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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
41/75

07

 さて放課後、いつものように五人で歩く。


 久しぶりに、ソフィアを連れてなら初めて向かうゲームセンター。


 人通りの多い道を人の視線を集めながら歩く。もっとも俺に向かう視線は数えることができないくらい少ないので気にもならない。ただ眼鏡の変態、通称色眼鏡こと昴がその無駄なスペックの顔で視線を集めているのは気にいらない。



 ソフィアが様々なものに興味を抱き、ふらふらと寄っていくせいで少し時間がかかったが無事に辿りついた。


 佳奈と美咲はそんなソフィアの様子を見て次は買い物に行こうと約束していた。佳奈とソフィアはあの協定以来、特に衝突することもない。本人たち曰くの友達ごっこは傍から見ても何ら違和感がない。人を女性不信にさせそうな演技力だ。


 俺はゲームセンターに着くやいなや、奥に入っていく。久しぶりに解放された気がした。ここ最近、学校ではソフィアがずっと側にいて、気の休まることがない。金魚のフンかあるいは恋人という意味での彼女か、いづれにせよ人の目があるところではソフィアは猫を被る。俺の側で無難に問題を起こさないようにというわけだろう。


 俺は彼女のことを信用していない。彼女には俺の知る姉のような人物との共通性が確かにあり、彼女は俺の慕っていた人物そのものかもしれない。だが決定的に、致命的に違うのは、彼女には記憶がないことだ。


 神様との取引で俺が手にいれたのは彼女を取り込んだ何も問題のない日常。彼女は記憶を失ったのか、彼女は全てを失い、神様は俺の傍らによく似せた別物を贈りつけたのか。俺には判断がつかない。


 そんなふうに考えても答えのない、そして答えが出ても意味がないことを考えていると見馴れた人影を見つけた。

 仁はいつもとは違い、格闘ゲームのところにはいなかった。仁がいつも通りの黒ずくめの格好、いつもよりいくらか真剣な黄金の目でしているのはシューティングゲームだった。


 仁が一人で本気を出してゲームをしているのは初めてのことだった。


「誰っすか? あの美人さん」


 ソフィアのことだろう。どこかから覗いていたのだろうか。


「ソフィアって言うんだ。……友達だよ」


 俺は彼女とのこの不思議な関係性を示す正確な言葉を知らない。仁は少しの間をどう思ったのか、


「もしかして彼女っすか? 片思いとか」

「冗談だろ」


 俺はただそう笑って仁の隣の席を指す。そうして仁からの了承を得ると席に着く。大画面のモニターがCGの町並みと機体を映している。


「対戦できたよな」

「いいっすね。手加減しませんよ」


 仁は楽しそうに腕を回しながら言う。

 モニターの映像は金も入れていないのに切り変わる。機体の選択画面がチカチカと踊っている。


「手加減はしてくれよ」


 黄金の瞳をした電子機器の専門家に本気を出されて勝てる道理がない。


 ところで何かあったのだろうか。一人でゲームに本気を出すことになるような何かが。


「どうかしたんすか?」



 その口振りはいつもとは少しだけ違う。ちょっとした違和感。俺はその声に宿る感情の正体を探ろうとするが思い当たらない。それとも何も変わらないのか。俺自身がよく分からない出来事に巻き込まれたせいで物事の受け取り方が変わってしまっただけなのか。


 よく分からない出来事という言葉で思い出す一つの事実と、湧き上がる一つの疑問。



「仁は佳奈と親戚だったよな?」


 仁は何を考えたか口を噤んだ。もしかして違っただろうか。


「何で知ってるんすか? まさかストーカーっすか? オレの」



 少なくとも男をストーキングする趣味はないことをここに明言しておく。女ならするという意味ではないが。


「前に叱られてなかったか?」

「よく見てらっしゃる。勉強しろってうるさいんすよね、佳奈姉ちゃんは」


 親しげな様子に頬がほころぶ。


「神祇庁って知ってるか?」

「遠回りな質問っすね」



 仁は遠回りに俺の質問全てに肯定した。仁はどこまで知っている? 佳奈が神祇庁の下で働いているのは知っているはずだ。佳奈は確か呪術師を説明する時、家の仕事だと微笑んでいた。


