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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
60/75

26 ※

 僕は屋台でたこ焼きを頬張っている。

 ジュリアも口に鰹節をつけて笑っている。

 陽日はラムネを飲んでいる。


 学園祭と言えども案外楽しめるもので一時間はあっという間に過ぎた。仕事もせずに。


 これから何かあれば飯さえ食うことができなくなるという配慮のもと食事に来たというわけだ。折角の祭りなのだから祭りに相応しい食事をするべきだ。


 騒動が起こってその相応しい食事を取る機会が失われることはジュリアにとってとても遺憾なことだろう。


 僕はティッシュでジュリアの口元を拭う。

 僕にされるがままだったジュリアは口の中をもごもごと動かしながら指差した。どうやら次は焼き鳥らしい。これまでに食べたのはたこ焼きに加えお好み焼きにフランクフルト、ポテトフライに焼きそば、さらにはからあげにイカ焼き。


 祭りにありそうなものは大概食べ尽くした様子だがまだ食欲は収まらないらしい。

 この上きっと甘いものは別腹だと超理論を振りかざすのが女性という生き物なのだ。


 きっと成長期の少女でもそんなところは変わらないだろう。僕以外の二人の胃袋が満ちていくと共に僕の財布が萎んでいくのを主張するのは野暮というものだろう。自分は財布だ。貢ぐために生まれてきたのだ、と自己暗示を掛けていると、同じように奢らされていると思しき男子学生を発見する。


 その顔は最近見たものだ。一方的に知っている少年。


 僕はそれを目の端に入れながら焼き鳥を注文する。うんざりした様子で財布を開ける少年が見える。どうやら焼きトウモロコシを買っているらしい。哀愁漂う後ろ姿に親近感が湧く。


 僕は屋台のおじさんから受け取ったプラスチック容器から豚バラを抜き取って咥える。それからジュリアの前に容器を差し出す。

 嬉しそうに串を選び出すジュリアを見て、少年たちから意識を反らす。あまり長い間気にしていても仕方がないし、気付かれてしまうのも面倒だ。それよりは自分の財布の中身を見て憂鬱になる方がかろうじて有意義である。勤労意欲が湧いてくるからだ。



 首を何気無く回すと不愉快なことに愉快そうな顔をした陽日と目が合った。その目線は表情を保ったまま自然に少年たちに向かい、それから僕の元へ返ってくる。


 陽日の目的はあくまで聖剣との接触であり、あの少年と関わったところで即刻目的が果たされるというわけでもなさそうだ。

 それでも彼との接触は目的達成への近道となりうるだろうから、僕としては接触しても構わない。陽日はどう思ったのか、また一口ラムネを煽ったあと、僕の手元から焼き鳥を奪った。食いさしだけれど。


 少年たちが遠ざかっていくのを聴覚で知る。手の中が段々と軽くなっていく。その重さがほとんど気にならなくなった時にはもう少年たちの姿はない。

 元々人の少ない屋台の列の中、意識すべき人間が消えるだけでここまで気が楽になるのか。


 そんな風に僕は自分を誤魔化そうと試みた。だが僕は気が楽になった理由を、逆に言えば少年たちに意識を向けたあとから感じた圧力の正体に気付いている。


 少年の傍らにいた少女は僕たちに気付いた。肌を刺すような敵意をあの少女が発することが出来たということには違和感を禁じえないが事実だった。


 僕は額から流れた汗を拭い、手に下げた多くの袋の一つからラムネを取り出す。ビー玉を気持ちの良い音と共に液体の中に落とす。少しだけこぼれた砂糖入りの液体は手を濡らす。喉を爽やかな液体が通っていく。それでも手のひらの塩と砂糖の混ざった液体はべたつくばかりだ。


「面倒なことになってません?」

「気が合うね。ボクもちょうどそう思ったところだよ」


 陽日の表情は言葉とは裏腹に楽しそうである。それを指摘できるほど僕は怖いもの知らずではない。僕は彼女が面白いことと昨日表現した事柄を思い出す。それから少女のであろう名前を記憶の奥底から引き出し損ねた。僕は彼女の下の名前を思い出し損ねた。


 僕の目が金色に染まり記憶の忘却を阻止せんと能力が発動する。脳に一度流れた電流を再現する。幸い彼女の特異な性質は僕の能力を阻害するような類ではなさそうだった。同僚の名字に朧という名は不思議な力をもって僕の意識から逃れようと脳細胞の隙間を駆け巡る。


