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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
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06 ×/

 吾輩はイタチである。名前はあるがまだ主に伝えることはできない。


 居候、捕虜、ペット、戦力、研究対象、さまざまな価値が吾輩にはある。人間は吾輩のことを畏怖し、畏敬の念を示すべきだ。主は人の子であるにも関わらず、吾輩に敬意を払わない。


 もっとも吾輩はその程度のことで主を見限りはしない。たとえ食事として給されたものがペットの黒猫と同じであろうとも。吾輩は全くもって根に持つことはない。


 かつての主には酷い目に遭わされた。長年、共に手を取り合い、彼が私の柄を持つことがほとんどではあったが、戦場を駆け抜けたというのに。遠い異国の地に埋められ、契約を破棄された。吾輩が眠る直前に契約が破棄された記憶があるのだが、契約破棄の代償は確か足一本だったか。足を失えば、剣を振るうことすらままならないだろうに。



 そういえば今の主との契約は正規の手続きを踏まれていないのだった。主が吾輩を裏切ろうとも罰せられることはない。人の子の生き死に程度のことに興味はないが、主は愉快だ。吾輩はどうにも恵まれているらしい。


 この国は吾輩の生まれた土地、神も多少はひいきしてくださるのか。


 愉快だ。主はどんな思いを魅せてくれるだろう。どんな戦場を魅せてくれるだろう。吾輩はどこまで力を振るえるだろう。


 吾輩は人の作った息の苦しい空間を風で舞う。狭苦しい。吾輩の姿はそれこそただのイタチ並である。暇潰しに部屋の空中でくるくると戯れる。


 人の住み処は不思議なものだ。吾輩が妖怪として語られ始めた頃には、木の香りが漂うばかりだったのだが。今や土の下から掘り出した鉱物やらを捏ねくりまわして家にしている。神代も聞かずとはこのことであろうか。



 そうこう考えていると、やはり隙を持て余す。不自然な木の床に爪が当たる。暖かみというのが薄いと感じるのは吾輩だけであろうか。かつての主はカーペットとやらを敷いていたから気にならなかったものの、あまりこの冷たさは愉快ではないな。


 主の家族が用意していった食事に目をやる。食欲を刺激する香りが鼻を襲う。これはなかなか。主とその家族を至上の存在として守ってやらんこともないな。


 衝動を抑え、極めて理知的に、神に認められた誇りを纏い、優雅に足を進める。あと五歩。唾液を飲み込む。いただきま~す! そんなふうに我を忘れた吾輩の目の前をささっと黒いものが横切る。


 艶やかな輝き。

 人の認識をすり抜けるが如き、鮮やかな身のこなし。無論ゴキブリなどではない。


 あの黒猫ぶっ殺す! 吾輩の楽しみを奪いおって。八つ裂きにして食うてやろう。







 協定が結ばれて数日。影響があるかないかと言われても判断はつかないが、ひとまずいつも一緒にいるメンバーに人外が加わっても表面上は何も問題ない。人の適応能力の高さに感服するというわけでもなく、どちらかと言えばソフィアの人間らしさに驚かされる毎日。


 ソフィアはクラスにスムーズに馴染んだ。人当たりのよい美人。男女共に羨望の目を向ける金の髪と青色の瞳。馴染まないはずがない。


 突然だが、話題が変わる。6月になればこの学園では大きなイベントがある。文化祭、あるいは学園祭と呼ばれるイベントだ。


「メイド喫茶に一票」


 眼鏡の男子がくいっとフレームを持ち上げながら言う。


「しっ執事喫茶がいいと思います」


 鼻血を出しながら少女が言う。


「「「…………」」」


 周囲の冷たい視線とため息が二人の生徒に殺到した。

 学園祭とはこの学園で一番大きいイベントの一つである。ちなみにこの学園は幼稚園から高校、さらには大学まで。もっともこれは進学制度の話で大学は別の敷地にある。学園祭で参加するのは小学から高校までだ。