「家の仕事っすよ」


 仁は俺の言葉を読んだかのように微笑んだ。その笑みは佳奈によく似ている。


「じゃあお前も――」

「本家の仕事っすから」


 仁はただそれだけ言って口を閉ざした。目元は悲しげにゲーム画面に向けられている。つまり本家は佳奈で分家が仁ということだろうか。もしかしたら仁は佳奈の力になれないことを悔やんでいるのかもしれない。 


「剣って知ってるか?」

「あの美人さんがそうっすか?」


 仁は俺の質問に対する解答を遠回りに言う。仁は全てを知っている。だが仁は俺が知る以上のことを知っているだろうか。質問を重ねようと思っても、次の質問が思い浮かばない。俺が知るべきことは何だろうか。俺が仁に聞かなければならないことは。


 ただでさえここ数週間の情報量の多さには振り回されている。


 俺は無言でゲーム画面を次に進めた。

 仁は俺に従ったのか何も言わない。

 ゲームは高らかに対戦の始まりを告げる。


 二機の戦闘機は空に飛び出す。仁は強かった。仁のミサイルや機銃はこちらの動きの全てを見切ったような正確さで俺の機体を苦しめる。


 仁の瞳は黄金に輝き、その手は動かない。


 仁は椅子の上に、確かに座っている。だがその意識はゲームの中にあるのかもしれない。俺の操る戦闘機はただの的。そこには俺はいない。敵うはずがない。


 仁の能力は強力だ。電脳の空間を自由自在に、それこそ戦闘機のように飛び回ることができる。データを武器にデータを破壊する。現代の文明は仁にとって遊び場。


 仁は現代文明の申し子だ。


 だからそれだけに仁は悔しいのだろう。データをいくら手繰ろうが人外の化け物には対処ができない。佳奈が命を賭けた世界は、仁の電脳世界とは一部の点でしか繋がっていない。少なくとも呪術を操り、剣と銃で暴れる暴力的世界との窓口は、軍事兵器程度のものだろう。


 俺が仁に敵うはずがない。振り回されるだけだった事件を経て、俺は何もしようとしていないのだから。


 成長しようとしない人間が成長する意志を持つ人間に敵うはずがない。


 二つの戦闘機はゲームシステムに許された挙動で戦う。そのはずなのに俺の戦闘機は仁のものと比べてどこか無様に飛んでいた。


「今日はいつもより調子悪いっすね」

「ああ、そうだな。最初が格ゲーじゃなかったからかもな」


 俺は言い訳をする。実際、俺の調子は変わらない。仁が変わったのだ。


 じゃあな、と俺は挨拶する。


 また、今度、と仁は俺の背中に呼びかけた。



 ああ、一つだけ仁への質問を思い出した。もっともその答えも分かったようなものだが。仁は俺の質問を先回り遠回りして答える。捻くれているのかもしれないな。あいつも一応は不良なのだ。


 仁は俺のことが怖くないのか。


 俺の疑問に仁は笑って答えるだろう。あるいは答えないかもしれない。笑い転げて言葉にならなくて。


「またな」


 俺は振り返ってそう言った。仁は微笑みを浮かべている。


 俺は俺のことが怖い。俺は誰にも問い掛けられていないにも関わらず答える。

 俺のいくつかの選択は聖剣と魔剣の争いに変化をもたらしただろう。それが良かったのか。選んだ後も俺は模索し続けている。

 二振りの剣を持った今、俺の選択はかつてより重みがあるはずだ。



 俺は俺の選択がいつか決定的に間違えることを恐怖している。

 そのとき、俺に再会を約束してくれる人がいるだろうか。

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