。どうやらこの妹も相当に運が良いのか悪いのか。
どうにも決定的な場面には立ち会えないらしい。
前回も結局非日常にはほとんど意識のまともな状態では関わらず、俺は美咲の抱いている幻想を守るために戦ったようだった。別にそれに関しては何ら不満はない。むしろ好都合だ。
人間、自分の力が全く及ばない世界なんて関わるべきじゃない。関わってしまえば神様みたいなご都合主義の存在を信じるしか無くなってしまう。今の俺みたいに。
「力を貸してくれ」
俺はただ一言ソフィアに向かい願った。その発言は力を借りるというよりは助けてくれという懇願。
俺にはあんな化け物と渡り合う力はないのだから仕方もない。だから俺の最善手は形だけでもソフィアの主であるという特権を活かして、神様に縋ることだ。情けないなんて言っていられない。大事なのは生き残ることだ。日常を取り戻すことだ。それはたとえ他力本願だったとしても。
「……滝峰先輩」
一瞬誰が呼んだのか分からなかった。だが俺のことを先輩なんて嬉しい呼び方で呼ぶ女子は一人しか知らない。いや、俺は彼女を全くと言っていいほど何も知らない。
「……私の名前は、何ですか……?」
それでも俺は彼女がどんな答えを望んでいるかは手に取るように分かった。三条朧。
彼女の名前の欠落は自然に無くなった。まるで狼と一体化することで何らかの完成したものになったかのようだ。
「お前の名前は魔の銃だ」
俺は比較的力を込めて彼女に俺の答えを伝える。彼女の望まないただの記号を贈呈する。正直そんな意地の悪いことをしたところで何かが好転するとは思えなかったが、ステージ上の彼女に三条朧は相応しくないとも思った。根拠はないが、純粋に気にいらない。
「外れです。私の名前は三条朧ですよ」
俺の主観的に名前のない彼女は銀色の拳銃を持ちあげる。淀みのない動きで死亡への容赦ない片道切符が発行される瀬戸際で、燃え盛る鳥がステージに飛び込んだ。




