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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
42/75

08

 俺が昴に会いに音ゲーのコーナーに行こうとすると、見計らったかのように昴が歩いてきた。

 話を聞かれてはいないだろう。その証拠にと言ってはなんだが、いつもと同じような深刻さの欠けらもない表情。気怠そうに肩を回している様子からして、単純に疲れたらしかった。


「どうしたんだよ、仁君はいなかったのか?」


 こちらに気付いた昴が不思議そうに言った。


「ちょっと疲れてな」


 俺は顔を掻きながら答えた。少しでも顔を隠していたかったのだ。自分が今どんな顔をしているか、よく分からなかった。


「俺もだ。どうにも集中できなくて」


 昴は笑って言った。何の不思議も不可思議な現象もない、いわゆる普通だ。俺がどんなに変なことに巻き込まれようと、身近な人がどんな嘘を吐いていたとしても、変わらないものはある。


 俺は変化のない平凡な日常に帰り損ねたのだ。昴とは少しだけずれた日常。俺が帰ってきたのはそういう場所だ。


 一抹の不安を顔に出さないように努力する。瑣末な問題だ。俺は昴と平凡に会話をしている。会話できている。



 ゲームセンター『トランス』の中はいつも通りのごちゃついた印象。ゲーセンらしい雑然とした雰囲気に身を溶かす。意識を溶かす。俺はここにいるのだから。それ以上でもそれ以下でもないのだ。


 点滅を繰り返しているモニターの前を次々と通り過ぎる。そこには誰も座っていない。穴場のゲーセン、都市伝説になるほど場所が分かりにくい、この店特有の光景。見なれた風景だった。


 次の角を曲がればすぐに女子三人組の集まるプライズコーナーに辿り着くというところで、声を掛けられた。


「不良の坊やたちが何で来ないのか知らないかしら?」


 そこにいたのは『トランス』の店長。恐らく店の名前の由来は彼にある。彼と言っていいかは分からないが。彼女の方がいいのだろうか。性を転換するのだろうか。転換したのだろうか。


 深みのある低い声から繰り出される特徴的な口調。髪型は男らしく、短めにしている。そしてゲームセンターにいるにはおよそ相応しくない正装。日によりドレスかタキシードか、その上ドレスの時は化粧もしている。ちなみに今日はタキシードらしい。


 生物学的には男性。筋肉は男性の平均以上はあるだろう。体格はよく、背も185cmはある。そして相応の威圧感。都市伝説には彼女の記述もしっかりと存在するが、彼女の名誉のために割愛する。


「いや、知りませんけど」


 俺の言葉に店長は首を傾げる。女性的な仕草は知り合って間もない時ならば違和感もあったが、今はそういうものだと捉えている。馴れとは恐ろしいものだ。


「タッキーは不良の元締めみたいだから何か知ってるかと思ったんだけど。残念ね」


 タッキーとは俺、滝峰彰のことだが不良の元締めとは誰のことでしょう? 俺の名誉のために解答は伏せさせていただく。


「すばるんは知ってる?」

「ん~、おれは不良の元締めじゃないですからね」


 何度もしつこいようだが、俺は不良とは一切関係ない一般人である。


「残念ね。売上が減っちゃって困るわ」


 増やす気があるのなら店の入り口を分かりやすくすればいいのにとは思うが、それでは穴場の意味がない。元より店長の趣味をそのまま店にしたようなものだ。


 採算は度外視だろうが、それでも最低限は必要らしい。それに仁は金を払っていないような、なんてことは突っ込まない。仁は定期的にそれなりの額を納めて、格ゲー付近のエリアに陣取っているらしい。


「ところで可愛い子が一人増えてるみたいだけど、どっちかの彼女?」

「違いますよ。クラスメイトです」


 昴が俺の方をちらりと見る。俺と目が合って一拍するとそう答えた。今の間はどういう意味だろうか。俺とソフィアの間にはクラスメイト以上の関係はなくていいのに。それ以上の関係性があることは不幸なことに否定できない。


