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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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16

 文化祭まで一週間を切った。そろそろ服装の準備ができる頃だった。


 クラスメイトの尽力があった。ほとんどの衣装を男子が持ってきたことにいくらかの気持ち悪さが湧いた。昴がその男子に含まれていたことは言うまでもない。もっとも衣装には罪はないから大人しく使うことにする。


 そして衣装が無事揃ったのであれば、誰が着て接客するのかという問題になる。


 佳奈は辞退する。生徒会は学校全体を取り仕切る必要があるからクラスにはあまり参加できないらしい。そういうことらしかった。それなのに昴はひょうひょうとクラスに参加し続けている。


「ソフィアちゃん、どれ着る?」


 佳奈は仕事があると言って生徒会室に向かったというのに、昴は服を吟味している。

 佳奈はあまりコスプレをしたい様子ではなかったから生徒会に逃げ、昴は生徒会の仕事が嫌だからクラスに留まっているという状況だ。うらやましい。


「できれば何も着たくないのですが」


 ソフィアは控えめに拒否する。


「ここは敢えて全裸か。……それもありだね」

「お手本として外で全裸になってきてくれませんか」


 親指を上げて賛同する性犯罪者予備軍にソフィアは優しい声色で昴にとっての死刑宣告を出した。

 なぜなら安倍昴という馬鹿は次の瞬間こう言ったからである。


「よし、よく見てろよ」


 服に手を掛けようとする昴に、その様子を傍から眺めていた渡会先生は忠告する。


「脱ぐなら学園の敷地の外で脱いでくれ」


 本を手に興味なさげに言った。本当に興味がなかったのだろう。その目は言い終わるとほぼ同時に手元に落とされている。


 今まで俺の聞いた教師の発言として、一番無責任な発言を昴は聞きいれたらしかった。どんな思考回路をしているのかとても気になるし、止めた方が良いことも分かっているが誰一人として止めなかった。


 それは昴が死地に赴かんとする武士のような気迫を漂わせていたからであり、さらに言えばここまでの馬鹿は警察に捕まっていた方が社会的に良いのではないかという判断からであった。


 クラスメイトの中を昴は確実な足取りとふわふわした思考で通り過ぎていく。俺たちはその後ろ姿を声も出さずに見送る。ここだけ切り取れば映画のワンカットとしても大丈夫。ここにきれいな夕陽の光が差し込んでいれば最高だろう。


 昴がドアを開ける音だけが響いた。もう昴の姿を見ることはできないのではないか、と嫌な予感がする。そんな予感は予想外の実現の仕方をする。昴の前方、廊下に一人の少女がいたのだ。


「あれ、安倍先輩。生徒会の仕事はないんですか?」

「おれには今から重要な任務があるんだ」


 三条……なんとかさんは昴の任務という言葉に首を傾げた後言った。


「まぁいいや。これ中学から高校へ渡す書類です」

「いや、おれ任務が……」

「任務って大事なものなんですか? 滝峰先輩」


 俺は昴を警察に渡すか生徒会に渡すか決断を求められた。苦渋の決断だ。昴の意志を尊重するか否か。警察の仕事を増やすか否か。


「単なる雑用だから連れてっていいよ」

「ありがとうございますっ」

「いやっ、おれ任務」

「はい、行きましょう」


 昴は三条さんから渡された書類を持って、それでも任務続行の意思を見せながら歩いていった。

 俺たちはそれを見送ると、馬鹿な茶番をしていたものだな、と皆がそれぞれ思ったのだろう。それぞれの作業を気まずい雰囲気で再開した。


 それから五分。クラスの数人の女子がソフィアに詰めよっていた。理由は昴が全裸になろうとした遠因と同じ。要はソフィアを着せ替え人形にしようということらしい。ソフィアも女子には弱いのか、先程のようなことにはならない。むしろさっきの場合は昴の頭が弱かったのが問題だった。


「ソフィアはこの服が似合うんじゃない」


 一人が喫茶店に相応しい、というか喫茶店らしい服を見せる。どこか近くの店から借りてきたような服だ。


「メイド服も案外面白いと思うよっ」


 一人はメイド服を持つ。彼女の目はそれを持ってきた男子へ蔑みの感情を見せていた。そんな目を向けられた男子は身をよじらせていた。作業効率を上げて欲しいものだ、と俺も冷たい目を向ける。それに応えてくれたのか彼は身を震わせて作業を再開した。


「私はあまり着たくないのですが」

「駄目だよ」

「クラスの皆のためにね」


 ソフィアの意見は封じこめられた。助けを求めるかのようにソフィアの目は彷徨う。幸か不幸か佳奈は生徒会に行っている。由利さんはいてもいなくても変わらない。それに今はどこかへ行っている。昴は敵だろうし、やはりこの場にはいない。つまりソフィアは助けを求めることのできる人がいなかった。


