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さて会議が終わる。
終わりというのは始まりらしいから、会議という苦難が終われば準備という苦役が始まり、後片付けという苦行に続く。そしてまた何かしら続くのだろうと想像する。紛うことなき負の螺旋構造だった。
負のスパイラルと言えば、会議の内容もスクランブルされていて踊り続けていたわけだが、何とかそれも終焉した。
終焉の具体的方法はと言えば、ひたすら意見を混ぜ返していた昴の行動を物理的に終焉させたわけだ。彼は今掃除用具のロッカーの横で返事のないただの屍のようになっている。由利さんの見事なラリアットだった。
つーかスパイラルとスクランブルを掛けたつもりだったのだろうか。ロッカーの屍の言葉を借りたのだが、上手くない。
結果決まった内容はコスプレ喫茶。昴が上げた以外の意見のほとんどをカバーした形になる。メイドやらチャイナやらバニーガールやら魔法少女やら執事やら色々。一週間前までに用意してきたのを使うらしい。つまりあと一週間以内だ。
内装はこれからだが、クラス全員で相応しいテーブルと椅子を用意し、飾りつける。
学校の規模のせいもあり、中途半端なものだと芳しくないらしい。
そんな中俺はクラスの責任者を任された。クラスメイトの多少の悪意が滲む名誉ある役職だ。クラスほとんどからの悪意なのにいじめの領域ではない素晴らしい立ち位置だ。
実際ソフィアが絡まなければみんな前と同じで仲良くやれるからね。これは逆にソフィアが嫌われているのでは、と血迷った現実逃避をしていると、クラスメイトと楽しそうに歓談するソフィアの姿が見えた。
俺は機材の貸し出しをするための書類をせっせと処理する。クラスの責任者の仕事は少なくなかった。だが俺は少しばかりほっとしている。怒りの由利さんは俺に学園祭実行委員という悪夢の肩書きを押し付けようとしていたが、他の人が流石に代わってくれたのだ。
内容を確認してハンコを押し、いらない書類を差し込んでくる昴に赤や青のマークを付ける。驚くなかれ、昴はこれでも生徒会役員らしい。
足元に転がるのは、頬に青痣と赤いもみじの跡のある昴。クラスの誰一人として彼のことを見ることなく各々のことをしていた。
「すいませ~ん」
そんな声が教室の入口から聞こえてきた。俺はその時は読書をしていた。俺の役職は監督することであり責任を取ることだ。最後につじつまが合うようにするだけの置き物だ。つまり別に今俺が頑張る必要はないのだ。周囲の人々が何やら工作やら話し合いをしているなか、俺は一人で小説を読んでいた。
ページを捲り、文字列の波を消化していく。周囲の喧騒から離れてのんびりと浸っていたところに彼女の声は容赦なく割り込んだ。
「先輩が責任者ですよね」
廊下から反対の俺の席までやってきたのは顔見知りだった。何度か一緒に出かけたこともあるAさん。先日の事件でも確かいたような気がするAさん。よく覚えている。あの時は確か気絶していたはずだ。怪我は大丈夫だったろうか。
「怪我は大丈夫だったかい?」
俺は思ったままのことをそのまま聞く。すると彼女は困ったように笑った。
「怪我した時の記憶がなくて。……美咲にお礼言ってもよく覚えてないから大したことじゃなかったって言うし」
戸惑いが大きいのだろう。美咲はあのときこの娘の大動脈が千切れていると言っていた。俺はその様子を見ていないが、言葉だけで聞けば生きているのが不思議に思える。
つくづく――。
「非常識ですね。美咲の能力。神様みたいで」
自分でも気付くか気付かないかの些細な苛立ちを覚えた。一瞬のことで、それがどこに向けられたものかも分からなかったけれど、少し気分が悪くなった。
彼女の言葉が俺の考えたことそのものだったかは分からない。人の感想を聞いたせいか自分の考えを見失うことはよくあることだ。
「美咲は優しいです」
俺の顔を見て何を思ったのか彼女はそう言った。言い訳のようには聞こえなかったし、それが嘘だとも思えなかった。ただ、優しいことに意味があるとは思えなかった。
「ありがとう」
俺はそれでもお礼を言ったけれど。
「褒めてはないです。優しいことで美咲が死にかけるのはおかしいでしょ」
彼女は怒ったように言う。彼女は優しいらしい。美咲はいい友達を持ったらしい。類は友を呼ぶという言葉も嘘ではないらしい。
「ありがとな」
俺の言葉に彼女は困ったような顔をした。
「それで用件は?」
「ああ、はい。中等部生徒会は第二体育館でイベントをやるんです。高校の人も参加できるからクラスの人に伝えておいてください」
そう言って彼女は俺にプリントを渡す。そして彼女は俺の机の脇に未だに転がっていた昴を足蹴にする。昴は呻きながら立ち上がる。
「あれ、ああ……足で蹴られたせいで名前が出てこない。……なんでここにいるの?」
昴は頭を抱えながらそう言った。俺は昴も彼女の名前を覚えていないのか、と少し安心する。
「酷いです。滝峰先輩もそう思いますよね?」
同意を求める彼女に対して言語化できない効果音と共に頷く。内心名前を呼ばされないかが心配だ。申し訳無い気分でいっぱいだった。
「ごめん。先輩にはよくお世話になってる」
「兄がどうしたんです? 私の名前を覚えてくれていない理由にはなりません、安倍昴先輩」
彼女には兄がいるのか。そんなことを思いながら会話を聞く。
「私の名前は三条朧です。いい加減覚えてください。何度忘れてるんですか」
思わず吹き出しそうになった。何度忘れているのだろう。かくいう俺も覚えられないのだけど。
Aさん改め三条……朧さんは悲しそうな様子だった。
「それで何でここにいるんだっけ? 朧ちゃん」
「ここにいるのに理由がいるんですか」
「少なくとも理由なく高校校舎に中学生がいるのは一応校則違反だけど」
喧嘩腰の三条さんに昴は冷静な対応。
「校則が何ですか」
少なくとも生徒会役員は守るべきものだと思う。別に一般生徒が守らなくていいというわけではなく。
「プリント渡しに来ただけですが何か」
失言に気付いたのか、誤魔化すような喧嘩腰。
「まあいいや。おれもそろそろ生徒会に顔出そうと思ってたからちょっと出ようか。用事が終わったなら」
昴が三条さんの首根っこを掴むようにして引きずっていく。ヒートアップしていく三条さんと昴の会話は周囲の注目を集めはじめていた。周囲の騒めきが三条さんがいなくなったことによって、よく聞こえる。
「あの娘かわいかったな」
「名前何て言ってたっけ?」
「確か……あれ?」
クラスメイトの疑念が俺に届く。あんなに大声で騒いでいたにも関わらず、彼女の名前を忘れそうになる俺がいた。俺は意識を総動員して彼女を記憶する。三条朧。名前の通りに朧げで儚く消えそうだ。不思議な少女だった。
類は友を呼ぶ。そんな言葉を再び思い出す。美咲はここまで不思議な存在だろうか。
俺の顔には不思議と笑みの一つさえ浮かばなかった。




