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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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14

 人間はそう簡単に成長するものではない。


 美咲は簡単にクレーンゲームをマスターすることはできないし、ゲーセンという娯楽施設に行くことをやめることはできない。そして俺はずっと覚えていなかった名前を急に覚えることはできないわけだ。


 ただ少し成長したのは美咲の浪費がなくなったことだ。単純に俺が全ての金を持っているだけだけれど。


「お兄ちゃんは何で人の名前を覚えないの? 私の大親友だよ」

「本当に何で覚えてないんだろうな」


 三条さんが教室に来た次の日の放課後。俺は女子二人に詰問されていた。そういうふうに表現すれば、どこか修羅場のような雰囲気が漂うが実際はそんなことはない。確かに目の前の少女は修羅のようだったが。ちなみに俺たちは行きつけのゲーセンに懲りもせず向かっているところだった。


「なぜですか? 脳味噌に煩脳しか入っていない安倍先輩とは違ってまともな脳味噌が入っていると思っていたのに」


 彼女が悲しそうな顔をし、俺も悲しい気分になる。昴の扱いが気の毒過ぎない? そして先輩に毒を吐き過ぎじゃない? そういうふうな悲しみだったが彼女はそれを察知したのかむっとしたようだった。これはあれかな、目の前に女性がいるのにほかの人のことを考えていたからかな、と冗談のように考えるがそれもあながち間違いではないのかもしれない。


「君の名前は三条……。こう名は体を表すみたいな名前だったよね」

「どういう意味ですか」


 そのままの意味だった。別に貶したわけでもなかったが彼女は機嫌が悪くなったようだった。ただ名は体を表すのだったら、すぐさま思い出しそうなものだから、その怒りももっともなものだ。


 彼女の名前を思い出すヒントは正直持ちあわせてはいない。普通人の名前を聞いて覚えようと決意した次の日に、もうその名前が記憶から抜け落ちているなんてことはないから、どこにも記録はしていない。


「名は体を表すっていうのは名前が実体と合っているって意味だよ」

「そんなことは知ってます」

「だと思ったよ」

「……では問題です。私の名前は何ですか? 当ててくださいよ」


 彼女は一呼吸置いて出題した。怒りを抑えた様子がよく分かる。その問題はさっき聞いたからヒントが欲しいけれど俺はそんなことは言わない。彼女は可愛らしい女の子だ。スタイルも悪くない。性格にも問題はなく、後輩としてもいい子だと思う。


 ただ幽かだった。微かだった。それは彼女のどこを表しているのかは分からないが、きっとそのせいで妙に記憶に残りにくい。強いて言うのなら名前がそんな性質を持っていた。うっすらとそんな気がする。


 幽かで微かで、希薄。幻や夢のようなあやふやで曖昧な、儚く朧げな少女。


「三条朧だっけ?」


 その名前が正しいという確証は全くなかった。むしろ間違えている自信すらあったが、彼女の嬉しそうな顔を見てその自信は消えた。


「当たりです。さっすが、安倍先輩とは違います」

「昴と比べないでくれよ」

「それどういう意味だ。いや別におれも忘れようとしているわけじゃないんだぜ」

「忘れようとして忘れる方が難しいですよ」


 俺への尋問が終わり、標的が昴に向かう。佳奈はその様子を苦笑いで見ていた。


「よく覚えてたね」


 佳奈は小声で、朧ちゃんに聞こえないように言った。珍しい名前だ。それこそ忘れる方が難しいくらいの。それでも俺や昴は忘れていた。佳奈もこの口振りだと忘れていたようだ。


「三条朧」


 佳奈はそう口で何度もその名前を再現しながら、ポケットから取り出したボールペンで袖で隠れる位置の腕に書き留めた。その様子を見て、ペンを借りる。三条……朧ちゃんからしても名前を忘れられるのは嫌なことのようだ。改善できるのなら改善すればいい。


