12
再び平穏な学校。5月も終わりに近付き、学園祭は二週間とちょっとというところだ。
昼の休み、俺は白飯だけをもそもそと食っていた。可愛い妹と同居人外のおかげで俺は金欠だった。もう一度重要だから言わせてもらう。俺は金欠だった。俺も、ではなく俺は。つまるところ彼女たちは金欠でなかった。
「彰君はなんか寂しい食事を送っているね」
どちらかというと空しい食事だ。みじめでさえある。人の傷を言葉で抉るなんて佳奈も性格が悪い。
「ほっといてくれ」
せめて美咲に佳奈並のクレーンゲームの才能があればいいのに。もしくは佳奈に下手な特技がなければ美咲も期待せずにすんだのに。
逆恨みのような感情を抱かれているとも知らずに、佳奈は俺の目の前に豪勢なおかずを並べ始めた。二人分の机に二人分の食事が並ぶ。ソフィアがそれを見て目を輝かせているのだが、彼女はしっかりとした弁当を持っているのだ。
昴は脇の机でパンを頬張り、ソフィアは俺の横の席で箸を手馴れた様子で使っている。
「ひもじい彰君にプレゼントをあげよう」
善意から出る行動なのは分かるが、佳奈が分かりきった俺の現状を言う度に心のヒットポイントが削られている。
「昨日と一昨日は見るに堪えないものだったからな」
昴は楽しそうだ。人の不幸を喜ぶなんて、なんて普通なんだ。
俺も昴があんな食事を送っていれば大爆笑する自信がある。昨日は五円チョコが見事な偽装で五百円に化けていた。
由利さんの遊び心なのか、アルミホイルに五百円の表面が描かれていたのだ。暇だったのか、嫌がらせに妙なやる気を出す人種か。
あの期待して握り締めた瞬間に曲がる恐怖。
「見る分には面白かったけどね」
佳奈は苦笑いをして、俺におかずを薦める。メニューはやたらと張り切った様子の揚げものや肉などだ。
普段からこんな一種男らしい不健康とも言えそうなメニューを食べている様子はないから、気を遣わせてしまったかもしれない。
「料理上手いよな。毎日食べたいくらいだ」
昴が吹き出した。何がおかしいんだ。変な意味じゃないのに。別に嘘を吐いたわけでもないし。
「あははは、お気に召したようで良かった良かった」
佳奈も特に困ったような様子もないし、昴おかしいんじゃないの。
「そんなに美味しいんですか?」
ソフィアは大食いキャラを確立させるのかな? 目をそんなにきらきらと輝かせても、手元の料理の美味しさは増幅できないのかな。きっとできないのだろう。
ソフィアの小動物のような様子を見ると、血生臭い戦闘よりも餌付けの方が剣と人間の関係には相応しいように思える。
「今度料理でもしてみましょうかね。由利にでも教えてもらいましょう」
ソフィアは腕を組んでいいことを思いついたという様子で言う。いつの間にやら弁当を食べ終わったらしい。このからあげ美味しい。下味がしっかりと付いている。
「私が教えようか。結城先生も忙しいだろうし」
佳奈は提案する。卵焼きも旨いな。甘さがちょうどいい具合だ。
「一つ屋根の下ですから、時間くらいは大丈夫ですよ。味見もちょうどいいのがいますし」
ソフィアはその提案を受け流し、俺の頭を何度か後ろから叩いた。いやね、味見するのはやぶさかではないのだがね。今は大人しく食事をさせてくれんかね。俺はそんなことを言う時間さえ惜しんで、食事を続ける。久しく食べる美味しい昼飯だからな。
俺は会話を聞かずにずっと食事を続ける。聞いていたなら胃の痛みで食事もままならなくなるような予感がしたからだ。
「いやいや、味見なんて彰君あてになるか分からないよ」
佳奈は弁当を力強くつつきながら言う。食べにくいからやめてくれないかな。食べさせてもらってる図々しい立場だけど。
「佳奈だって食べてもらってるじゃないですか。美味しいんでしょう?」
俺は頷く。どうにも居心地が悪い。味が分からなくなりそうだ。
「おれが味見してあげようか。ソフィアちゃんの手料理って美味しそうだよね」
昴の言葉に俺は心底賛同するのだが、二人の反応は芳しくない。
「まあ、教えてくれるのならば、手伝ってください」
佳奈はその様子に、仕方がないという様子で口元を上げる。とりあえず女子の関係性が分からず人間不信に陥りそうな俺のケアを誰かしてくれないだろうか。
学園祭まであと二週間である。ということはそれなりに準備は進んでいるはずだ。会議は順調に優雅な舞いで人々を魅了し、嫌な現実から痛みのない幻想の世界へ誘ってくれる。
要はあまり進んでいない。会議は踊り続け、人々は焦燥し、一周回って危機感を無くしていくのだ。世界中が危険になれば一周回って世界は平和だ。レッツテロリズム。
クラスのコンセプトが一度まとまりかけたことは危険だった。というか危険思想だった。
結局のところ鶴の一声、由利さんの怒気を孕んだ底冷えする声が響き渡る。
「結局喫茶店はどうするんだね?」
「チャイナで」
「執事で」
「メイドで」
「女装で」
「いやむしろ男装で」
「結局コスプレショーでいいのかね?」
喫茶店消えちゃったよ。コスプレ内容以外に話し合うものは無いのか。しかも結論出てないし。
「喫茶のメニューは大体できました」
「食材も準備できそうです」
「服装と内装に関してはまだです」
手際のいいクラスメイトたち。そして俺の心の声を聞き届けたかのように的確な発言。
「何をこんなに話しているんです?」
目の端に涙を浮かべ、口元を抑えながらソフィアが俺に尋ねた。どうやら寝ていたらしい。
「喫茶店の服装だ」
「服飾ですか。よく分かりませんね」
俺はソフィアの気怠そうな言葉に納得する。制服以外の服は全て誰かのお下がりだ。ほとんどの服が似合うと楽しそうに美咲は言っていた。ソフィアの目はそのときかなり虚ろなものだったが、もしかして覚えてないのだろうか。
「服装くらい気を遣えよ。せめてTPOをわきまえてくれ」
俺は声を落として忠告する。ソフィアが何か問題を起こした時、なんだかんだで尻拭いのお鉢が回って来るのは俺のような気がする。ペットの面倒を見なければならない飼い主の気分だ。
「それは構いませんが。あまり耳元で話さないでください。こそばゆいです」
頬には薄く朱が交じり、少し身を捩る。その様子が何だか面白くて、息を吹きかけようかなどと悪戯心が湧いたところで嫌な音が聞こえた。
パイプ椅子が動く音だ。ちなみに俺やソフィアを含む全クラスメイトの椅子はいわゆる学校の椅子であり、木と鉄でできている。つまりパイプ椅子の持ち主は教師以外にありえない。
「TPOをわきまえたまえ、バカップル」
仮にも保護者がカップルなんて言おうものなら、俺の命が危険になるというのに。
「カップルなんて失礼な。私の人権の侵害です」
ソフィアのフレンドリーファイアが冷徹に俺の気力を削った。お前に人権なんてないだろ、という正しいのだが、発言すると俺の立場がとても危うくなるワードを歯ですりつぶす。
「確かに悪かった。では馬鹿二人組。会議をまとめろ」
由利さんの目は拒否権がないことを如実に示していた。