「彼女の名前は何だったかな?」

「三条朧です」


 僕は意識の狭間でその名前を宙吊りに固定することに成功した。


「敬語はやめてくれない」


 今更なことに彼女は主張を続けるが僕はそれから目を反らし、何なら意識的に忘却の彼方にそんな要求を押し込む。今上天皇陛下にタメ口なんてできるわけがなかろう。さっきまではしてたような気もしたが。そしてそれよりも今必要なことは女子高生相手の口の聞きかた講座ではないと思うのだが。


 さすがの陛下も優先順位については心得ているらしく、不満そうに口を尖らせたあとに眉をひそめる。僕は二人が消えて行った方向を見つめる。そんなことをしても金色の目はしかるべき情報を与えてはくれなかった。


 情報量が多すぎて頭を掻き乱されるばかりで、逆効果にしかならないのだ。


 情報社会で必要な能力が取捨選択であり、それを行うのは自分の主観である。どんな情報も判断するのは自分の主観でしかない。たとえそれが五感を駆使し手に入れたものであれ、人伝に手に入れたものであれ、それは情報として蓄えられた段階で主観で語られるべき物語として変質するのだろう。


 僕は彼女の物語を読み取れなかった。


 僕は自分にできる唯一の仕事を諦めると保護者としての立ち位置に帰還する。焼き鳥の串で遊び始めたジュリアからひとまず串を取りあげる。黄金のまま固定された瞳のせいで、焼き鳥の熱からジュリアの唇や舌の感触までもが意識に上る。これは串に意識があるのならば串の主観による情報だ。僕が串を通して感じた熱は串との相対的な温度差により生み出されたものに過ぎない。


 串と人間で絶対的に違うことがあるならばそれは意志だろう。串は熱に対して抗うことも歯からの圧迫感に抗うこともなく受け止める。自然にただあるべきものとして受動的に存在する。人間は自然でなく、それは一種不自然なことだが、人間は物事を相手取って抗う。





 これは子供のときの経験なのだが、何もかも諦めている人間と希望の灯火を燃やし続ける人間、さらには燃え尽きた希望の亡き骸にすがる人間、つまりはどっちつかずの人間がいた。


 これらの三人は脳の細胞で主観的に自分たちの境遇を嘆く。僕は彼らの友人だった。三人は僕と同じで赤か金の瞳で周囲を見ていた。

 黒の瞳は僕たち四人を冷たい色で見続けていた。僕たちはその時確かに人間ではなかった。黒い瞳の人間たちは他の人間たちに軒並み優しかったから、きっと僕らは人間として認められていなかったのだ。



 僕はある時三人の傷口に触った。同じ拳銃で同じ弾丸を用いて穿たれたものだ。穴はほとんど同じような形状、同じような衝撃を記憶していた。僕が触れた情報は驚くほど似ていた。体に穴が開く衝撃を僕は律儀に三回も受け取った。それから脳の主観で魂の主観で、変質された事実を僕は読み取った。


 精神により事実の受け取り方は異なる。それが驚くほど原初で単純なものだとしても、人の意識は変質を引き起こす。それが幼い僕の実験の結果だった。ちなみに誰がどんな痛みを味わっていたかは遠い過去のものとして変質してしまった。


「彼女は魔銃を持っているらしいけど、何が目的なのかな」


 陽日は首を傾げる。僕は彼女という代名詞が誰のことを指すのか首を傾げたあと、折角サルべージした記憶が再び記憶の奥底に沈んでしまったことに気付いた。

 情報が圧倒的に足りない。客観的な情報が必要だ。多数の主観によりモザイクのように継ぎ接ぎされた情報を求む。


 それからお金を求む。


 ジュリアに引かれるまま、かき氷屋台の前で財布を取り出しながら切実にそう思った。


 余談だが甘いものは別腹というのは案外科学的な根拠があるらしい。それによって何が救われるかといえばそういうこともなく、ただジュリアに対して怒る気力も失せていく。


 そういう意味ではジュリアは救われたのかもしれない。ただ厚顔無恥にも人の金で食欲を満たさんとするこの国の皇帝陛下には断固として抵抗するつもりではある。まあでも女子高生なんだよな。まだ子供だしな。


 結局僕の主観では不気味な天皇様という地位よりもそんな下らないものが重要度を持つのである。


 財布が余計に軽くなってしまったことを痛感しながら、指先が冷たい氷の食べ物に触れた。

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