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歩きなれた廃墟を歩く。天皇陛下の御尊顔を拝んだ翌日だ。
廃棄地区は計画的に作られた場所。人が寄ることのない立ち入り禁止区域。僕の歩く道を、きれいに舗装された道路を左に曲がるとショッピングモールが見える。
壊れて修理をしている。刃物で切られた様子がよく見える。現実とは思えないような不思議な痕跡。
僕はそれから金色の目を反らす。少しだけ廃棄地区の中に隠れるように戻る。人に見られるのは都合が悪かった。
目的の場所に着くと僕は深く呼吸をした。じっくりと空気を吸い込む。体内にじわりと情報が入り込んできた。サイコメトリングという僕の能力。それは情報を引き出す能力。手に触れたものから、体に触れたものから記憶を引き出す能力。
僕が女子高校生兼天皇陛下兼神祇庁次長から請けた仕事は聖剣の思考を追うこと。居場所ならばもう分かっているからだ。二本共に由利先輩のところにあるらしい。
僕は空間の雰囲気を、歴史を読みといていく。
意識が溶け再構成される。6月の日差しは逆回転された時間に少しずつ流されていく。
僕はこの空間を歩く。夜が来て昼が来て朝が来る。何度太陽と月が西から昇ったのか。
気がつけば僕は戦場に立っている。冷たく、熱く、嵐のような戦場。背筋が震えた。記憶の中の聖剣と魔剣が恐ろしかったというわけではない。ただその空間を覆う人々の意識には恐怖が混じっていたということだ。記憶に飲まれ、感情が揺れる。
僕は記憶の中、呼吸を調える。激しい戦場は僕の意志に従い、少しずつ速度を落としていき、僕でも安全に入り込めるくらいになる。きっと今ならジュリアでも入ることができるだろう。
そして完全に世界は停止した。幸いというか、僕がそうなるように調整したのだが、聖剣は地面に足を着けている。全く地に足着いてない化け物なのに。
くだらない考えを咳払いで誤魔化して、僕は聖剣に歩み寄る。
聖剣は持ち主の手に収まっている。滝峰彰とかいう少年ではないだろう。呪術を扱うらしい黒人の男を操っている。聖剣は紛れもない日本刀だ。男のロマンだな。
これが美少女になったらしいが……にわかには信じ難い。もしこれが記憶の中でなければ、この見事な日本刀を奪い取って、セクハラして殺されるのに。
僕は聖剣の柄の一部を握る。僕の目の輝きが増すが、情報量はそう多くはない。これはあくまで戦場の空間の記憶だ。空間に主観があるか、意志があるかどうかは僕も知らないが、少なくとも聖剣の頭の中についての情報はほとんどないし、あっても薄れているだろう。
僕が触れたことで戦場が記憶する聖剣の行動が頭の中で正確にトレースされる。目線がどこを動いたか、聖剣がどのような行動をとったか。聖剣がどこに触れたか。
僕は必要な情報を覚えると、平凡な6月に帰還する。冷たさも熱さも恐怖も5月とともに流れ去っていく。
そして僕は早速情報を活用した。聖剣が最後に突き刺さった場所を見つける。彰という少年が力を求めた場所に僕は辿り着く。
亀裂の入ったアスファルト。まるで刃物で切り裂いたように滑らかな断面。実に呆気なく見つかったそこに僕は手を触れる。ゆっくりと精神的な力を入れ、サイコメトリングを発動させる。
僕が望んだ通り、そこの情報量は先程とは比べものにならない。
様々な感情の渦と、大切で温かい記憶を感じる。大切な記憶はそれだけ残りやすい情報だ。意志を持たない物体が記憶しやすい情報はより強い感情、意志。大切で残したいという思いがあればそれだけで量の多い情報となる。
途切れ途切れで僕にはよく分からない記憶。なにかの呪術的な儀式か、気味の悪い神殿だった。嫌な気分を味わいつつも集中する。
僕がさらに情報を引き出そうと力を込めると不思議な現象が起こった。
『煩わしいな。こんな小僧もいるのか』
声が聞こえたのだ。僕は波のように襲いかかる何かの力にサイコメトリングを無理矢理中断させられる。6月の地面に意識は投げ出され、気がつけば倒れていた。力を使おうと瞳が黄金に輝く。恐る恐る亀裂に手を伸ばすが、そこから求める情報は消え去っていた。
何かから邪魔をされた。では何を邪魔されたのか。簡単だ。サイコメトリングを。では何のために。聖剣の情報を得ることを、あるいは滝峰彰の情報を得ることを止めるためだろうか。
誰がそのことによって利益を得るんだ?
全く、女子高生に依頼された天命に等しい任務だというのに。任務の成功次第でイベントCGを見ることができるかどうか決まるというのに。むしろクビを切られるかどうかが決まる気もするが。
さて僕は再び深呼吸をする。もう能力を使うようなことはしない。何か変なことに首を突っ込んでしまったという嫌な自覚があった。知りたくなかった。知ってしまったことで躊躇が生まれる。
僕はスマホをポケットから取り出す。僕は知らない電話番号を、迷うことなくダイヤルする。
今まで掛けたことのない相手に電話を掛けるのは緊張するというよりも恐怖だった。繋がる先はおそらく恐れ多いことに天皇陛下。
確証はない。陛下はなかなかにしたたかで電話番号以外の情報をほとんどスマホに残していなかった。僕の能力を確認する前から僕の能力へ正確なアプローチをしてみせるのだから、流石女子高生というところである。
間違えた。流石神祇庁次長を勤める一級呪術師というところだろう。
一度。二度。三度とコール音がする。プルルルル、プルルルル。耳に音が反響する。
がちゃり、と音がする。たっぷり十回鳴らしたところだった。




