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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
63/75

29 ※

 気がつけば正午を回り、おやつの時間も回り、学園祭も大詰めの午後四時過ぎ。大抵のクラスを巡り、滝峰昴の所有する二振りの剣も確認した。


 例のクラスの中ですーはーすーはー息をしていろいろと読み取ったのだ。空気を媒介とした情報は脈絡の欠如した分雑多な情報が手に入る。言うなれば浅く広く。女子高生のスカートの中の情報やらは一個人としてとても有用なので脳髄に染み込ませるように記憶します。


「さてどうするか」


 陽日はお好み焼きのキャベツを箸で弄びながら呟いた。僕の腕の中では歩き回って疲れたジュリアが眠っている。僕はジュリアのプラチナブロンドの髪を弄りながら考える。


「片付けの最中に拉致するとか」


 僕は取り敢えず提案する。


「却下で」


 簡潔に否定される提案。これでも無意識に考えて出た結論の一つなのに。それを人は思いつきと呼ぶかもしれないが。


「まず何ができれば成功ですか?」

「ああ、正直そんなこと考えてなくてね」


 じゃあ何しに来たんだよ、という魂の叫びは呑み込む。まさか人の財布を空にするためなのか? そんな目的なのかと恐れ慄く。


「別にもう面倒だしいいかなと」

「面倒ですか」


 僕のため息混じりの言葉に陽日は眉を上げた。不満そうな視線は僕の顔からずれて体育館のステージ上に向かう。

 体育館には学生やら外部の人々やらが隙間なく立っている。僕たちはそれを観客席の比較的人の少ない場所から眺めている。どうやら天皇陛下が手に持っている護符らしきものが効力を発揮しているようで人が近寄ることがない。

 ステージの脇には行われているイベントの名前が書かれたプログラムがある。それによると午前中の合唱やバンドは予定通りに終わり、ミスコンがあるらしい。生徒会主導のイベントらしいがよくやるものだ。


 僕が眺めている内に司会進行役の少年がやけにテンション高く登場する。見覚えがあると思い、記憶を漁れば由利先輩の教え子でかつ同僚のようだ。それはつまり滝峰彰とも親交があるということだろう。


 よくよく考えれば聖剣やらとコンタクトを取る簡単な方法はある。滝峰彰の周辺にいる呪術師に紹介してもらえばよいのだ。

 どうやらお忍びで来たらしい彼女は神祇庁次長からの正式な司令という形では命令できないが、僕が由利先輩と話せば大丈夫だろう。二三、僕が罵声を浴びせ掛けられハァハァしている内に全てが終わるだろう。僕の社会的地位も含めて。


 僕のドM発言はともかくとして僕の灰色の脳細胞はこれが最善手だと認める。あてにならないなという感想は飲み込む。誰も得しないから。


 さて生徒会庶務の腕章を付けた眼鏡の彼は少女の名前を高らかに読みあげていく。ステージには恥ずかしそうな顔をしていたり、見事な笑顔を作っていたりそれぞれの魅力を兼ね備えた少女たちが並んでいく。

 僕はどこかトリップしそうになった思考を天皇陛下からの冷たい眼差しを賜ることにより別方向にトリップさせようと試みた。


「キミは結構な変態だろう? ジュリアと一緒に住んでいて大丈夫なのか?」


 日本人ならば言葉をオブラートに包む技術を磨いてもらいたい。それにだ。折角少女との生活を始めたというのにそれが早くも失われるなど我慢ならない。


「別に僕は手を出すつもりはないので大丈夫ですよ」


 これぞ現代版光源氏。口に出した言葉には、大人になるまではとかジュリアから頼んでくるようなことがなければという文言が続く。これぞ大人の処世術。言葉をどころか言いたいことをオブラートで包む。


 まぁこれも言い替えればただの嘘だけれど、やはりそういう不都合な真実は隠すに限る。


 視線をステージに戻すと何人目かの少女が歩くのが見えた。


『次の挑戦者は……!』


 少年の適当な発言。参加者から始まり挑戦者までさまざまな言葉を適当なノリで変遷したのが耳に残っている。マイクを用いるせいか時々ハウリングして不愉快でもある。


 彼は一拍間を置くと今までならばすぐに名前を呼ぶところを手元の紙をちらりと見た。


『さんじょーおぼろっ!』


 その文字列がゆっくりと脳内変換されていく。三条朧と意味のある塊に変質するのを知覚したときその名前が指す少女が歩いているのが目に入る。僕は息を呑む。それは彼女の美しさのせいではない。彼女には美しいというよりは可愛らしいという言葉の方が適しているし、幸い隣の天皇陛下で耐性ができている。


 僕が息を呑んだのは、さらには顔を強張らせたのは一重に恐怖からだ。朧という名前に似合わず意志の強さを見せる瞳はまっすぐとこちらを射抜いている。その目に浮かぶ感情は確かな敵愾心。その点庶務の少年の発言は彼女に適している。


 彼女は確かに挑戦者だ。


 ここで誤ってはいけない部分は僕が高校生の少女の眼光に恐れをなしたわけではないことだ。より重要なのは彼女が僕らを敵として認識しているという有り得るはずのない事実。


 そして彼女の敵意に呼応するように現れた圧力。陽日は好戦的な笑みを浮かべている。それこそ僕が恐怖を抱いた対象だ。


「……私の名前は三条朧です。中等部の三年A――」


 驚くことに深く息を吸って口から流れるのは一種の定型句。ほかの参加者と同じように平穏に過ぎ去ることを僕は切に願った。僕は神経を集中して、それこそ目の色を変え第六感的な能力までも駆使して耳を傾ける。


 彼女は言葉を切った。それは誰も違和感一つ覚えることのない間。少し言葉に詰まった程度のものだ。だが僕の能力は確かに彼女の口が言葉を紡ぐのを捉えた。


「……もう後戻りはできない……」


 それから彼女は名前を呼んだ。いくらか明瞭な声で聞き間違えることすら許さないように。


「神様。契約を――」


 そこにいるのは紛れもなく狼だった。僕の危惧とは裏腹に人々が恐慌に陥ることはなかった。だが彼女からの直接に近い敵意を浴びていたものならば違う。


 ジュリアは目の端に涙を浮かべ、どうやら無意識に身を守ろうとしたらしい。黄金色の美しい瞳は観衆を沈黙させたのだ。それは恐慌も起こりえないはずである。


 意識を手放した多くの観衆の前で狼は歩を進めた。ステージ上では人が乗れそうなほど巨大な狼が鼻先を三条朧に擦りつけたかと思うと光となって実体を失っていく。


 ハウリングの不愉快な響きが静寂が覆う体育館に切り込む。見れば庶務の少年は蹲っている。ジュリアの能力に逆らっているのだろうか。


 三条朧は白銀に輝く敵意をこちらに向けた。


 それが神由来であれ、悪魔由来であれ、人由来であれ銃口は等しく恐怖を抱かせる。そして僕は順当に恐れに心を開け渡した。


 三条朧の手に握られたちっぽけな拳銃は紛れもなく巨大な狼が変化したものだった。白銀のオートマチック拳銃は引き金を引かれるのを待っている。そのじっとした様子は少なくとも従順な武器には思えない。三条朧の腕が跳ねた。指が最悪の方向に引かれるのが見えた。


 弾丸は一直線に飛び、僕のほとんど真横を貫いて消えていった。天皇陛下が肉の塊になり後ろの壁に空いた穴に落ちていくのが見えた。


 ちっぽけな銃口から、人を消し去るほどのエネルギーが放たれたことなど、信じたくもない。

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