「あら、そう。残念ね。面白そうだと思ったのに」


 店長はなかなかに趣味の悪い発言をした。俺自身は別に人の恋愛関係をからかうのは構わないけれど、女子陣には聞かれたくはない内容だ。


「それで名前は? 外国の子よね?」

「直接話し掛ければいいじゃないですか」


 昴は店長にそう言うが、店長は嫌そうに顔を顰める。俺もそれが正論だと思ったのだが、どこか駄目なのだろうか。


「やーねぇ、アタシみたいなのがいきなり話し掛けてどうすんのよ。あんな可愛い子が来なくなっちゃったら、残念よ。折角増えた目の保養なんだから」


 どうやら店長は自分が敬遠されるような人種だとは自覚があるらしい。馴れるまではいささかショッキングであることは否めないが、悪い人ではないのだ。


「それで名前は?」


 急かす店長に昴が答える。


「ソフィアちゃんです。ソフィア・ウォーカーで良かったよな?」


 昴はフルネームを俺に確認する。俺は頷くが、正直なところよく覚えていない。きっと間違えてはいないだろう。たとえ間違えていたとしても後で訂正すればそれで済む話だ。


「ソフィアねえ。いい名前ね。知恵とかそういう意味だったかしら」


 それは知らなかった。神話かなにかにそういう名前のものがあるのだろうか。神様の超兵器なら神話に話があってもおかしくないけれど。


「まぁ今度紹介してちょうだい。ところで金を手っ取り早く稼ぐいい知恵はないかしら?」

「高校生に聞くもんじゃないでしょ」


 俺はそう言ったが、昴は何か案があるらしい。


「株でもやったらどうですか? 案外できるもんすよ」

「そういうものかしら」


 昴は株取引ができる。以前から何度か聞いたことのある話だが儲けるのだろうか。一連の騒動で由利さんから慰謝料のような形で小遣いを貰ったのだが、それでも金銭的に苦しいことは否定できない。


 それにしても取引という言葉には暗いイメージを抱いてしまう。契約、取引、協定。最近言葉が違えども実態はそう変わりないだろう三種類のものに関わった。成り行きで、流されて、選択の余地なく、後悔すらできない。俺のどんな行動がそれらに導いたのか分からないのだから仕方がない。


「株の絶対的なルールは一つしかないですし」

「そんなもんなのか」


 昴の自信万々の発言。根拠はどこにあるんだろう。大体ルールが一つと言ってもやり方は多様にあるんだろうし。


「おう、損だけしないようにすればいい」


 昴は言い切った。ルールというより目標に近いような気もする。だが確かに、絶対的な、何が何でも守らなければならない一つのルールと言われれば、納得のいくものでもあった。


「簡単に言うわね」


 店長は腕組をして考えている。メリットとデメリット、利益と不利益を考えているようだ。


 俺もふーんとかへーとかそんなふうな声を上げながら考えている。俺自身が損をしているか、それとも得をしているか。よくよく考えれば、考えれば考えるほど俺は嫌なことを思い出す。


 三番目の協定に関しては問題ない。二番目の取引に関しては考えたくもない。では最初の契約についてはどうだろう。俺はその契約内容すら知らないのだ。


「まあいいわ。頑張ってみるわ」


 店長は俺より太そうな腕をひらひらと振って、上機嫌な様子で店の奥に入っていった。








「おお~すごいすごい。ソフィアさん、上手だな~」


 角を曲がると筐体の列の向こう側に美咲の喜ぶ姿が見えた。いつもでも懲りずにクレーンゲームを失敗し続けているらしい。もうしなければいいのに。今日はいくらの金を浪費したんだろうか。少々憂鬱になる。


 ソフィアが操るクレーンは重いぬいぐるみを捉えて、離さない。普通ならばあんなにしっかりと掴めないものなのだが。もしかしてあれはクレーン本来の力ではないのだろうか。


 ソフィアの能力は増幅らしい。定義も分からないし、どんなことができるか分からないけれど。きっとクレーンを強くするくらいなら簡単にできるのだろう。今思えば、イタチと相対したとき俺があそこまで動けたのは彼女の手助けがあったからだろうし。