 ちなみに高校の制度についてもう少し突っ込んだ話をすれば、旧人類では一般科、新人類で新人類科の2グループ。一学年合計8クラスがある。

 大学には呪術科という怪しげなやつがあるが、幸い高校にはない。



 再び言うが学園祭とはビッグなイベントである。リアルが充実した人間の祭典である。

 だが興味がなければ怠いだけ、とりわけ何をするか決めるというのは面倒なことだ。しかもなんとなくで終わらせてくれないところが辛い。



 俺はぼんやりと黒板を眺める。候補はいくつか上がっている。コスプレ喫茶系以外にも多様だ。それでも容易に決まらないのは一つの理由がある。普段クラスを引っ張る中心人物がまともに機能していないのだ。


 その理由はソフィア。その端正な顔立ち、ではなく顔色を窺うせいでいつもの勢いが死んでいるのだ。これが単なる授業中なら嬉しいのだが。


 そしてソフィアの顔色を窺う上で俺の立ち位置というのはとても微妙なことになっている。ソフィアの席は俺の横、最後列、窓際から二つ目。だから俺の体が邪魔でソフィアの反応が見にくいとかそういうわけではない。


「メイドって使用人ですよね? メイド喫茶ってメイドが経営してるんですか?」

「メイドが雇われてるんだろ。よく知らんけど」

「じゃあ執事喫茶は執事が雇われてるんですね」

「ああ執事が馬車馬の如くしごかれてるんだろうな」

「それで楽しいんですか?」

「どうだろうな」


 こんな風な会話を小声で続け、最終的にソフィアは少しだけ顔を顰める。そんな顔も流石美人だけあって、どこか色気が漂うというわけではないが、周囲の視線を集める。俺にはあからさまな敵意の視線が突き刺さる。


 俺はこうしてソフィアに現代の文化を極めて客観的に伝えるとともに、意欲を奪っているのだ。


 大体俺はソフィアの趣味すらまともに知らないのだから、なにかをまともに勧めようとは思わない。人の可能性を奪う気がするのだ。彼女は人ではないし、意欲を奪うことはどうなのだという反論は受けつけない。それにたとえ勧めるにせよ、それは俺自身がやりたいことに限られる。


 もっともクラスメイトにそんなふうに弁明をするわけでもない。冷たい視線が俺に降り注ぎ、無言の圧力で責めるだけである。


「まあやってみないと楽しさは分からないしな。何か興味あったのあるか?」

「どれもやったことありませんし。どれも楽しそうですね」


 天使と形容されるような笑顔。振り出しに戻るでここまで嬉しいこともない。ソフィアの一存で決めてもらっても構わなかったが。クラスメイトの顔にも明るさが戻る。いやあ、皆いい顔をしている。皆が皆後ろを向いているせいで、座って様子を見ていた由利さんが渋い顔をしているが。


 そこからは活気のある議論があちらこちらで繰り広げられる。


 例えば、

「メイドではなくチャイナだ」

「ふっ、分かってないな。スク水に決まっているだろうが」

「いや、ここはあえて裸ワイシャツだ。そうだろ、彰っ」


 どこがあえてだよ。そしてさも俺の意見であるかのように言うな。


「裸ワイシャツって何ですか?」

「昴の性癖だ」


 ほかにも例えば、

「執事じゃなくて袴姿はどうだろ」

「あ~いいねえ。後は~何だろ? 女装とか?」

「いやいや、裸エプロンっしょ」


 三段オチなのか。つうか割り込む会話選べよ。どこ目指してんだよ。


「裸エプロンというのは?」

「昴の性癖だよ」


 この現状を的確に表現するならば『会議は踊る。されど進まず』といったところだろうか。誰一人手を挙げて発言しない。だが結局の方向性としては喫茶店が有力らしい。それでもちらほらと迷路だったり、お化け屋敷だったり、展示だったりの意見も聞こえる。


 そんな中、由利さんが痺れを切らして立ち上がる。由利さんは黒板に向かい、無雑作に手の平を当てた。叩きつけたではなく、殴ったではなく、当てた。教室中に響き渡る爆音に皆が声を失った。


「では、喫茶店ということでプリントは提出しておく」


 怒るわけでもない声が少し不気味に響いた。

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