「三条さんは何でそんなに名前を忘れられるの?」

「知りませんよ。吉田先輩は覚えてますよね」


 佳奈の素朴な疑問に朧ちゃんは不安そうに聞き返す。


「当たり前でしょ。三条朧。中学の時から生徒会の付き合いがあるんだから」

「おれもあるけどな」


 昴の頬に三条さんの手が赤い印を付ける。痛そうなつねり方だった。


「ところでさっきからそちらにいらっしゃる先輩は?」


 疑問符を浮かべる三条さん。もうすでに下の名前が朧げであることは……ああ朧か。


「私の名前はソフィア・ウォーカーです。よろしくお願いします、三条朧さん」

「感激です。名前をまともに覚えてもらえるなんて」


 三条さんはソフィアに色々と質問をしだす。少しだけ困ったような視線が俺の顔に刺さったがそんなことは気にしない。一応年下である少女への対応に困るとは神様の兵器というのも案外汎用性に乏しいらしい。もっとも前提として兵器に人と対話する機能は必要ないとは思ったが。


 俺たちはそれからも適当な会話をしながら歩いた。特筆すべきところもない日常的なものだ。




 トランスに着いて、各々ばらける。そんなことをするなら一緒に来る必要もないが、一人で来るにはゲームセンターは相応しくない。どこか一人で来ることを歓迎していない気がするのは俺だけだろうか。少なくとも一人ではゲームセンターで散財しようという気分には俺はならない。


 俺は一人奥へ入る。いつも通りの黒い人影を探してのことだ。当然の如く彼はそこにいる。


 たとえ世界が滅ぼうとも仁の周りの風景は変わらずに存在するかもしれない。ゲームの筐体が華やかな光を放ち、その前で眩しく光を反射するような本を開きながら、黒い少年は永遠と存在し続けるのかもしれない。そんなことには興味もないが。


 珍しく、あるいは久しぶりに仁の周りには不良たちがたむろしていた。


「ジンさん。アキラさん来ましたよ」


 不良の一人、不良Aが仁に言う。仁はそれを聞いてゆっくりと視線を上げる。その目の下にはうっすらと隈がある。普段はそんなものはなく、仁でさえ家に帰って眠るのだと思わせてくれるのに。本には黒いブックカバーが掛かっている。だがそのサイズはいつもの文庫本サイズではなく、微妙に開いた隙間から見える題名は小説の類ではないことを示している。


「珍しいな。小説以外なんて」

「人は日々成長するんすよ」


 そういう言い方は嫌いだった。人でないものは成長しないと言っているようだったから。いかにも人間中心に聞こえてしまう。


「すごいっすよね。呪術なんてエリートっすよ」


 呪術に関する本だと不良Bが教えてくれる。分からないなりにすごいと感心している。何でも職業自体が国家機密らしい。意味が分からない。


 呪術関係は確かにエリートだった。身近に居るのは神祇庁という国家機関に所属している。前に佳奈が言っていた通り神祇庁は大々的に呪術に関わっているとは言っていない。だが民間の企業は大々的に呪術師を欲している。呪術師の求人広告は途切れることがない。


 その原因としては呪術師自体が少ないこと、神祇庁に人員が流れていることなのだろう。佳奈は神祇庁を呪術師のメインの職場だと言っていた。それと呪術というのはあまり開かれていない。一般に暮らしていればほとんど実情を知ることなどないのだ。


 ただ呪術は必要としているものに情報が不思議と伝わるものらしい。ググっても出てこない情報は人を伝って連綿と受け継がれていくようだった。そんな大袈裟に言うまでもない情報だったが。


「呪術ってすごいっすよね。人を操ったりもできたり」

「最先端の技術には結構組み込まれてんだろ」

「ジェット機のスピードを上げたり、原発にも使われてたろ」


 博識な不良C、不良D、不良Eが追加の説明をしてくれる。要するに科学では補えなかった穴を埋める、あるいは補えなくなった穴を埋める、科学が衰退した戦争直後に有用になった技術。それらはあまりにも生活に密着している。科学と肩を並べるほどに。


