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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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 部屋の中を荒らしてしまった。カレンダーなるものの表面、見なれぬ数字の6が大きく記入された表面は二つになっている。主はそれを何日か前に捲っていたようだが、この先の少しの期間それを使うつもりだったのだろう。少し申し訳のない気持ちにもなる。

 かつては貴重だった紙がいたるところにある室内。吾輩たちが力を保っていた時代は遠い過去のことなのだ。少し不思議な気分になる。


 それにしてもあの黒猫の生意気なこと。どれだけ八つ裂きにしてやろうと思ったことか。


 勝利の味は心地のよいものだ。昏倒した黒猫はその身の丈の何倍もある大きな箱の上に置いた。だが猫のことだ。程無く降りてくるだろう。


 昔から猫は嫌いだ。ほかの獣は大抵嫌いだが、猫と狸は特に嫌いだ。とりわけ妖力の強い生意気な奴らには悩まされた。江戸の頃にはよく争ったものだった。案外懐かしいものだ。少なくとも人の従者として作り変えられる以前の記憶ではまだ自由があった。気まぐれに野山と人の世を駆け回り、気まぐれに人の困り顔を見る。


 神のどうでもよい計画に巻き込まれた時はふざけたことだと思ったものだ。その時にはすでに力も衰え逆らう気すら起こらんかったが。


 部屋の外から足音が聞こえて来る。主とその他が帰って来たらしい。


「ただいま」


 ドアが開く音とまばらなそんな声。


「ただいま~キーちゃん」


 キーちゃんというふざけた名前は嫌いだ。妹君はこの名前で呼ぶことと無闇に構おうとすることがなければいいのだが。妹君の手は吾輩の頭や腹を撫で回す。


「ただいまです。キーちゃん」


 聖剣は不憫なものを見る目で挨拶をする。


『気の毒な姿ですね』


 それは嗤って頭の中で言う。


『食い殺すぞ』

『できるものなら御自由に』


 できるわけがない。主との契約が不完全であるとはいえ、それは裏を返せば不完全なものでも存在するということだ。そして完全な契約を持つ聖剣に適うはずもない。そのうえ、この前闘った時よりも吾輩の力は弱まっているのだ。


『つまらないですね』


 聖剣は言葉とは裏腹に楽しそうに言う。本当につまらない。幾日か前の夜は面白い気配がしたのだが。猫でも狸でもない獣のような雰囲気だった。犬か狼か。何にせよ。楽しみだ。


『じきに面白くなる』

『つまらないままで構わないのですが』


 面白いことを言う。かつての王の剣が、日和ったことを言うものだ。


「へ? どうしたのソフィアさん。その足?」

「ふむ、少し切ったようです」


 足の肌色に赤い線が走っている。つまらない話だ。こんなものに負けたのか。不意に背筋に冷たいものが走り、毛が逆立つ。聖剣の目には怒りはない。その目にあるのはただ不愉快なものを潰してやろうという殺気である。楽しきかな。愉快、愉快。


「ちょっと見せて」


 妹君はその傷口に手を当てる。柔かな光が覆う。彼女もまた神によって弄ばれた人間なのだろう。人の身に余る力。人を不幸にする力。聖なる剣を人と変わらぬ調子で治療した。


「ところでイタチ君。何でこんなに部屋が荒れているんだい?」


 主である少年は吾輩の耳を触りながら言った。主の目は部屋を見回している。

 部屋はまるで竜巻や台風にあったかの如く有様。言うまでもなく吾輩の風のせいであった。吾輩はただの畜生のように無責任に鳴き、その手から逃れた。


 主の視線が毛皮を刺す。


『主よ』


 吾輩は初めて主に呼び掛けた。通じたのだろう、驚いた様子で周囲を見回す主。


『すまぬ。風と戯れておって、こんな惨状になってしまった』


 吾輩は前足を揃え、頭を垂れた。主は吾輩を見つめて無言を保つ。何を思っているのか、と疑問を抱いたところで妹君に言う。


「美咲はそこら辺片付けて。ソフィアは何もしなくていいから」


 恐らく妹君の前で吾輩と会話をすることに躊躇をしたのであろう。妹君だけが吾輩と聖剣のことを知らぬようであった。


「それにしても、何があったらこんなふうになんのかな。風でも入った? それともクロ?」


 黒猫は自分の名前を挙げられて心外だと言うように一声鳴いた。吾輩は舌を巻く。妹君の推察が二つとも当たらずとも遠からずというところだったからだ。


「カレンダーも破けてんな」

「あれ、今日何日だっけ?」

「6月の9日ですよ。文化祭まであと4日です」


 ここの住人たちは何やら祭りの準備に勤しんでいるようであった。人は信仰心を失っていると聞いたから、祭りにも神が喜ぶような趣向はなかろう。それでも祭りというのは心が躍るものであろう。吾輩も久々に行きたいものだ。


 そのようなことを考えていると、黒猫が目の前に降り立った。どうやら妹君が降りるように言ったらしい。ちなみに冷蔵庫という道具の上にいたようだ。


 生意気な猫はその目をきらりと光らせたかと思うと、爪を引っ込んだままの手で吾輩の顔を殴った。

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