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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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22

 ロッカーを一瞥する。ソフィアは楽しそうに一回ロッカーを蹴る。満面の笑み。一瞬天使が降臨したかと思ったじゃないか。ロッカー内のものを天国に連れていくために降臨したのかな。


『ここはじめじめとしておるな』


 ロッカーからはおっさんの声が聞こえる。俺とソフィアだけが聞くことのできるレアな音声だ。全く嬉しくないけれど。

 じめじめとした掃除用具入れロッカー。イタチの待遇に同情を抱くが仕方のないことだ。

 学校に潜り込ませて、誰からも見つからない。それがまず第一条件。次に何も面倒なことが起きぬよう監視でき、何かあれば呼び出せるということ。それらを加味した上で思いついた場所がここだったのだから。


 今は後悔している。教室に一番乗りして謎の超生命体をロッカーに仕舞ったはいいものの、使う時どうしよう。人に見られないようにと思った上での行動だったはずが、喫茶店をするなら人は常駐している。食品衛生的にも連れて来て良かったのかな。屋上にすれば良かった。屋上には放送機材があるが、調整は昨日していたので今日は人の出入りもなさそうだったのに。


 後悔先に立たずとは言うが、悔いることは先にできるのではないか。実際『悔』には失敗をして心を痛めるという意味があるから、先に悔いることは不可能だ。大体後悔って『悔』が付いている時点で先に立つ要素が消えるだろうから『後』いらないのではないか。


 後悔が先に立たないのは自明の理だが、反省すれば次に繋げることができる。というわけで動物は掃除用具入れに突っ込まない。それを肝に命じて生きていこう。



 頭の悪い思考回路を際限なく広げて、学園祭なんて面倒なイベントをスキップしようとしても、残念ながらこれはゲームの世界ではない。仕方がないからゲームであっても遊びではないラノベを読みつつ、ゲームでなくとも遊んでいる周囲を眺める。


 時刻は八時三十分。俺の登校から四十分。クラスメイトのほとんどが登校を終え、俺の気分では下校を待つばかりである。喫茶店としての体裁は一応取れている教室内。明るく飾られた教室で唯一調和を乱しているのはいつもと変わらず飾り気のない掃除用具入れ。


 クラスの責任者の強権を発動。調和を乱すという理由でロッカーを撤去、もといイタチの救済を試みたのだが由利さんの妨害で失敗した。一応中にイタチがいることは知っているはずなのだが、常識的に考えて面倒であるという不明瞭な理由で却下。常識的にとか言っているわりに主観的な感情が理由の主を占めていたのですが。だが確かに掃除ロッカーを移動するなんてことは普通しない。


 料理に関してはそれなりのクオリティ。少なくとも金を払っても構わない程度ではあるらしい。イメージとしてはお祭りの屋台。少し割高な気もしなくはないが、買う気は起こる程度。元は取れそうだとも報告は受けている。



 九時から一般解放ということで皆が皆仕事を探すなか、俺一人で文字列の中で仕事を探していると、うわっ、という声が聞こえた。声の方に顔を向けると、申し訳のなさそうな佳奈と目があった。


 床の水と佳奈の手にあるピッチャーを俺の目は捉える。ピッチャーというのは投手ではなく水差しのことだ。飲食店でお冷の入っている容器。


 周囲に謝る佳奈を見ているとどうにも気に掛かるものがある。俺の目は佳奈の全体から顔へ。髪の毛から目、唇。今更ながら5月の時にお守りの呪術ということでキスされたことを思い出す。改めて顔から体へ、そして白いニーソックスに目が留まる。濡れているということが気になっただけで、特に特殊な趣味があるわけではない。俺は気の抜けた顔で佳奈の足から液体が滴るのを眺める。



 これってもしかして、俺は変態なのかもしれないと自覚しだすくらいに体感時間が過ぎたあと、やっと何が気に掛かったのか判明した。


 クラスメイトの一人がロッカーに足を向けるのが見えたからである。残念ながら考えがそこに至ったのではない。俺の思考は自分が変態であるか正常であるかの議論で硬直していたのだ。ちなみに結論は変態の何が悪いのだろうか。別に僕は変態ではありませんがね。


 彼がロッカーに手を掛けるのをはらはらして見る。本に視線を戻し、何も見ていない振りをしたいところだがそこまでの精神力を持ちあわせてはいなかった。


 扉が開き、クラスの喧騒がロッカー内に届いただろう。イタチがせめて動いていなければいいのに、と祈る。俺の位置からは扉の向こうは見えない。気がつけば目を閉じていた。必死に言い訳を考えていた。最も有効な誤魔化しは、素知らぬ振りをしてイタチに何とかしてもらう。

 前代未聞、誤魔化しの外部委託。委託先は鎌鼬。鎌鼬のすごいところは自分で傷つけた人に薬を塗って誤魔化すところ。何それ、ツンデレなの?


 腕時計の秒針を追いながら、耳を澄ます。クラスメイトの驚くような声も、恐がるような声も、およそ想像したような声は何一つ聞こえなかった。ただ、何これ? と不思議そうな呟きが微かに聞こえるばかりであった。


 こちらとしては何それ? である。


 俺は、雑巾片手にロッカーから離れるのを見送るとロッカーに近付く。

 そして意を決して手に力を込める。呆気なく開いたカビ臭いロッカー。俺の口からも何これ、と誰に聞かせたいわけでもないのにこぼれた。


 そこにあるものを見て少なくともイタチではないと判断する。箒と雑巾の向こうに見なれぬものがある。それに手を伸ばし、触れてみると微かに震えたような気がした。


『ああ、主。出番であろうか?』


 どこか眠そうな声。紛れもないイタチの声だ。


「いや、違う。起こして悪かったな」

『いや、何のことはない。何やら賑やかであるな』


 俺はそれを上から下まで眺める。全体は真っ黒。赤いラインが入り、格好いい。それが何かと言えば大鎌。サイズとでも言えばしっくりくる、死神が持っていそうな大きな武器だ。


『吾輩は鎌鼬である。大鎌は相応しいと思うが』


 まるで俺の訝しげな視線に気付いたように言う。だが民間伝承でいうところのイタチが持つにはこの大鎌は大きすぎる。俺の身長よりもわずかに長い程度の全長だ。もっと謙虚に片手で持てる程度のものをイタチは持つべきだ。持てるものならな。


『そろそろ始まりそうであるな』


 何が、と問い返す間もなく腕の時計が鳴る。どうやら時間らしい。確かに外からは騒めきが近付いて来るような気配がする。


『実に楽しみだ。祭りは楽しまねば』

「ああ、俺も楽しみだよ。じゃ、ちゃんと隠れとけよ」


 実のところ全く楽しみでない。ロッカーを静かに閉めて、教室を出る。シフトはまだだ。外からは喧騒が近付いてくる。俺はそれから逃げるように足の向きを変える。騒がしいのは嫌いだ。どうにも心が落ちつかない。それも今日のように予定外のことが予定されているような場合はなおさら落ちつかないだろう。


 イタチに触れた時、確かに感じた感情の波は痛いぐらいに俺を揺さ振った。その衝動に名前を付けるならば闘争心、あるいは破壊衝動。野生的な衝動は俺に最悪の事態を明確に予感させてくれた。


 きっと予定調和のように人智を超越した何かしらの騒ぎが起こるに違いない。何せ祭りとは神様を祀ることなのだから。


 今俺が祈るべきことは恐らく二つだけ。あの大鎌が誰の命を刈り取ることもないように、そして誰も傷つくことのないように。


 神様なら人の願いくらい叶えてくれてもよさそうなものなのに。

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