 俺はソフィアから白々しいほどに目を反らして楽しんでいた。背中に恨みがましい視線が刺さった気がしたが気のせいだと信じる。


 ソフィアは二人に連れ去られた。


 俺はソフィアがどういう存在なのか、未だに掴みきれていない。もちろん彼女の全てが分かるとは思っていない。同じ人間相手でもできない芸当をどうしてできるだろうか。



 例えばソフィアが人の姿をしているだけの一種の人形ならば、俺はどう思うか。つまりソフィアが自らの思考を見せることもなく、さらに自ら行動することがなかったならばだ。それは幾通りか考えられるだろう。


 おそらく気味の悪いと思うだろう。人間にそっくりな人間でないものとして捉えるのならば、単純に得体のしれないものへの恐怖を。理解できないものへの恐怖を抱く。




 例えばソフィアが一見とても論理的な行動をするならばどう思うだろう。その場合まずソフィアは損特勘定で行動するわけだ。それは最初のたとえと同じで感情がないわけだ。やはりその場合も恐怖を感じるだろう。きっとロボットのように無機質なものだと思うに違いない。そしてやはり気持ちの悪いものだと思うのだ。



 二つの場合、俺はソフィアの内面を全く知ることはない。感情を表す言葉をその口から聞くことはないだろうし、表情を知ることもないだろう。それはつまらないと思う。つまり現実のソフィアはそんな想像よりは価値がある。


 俺はソフィアを受け入れている。彼女の人のような行動を受け入れている。彼女が人と同じであればいいと考えている。彼女が俺と同じであればいい。



 俺は彼女のことを知っている。彼女の知らない彼女を知っている。それは俺と彼女の関係性について。俺は彼女と子供の頃に共に過ごした記憶がある。俺が彼女と再会したのは偶然か仕組まれたことか。


 考えていると先程の女子二人組が教室に帰ってきた。


 そしてその後ろにはメイド服に身を包み、顔を赤くする少女がいた。金色の髪が白いメイド服の上を流れるように動く。全身の白さには赤みが混ざる。それは血の通うしるしで、彼女が恥じているしるしだ。純粋に美しいと思った。


 やはり彼女を人間以外のものだとは思えない。

 少なくとも恥ずかしい服を着て、嫌だと思うのは人間か神くらいのものだろう。


 ソフィアが神でも人間でも実際のところ何の問題もない。問題は彼女が何であるかではなく、何をするつもりかだ。



 ソフィアがどういう役割を持つ存在か知らなければ、俺は何も判断できない。知らないということは危険だ。だから俺は知らなければならない。俺と彼女がどうなるかを。



 問題はそれをいつ、どういうタイミングで聞き出すか。俺はあの協定以来ソフィアと踏み込んだ話をしていない。


 協定の通りソフィアは神祇庁と敵対するような行動をしていない。佳奈もソフィアにそういう話はしていないし、神祇庁が何か働きかけをしてきたこともない。


 学園祭の日に聞こう。俺が知りたいことを全て。祭りの終わりに誰の邪魔もなく。確か高等部には後夜祭がある。中等部の美咲はいない。これだけでも面倒な要素が一つ消えた。それにきっと二人きりの男女などそこら中にいる。俺たちにちょっかいをかけようなどと空気を読まないことをする奴はいないだろう。


 その日を快く迎えられるために、今俺はしなければならないことがある。ソフィアに機嫌良く質問に解答してもらうためにするべきことがある。


 目を輝かせた女子二人が見るのは俺。ソフィアを見事にコーディネートした彼女たちはきっと学園ラブコメのような展開を求めているのだろう。俺だって他人の恋愛を無責任に眺めているのは楽しい。自分とは関係ないのなら、失敗して、間違えて、失うことも傷つくこともない。


 だが別にこの場合、俺がソフィアの容姿を褒めることは何も間違ったことではないはずだ。これは純粋な感想だ。恋愛要素はゼロでも目の前にいる女の子を褒めることはあるだろう。それが実際にできることかどうかはともかく。


「その……結構、似合っているな」


 精一杯の勇気をもってそれだけ言う。頭の中であれだけ饒舌に一言放つだけの言い訳をしたのだからもっと爽やかに言いたかった。


「あ、ありがとうございます」


 ソフィアも驚いたように言う。頬が赤いのは気のせいだ。目が泳ぐのも気のせいだ。きっと二人の女子による辱めがあったのだろう。



 その様子はやはりソフィア・ウォーカーと名乗る人外が人間と変わらないことの一つの証拠としか思えなかった。

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