24
いつものように俺は階段にいた。授業を休む時のお決まりの場所。
そこへ足を伸ばしてすぐに屋上への扉が開いていることを思い出した。屋上のスピーカーを使う関係で施錠が解かれているのだ。俺が手を伸ばすと金属の何の面白みもない扉は錆びついたような音を立ててゆっくりと開く。
授業中ならばその音の大きさに少しばかり焦りを感じたかもしれないのだが、下の喧騒と比べて特別に目立つというわけでもなさそうだった。それでも俺は慎重に、逸る気持ちを抑えて屋上に足を踏み出した。
踏み出した、などと大仰なことを言っても何ら変哲もない屋上だ。それに以前、ソフィアと佳奈と楽しさの欠けらもない歓談をした場所。
今回はただいつもと同じように寝たり、本を読んだり、音楽を聞いたりしていたかったのだが、何やら見なれないものが視界に入った。
一応、目を反らす。面倒事が嫌で逃亡してきたというのに、あからさまに怪しいものとは関わりたくはなかった。
「ちわっす、彰さん」
屋上の端に佇んでいたそれは親しげに俺に話しかけてきた。どれだけあなたのことは嫌いですと拒絶の意を表したかったかは筆舌に尽くしがたい。
それは人と言われてみれば、というか中から見知った声の聞こえて来ればこそ、人であると思えるのだが、静止していればただの人形にしか見えなかった。
人形にしか見えないと表現してなんだが、ロボットというのが形容として最もしっくりくる。鎧という表現も正しいかもしれないが、それだと機械的要素がいささか足りない。それにその姿は少し不思議な空想の世界の兵器のようで、現実味に欠けていた。
だからこそロボットや鎧の人形。そういうキャラクターの人形かと思ったのだ。
「何でそんなもの着てるんだ? 仁だよな?」
俺は恐る恐る近付く。
「かっこいいでしょ、このスーツ」
仁は俺の質問に全く答えず、そのスーツを見せるように手を広げた。スーツは仁の体を一回り大きくするように装甲のようなものが付いている。腰には刀のようなものがぶら下がっているし、指まで覆うように金属が光っている。足も靴ではなくスーツの一部のようだ。徹底している。
「コスプレか?」
「クラスのやつが全員コスプレするんすよ」
とてもコスプレには見えないが本人が言うからにはそうなのだろう。ただそんなごついコスプレで何をするつもりなのだろうか。とても接客業には向きそうにはないが。
「それって外見えてんのか?」
マスクというよりは兜というのが相応しい程度の、特撮よりはいささか機械的なものが顔を覆っている。目元はバイザーが隠し、目線がどこを向いているのかは全く分からない。
俺の素朴な疑問に対し、仁は足を進めて答える。仁の手が俺の肩に置かれる。続いて指先が俺の顔のパーツ一つ一つを示すように宙を彷徨う。その示し方は目の前を鋭利な刃物が動いているのとほぼ同義だったからあまり良い気分ではなかったが、明確な答えを示してくれた。
「何か本格的だな」
「せっかくの祭りっすから」
それだけの理由でこんなものを用意できるのか。吉田家に婿入りしたならばかなり贅沢な暮らしをできるのではないか。そんな不埒な考えが頭を巡る程度には羨ましい。
「かっこいいな。名前とかあんのか?」
仁はそれに対して、動きを止める。動く度に関節やらの駆動音が響き、静止すれば音は収まる。
単純なコスプレなどではなく、もっと複雑で仁にしか扱えない特注品なのかもしれない。きっと金持ちの道楽なのだろう。そうだと信じる。
まさか、まさかだよ、俺が親愛なるイタチを学園祭遊覧に連れてきたのと同じ理由でそのコスプレをしているわけではあるまいな。
「どんな名前がいいっすかね」
「勝手にしろよ」
俺は屋上に来た本来の目的を思い出してそう言う。そしてきびすを返すと階段に続くドアの横に座る。
朝の日陰は涼しく心地良い。朝がいつもより早かったせいか眠い。正直仁のコスプレとかどうでもよくなるくらい眠い。美咲は俺が早朝起きているのを見て驚き、俺がいつもよりもずっと早く登校することに驚愕していたが、そんなことよりもずっと驚くべきことはあるのだ。かろうじて持ち上げた瞼の向こうには仁の姿がある。
仁の背中にはスラスターのようなものが見える。ロボットの推進装置。空でも飛ぶのだろうか。
仁のスーツがあからさまな兵器であることには目を瞑る。
目を瞑ると同時に意識が途切れていく。このまま夢の中で一日が終わればいいのにと甘い夢を抱くが、それが叶うことはないだろう。
最後の最後に陰鬱な気分に陥りながら、目の前は黒に包まれた。




