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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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 眠い。とてつもなく眠い。鳴り響く目覚ましは同居する獣が容赦なく止めたようだった。最後にジリッと断末魔の叫


びを上げて沈黙した。その哀れな叫びに俺の目尻では涙の粒が光る。あくびのついでに出た涙だ。


 俺は拳を握り、目覚ましが止めを刺された辺りに振り降ろした。それから速やかに布団の深くに潜る。殴られて目覚


ましの代わりに鳴き出したイタチは衝動のままに布団に何度か体当たりしたようだ。何て高機能な目覚ましなんだ。ス


トレス発散に殴れるし、朝絶対に起こして貰えるし、意思疎通できるし、湯たんぽ代わりに使えるし、本職の目覚まし


壊すし、食費はかかるし、死ねばいいし。一石何鳥かは知らないけれど、デメリットの方が多いだろう。百害あって少


し利益があるという何ともどうしようもない存在だ。一利以下の利益に違いない。死ねばいいのに。


 寝起きで血糖値が低いせいか、イタチの利益が低いせいか、どうにもホントイタチ死ねばいいのに。


 やはり俺の青春思考はにつまっている。青春思考ってなんだよ。リア充の思考ですか。リア充? 知らない子ですね


。リアってリアシートのリア? そりゃ車の後ろの席が充実してたらリア充だね。ちなみに略称は歯に詰まっている。


歯に詰まったような読後感が最悪。歯に衣着せぬ主人公の言動は最高なんだけど。きっと。


 俺は聖人君子なので目覚まし生物を布団でホールドして放置する。


 この御時勢、聖人という言葉が入る単語はどうにも使い勝手が悪い。こんなことでは中国うん千年の歴史が消えてい


ってしまう。嘆き悲しむ俺の目に、日本の何百年ものかの天然記念超生物が頭と尻隠して尻尾隠さずで布団に突っ込ん


であるのが写った。


 剥ぎ取りをしたくなるのは健全な高校生。包丁を取って来ようかなと本気で迷っていると、妹の声が聞こえてきたの


で、いつか非常食にしようと心に決めた。頭の中で非常識だ、とまるで布団の中で話すようなくぐもった声が聞こえる



 蹴りを入れるとテレパシー的な目覚まし機能が途切れた。自分の主人を起こしておいて眠るとは勝手だな。永眠させ


てあげようかな、とか思っていると痺れを切らして怒ったような声が聞こえたので大人しく歩き出す。


 食卓に並ぶのはご飯に鮭の塩焼き、味付けのり、味噌汁。由利さんとソフィアはもう食べ始めていて、美咲は飲み物


を手に席へ着こうとしていた。


「おはよう」


 朝の爽やかな挨拶に由利さんは眠そうな顔、ソフィアは眠っているような顔でモゴモゴと応える。


「おはよう」


 美咲だけはまともに口を動かして挨拶。兄としては保護者よりも人外よりも常識的な反応で安心する。俺も美咲の寝


起きの良さやらを見習いたいものだ。寝起きだとどうにも常識的な思考力が抜けている気がするのだ。反省。


『おはようございます』


 ふらふらと尻尾を揺らしながら入ってきたのはイタチ。丁寧な挨拶で好感がもてる。毛が妙に逆立っているのはどこ


ぞの常識的思考能力の欠けた人に布団ですまきのようにされたからだろう。

 ところで声は俺とソフィアにしか届いていないのだから、挨拶する必要などないのに。家に一緒に住んでいるからと


いってゴキブリから挨拶されたくはないだろう。それと同じだ。


『なにやら礼を欠いたことを考えておられたようだが』


 イタチは大きく口を開け、あくびをしながら疑いの目を向ける。

 俺は誤魔化すように頭を叩く。イタチは首を傾げたような様子で、プラスチックの皿の前に歩み寄る。カーペットが


敷かれた端に寝そべり、目を閉じている。美咲がそれを見て立ち上がろうとするのを、俺は見て一足先に立ち上がる。


『これは珍しい。主が手ずからとは』


 イタチはそんなことを呟いた。俺はそれを無視する。大体呟くとは小声での一人言なのだから、頭に直接垂れ流さな


いでもらいたい。

 ペット用の固形物を、やはり俺にはこれを食べ物とは思えないな、と考えながら皿に注ぐ。そして自分の鮭の切り身


を三分の一ほど分け与えた。


『これはますます珍しい。何か良いことでもあったのか』


 イタチはそう言い残して、皿に頭を突っ込んだ。


「珍しいですね。何か嫌なことでもあったんですか?」


 なんで珍しいと嫌なことが直結するんだろう。イタチの思考の方がまだ正常だ。


「まあ、学園祭なんて碌なイベントじゃないけどな。ただそれと珍しさに関係はない」


 俺は口に米を運ぶ。しっかりと脳とその他諸々の体内環境を整える。ソフィアに口では言ったものの、ただまあ、何


と言うか、嫌な予感がする。それが珍しい行動に直結するのもまた事実。何かあったとき、快くその力を貸して貰える


ようにしただけだ。


「なぁ、彰。学校で呼び出した場合は、すぐ来たまえ」


 嫌な予感を裏付けるような嫌な要望に俺は首を縦に振る。由利さんは目の下に隈を作っている。昨夜は遅かったらし


い。昨夜はどこかに出掛けていたか。ああ、出掛けている。度々あることで、不安になるようなことはこの一ヶ月なか


った。一度あることは二度ある。二度あることは三度ある。そして柳の下にいつもドジョウはいない。


「ソフィアも連れて来たまえ。やはり知人と一緒の方が何事も楽しめる」


 まるで俺の不安を煽るような発言。これは俺にソフィアの力を使えという要請なのだろう。これは何かがあったと見


て間違いない。ため息を吐いた俺に美咲は慈愛に満ちた優しい目を向ける。


「ドンマイッ」


 優しさが胸に染みるね。言葉は超軽いけど。多分優しさも勘違いだけど。


 今回は俺に何も関係なく終わってくれるだろう。非日常も超自然も俺の人生には要らないのだから。だがもしも面倒


事に巻き込まれたなら、自分のために頑張ってみますか。せめて平凡に全てが終わりますように。6月だというのに梅


雨に入る気配もない晴天に、あるいは隠れるつもりもなさそうな太陽に、静かに祈る。

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