「あら、彰さん。こんなに取りましたよ」


 ソフィアの指差す方には大小のぬいぐるみやフィギュアが無雑作に積まれている。少なくとも千円や二千円程度で取れる分量ではなさそうだ。店長に同情を禁じえない。もっとも同情するなら金をくれと本気で言われるかもしれないが。


「彰くんもこんなにはできないからね。天才だよね、ソフィア」


 佳奈は楽しそうに言う。本気で感嘆しているようだった。確かに天才で天災だろう。俺は店長のためを思ってこんな無情なことはできないし、技能的にもできないからな。全く、神の力の一端を使うなんてせこいやり方だ。ところでフィギュアやぬいぐるみはどれくらいの金額で売れただろう。右の方にあるやつは高く売れそうだから取ってくれないかな。はっ? せこい? こっちは生活が懸かっているんだよおおおぉ。



 失礼、取り乱しました。だが何にせよ結構儲かりそうな予感。店長には悪いと思うが、店長もきっと株で儲けて大丈夫だろう。


「それで質問だ」


 美咲に対してとても重要な、それこそ人生に関わるような疑問を投げ掛ける。


「今日いくら使った?」


 見ればソフィアの戦利品は両手の指では足りないくらい、というよりもさらに多くその三倍はある。たとえそれらを失敗なしで手に入れたとしても、一回が二百円だから優に六千円は消し飛んでいるはずだ。


 そして問題はその資金の出処。ソフィアが金を持っているとは聞いたことがない。一応常識的な知識を持ちあわせてはいるようだから、通貨とは何ですかなんていう頓珍漢な問いはしなかっただろうけれど。


「大丈夫だよ。私が貸したから」


 佳奈が俺の心配の種を消してくれた。六千円がフィギュアやぬいぐるみに飲み込まれたせいで、食事も満足に取れないようになれば笑うこともできない。


「借りですか。嫌な響きですね。これで貸し借りなしにしません?」


 ソフィアが指し示したのは六千円のなれの果て。それで貸し借りなしになると思っているのだろうか。もし本気でやっているのなら、彼女を哀れむ前に俺と彼女の契約内容を確認したい。


「別に構わないよ。友達なんだし」


 これほど白々しい友達発言もあるだろうか。そんな背筋にうすら寒いものを感じさせる言葉を放った本人は自然体の笑みを浮かべている。その表情にも声の調子にも疑うべきところなど欠けらもないにも関わらず、俺はそれが虚偽だと知っている。


「ありがとうございます。日本に来て初めての友達が佳奈で良かったです」


 それに応じるのも偽物だとは思いもよらない完璧な笑顔。胃が痛くなりそうだ。


「ところでお兄ちゃん。これどうやって持って帰る?」

「ところで美咲は何回分の金を無駄にしたんだ?」


 見たくもない嘘の応酬から目を反らす。美咲はたっぷり五秒間、無言で視線を彷徨わせた。


「ち、小さいことを気にする男なんて嫌われるよ」


 美咲はどこか虚空を見つめている。ここにも見たくない現実がありそうだ。


 金銭感覚だとか生活能力がある点で、ある程度はカバーできるんじゃないかな。それに誤魔化し方や嘘の吐き方なら、そこで堂々と行われる虚偽に満ち溢れた会話を参考にしなさい。絶対ばれないから。少し現実から目を反らすような思考を繰り広げてみる。


 美咲の下手な誤魔化しによると結構使ったらしい。俺は美咲の財布を奪い取ると中身を確認する。女の財布を奪うとかその中身を元々知っているとか、まるでひもになったような気分だ。


 嫌な気分を味わいつつ、じっくりと調べる。何度も何度も閉じたり開いたりしながらため息を吐いた。



「四千円が消えたのはどういうことだ」



 小さな声で期待はずれでかつ予想通りの返答が返ってきた。たとえ予想と違う答えだったとしても、なけなしの金が消失した事実は変わらないから、ここは大人しく頭を抱えておくとしよう。


「知ってるか人生のルールは損をしないことなんだ」

「それは株のルールだよぉ」


 そうなの? そんなに一般的なの? じゃあ、守れよ。


 悲痛で声にならない叫びがゲームセンター中に木霊した。

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