「呪術師になるのか?」

「オレは聖人です」

「それが関係あるのか」

「難しいんすよ。前例もないって」


 それならば諦めればいい。正直な感想として、電子機器を全て操ることのできる、聖人としての能力は呪術に劣るものだとは思わない。


 仁はさして気負ったような様子もなく、ゲームを作動させる。それは俺が歩くのと同じ。俺が話すのと同じ。それは技術ではなく、動作。自然で無雑作な動きだった。これが呪術に劣るとは思わない。だが佳奈の扱う結界、由利さんの紙、渡会先生の氷、それらと比べること自体が間違っているような気がした。


 きっと仁は自分にない力が欲しいのだ。それが何かの目的があってのものかは知らないが、その向上心は否定する必要性のあるものとは思えなかった。


「まぁ知識だけでも増やせば役に立つでしょ」


 仁は笑う。その笑みには手元から機械に力を流し入れるほどの無雑作さはない。俺はそんなことを指摘はしない。


「さっすが将来のこと考えてんなぁ」


 不良Fが馬鹿みたいな発言をする。年齢的には将来について切羽詰まって考えるべきなのに呑気なものだった。仁のしっかりとしたところは佳奈とよく似ている。


 そしてどうでもいいことだが不良Gはゲームで一人盛り上がっている。個人的には一番知能指数が低いと思っているが口には出さない。小学生のノリの良さを持つ高校生だ。ちなみに不良Hはいない。八匹いれば合体するモンスターみたいに、不良も合体すればいいと思っていたのだが。そんな愉快なものは見られそうもない。キングフリョウかフリョウレベル8かYAKUZAに進化すると思ったのに。最後だけ洒落にならない恐ろしさだろうから、あまりそれは見たくないけれど。


「将来のことと言えばさ、結構いいバイトあるんだけど、のらない?」


 一人が言った。G以外の誰かだった。


「どんな内容だよ」


 俺もそれには少し興味があり、掘り下げる。金欠は男子高校生の悩みの上位を占めるだろう。


「何か黒いケースを運ぶらしい」


 一気に胡散臭さが増す。あまり関わりたくない部類の話に変化する。


「ウンコでも入ってんのかな」

「小学生か」

「まあやばいもんだろうな。やめとけよ」


 他の奴もそう思ったらしい。順当な判断だ。


「大便でも入ってんのかな」

「小学生か」

「喧嘩とはレベルが違うだろ」


 喧嘩程度ならばまだしも、中身がハッピーでホワイトでみんなが幸せになれる類の物だった場合は洒落にならない。YAKUZAと警察の領域だ。


「やっぱエクスクレメントかな」

「小学生か」

「小学生はそんな単語知らねえだろ」

「意味は変わんねえけどな」

「警察沙汰になっても大便だけは拾ってやる」

「嬉しくねえよ。せめて骨は拾ってくれ。まぁ誰もやんないわな。俺もやんねえし」


 言い出した本人もその胡散臭さには気付いていたらしい。大して執着があるわけでもなさそうに手をひらひらと振った。それに骨じゃない方は拾う方も多大な被害を受ける気がする。


 そんな会話をしていて不良たちは気付かなかった。その背後から忍び寄る魔の手に。俺と仁は不良どもと向かい合うように座っていたから、その接近を冷やかな目で見つめていた。


 その魔の手は一人を抱き、力強くホールドした。背骨が軋み、お花畑にトリップしたかのように白目を剥く不良。きっとハッピーで何もなくホワイトな世界に旅立っていくのだろう。そいつはなんとか魔の手による人口呼吸やらで息を吹き返した。俺ならその後自殺する可能性があると思った。


 魔の手ことトランスの店長は楽しそうな様子だ。タキシードが映画のようだ。まあ人一人を殺しかけた人間がそんな様子なのはどうなのかと言われれば警察に通報したくもなるが、みんなのトランスのために不良一人の犠牲には目を瞑る。


「折角久しぶりにこんなに集まったんだから、……なけなしの金を湯水のように浪費してもらおうかしら」



 彼女(漢)はYAKUZAのような迫力で手の骨を鳴らしながら言った。

 不良たち(スライム)は歯をがたがた鳴らしながら土下座して財布を献上した。

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