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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
序章~空の上
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04

 さて突然だが僕――名城祐介は暇を持て余していた。


 由利先輩相手にもったいぶって情報を与え、これからは座席に踏ん反りかえって由利先輩の仕事振りを観察する程度なのだ。



 じっと考え込んでいる由利先輩を眺めるのも飽きた。由利先輩は確かに美人ではあるのだが、僕に対しては厳しい愛のあるお言葉しかくれないので恐怖感がある。被虐的な癖に目覚めてしまう可能性すらある。


 由利先輩での目の保養もそれなりに済めば、僕は左右を見比べて吟味する。普段ならば迷わず右の少女へ飛びつくところだ。だがお楽しみは後に取って置きたい。


 僕はひたすらに心引かれながらも少女から意識を離すと、今の葛藤で溜まった鬱憤を理不尽にも男にぶつけた。


 情報、情報、情報。色、言葉、景色、感情、音、イメージ、味、痛み、イメージ――。男の頭に触れた右手から流れ込んだそれらは、僕の目の前を何度もよぎる。金色の瞳を殊更に意識して、能力に集中する。男の特に興味もない人生を追体験しかけて、背筋に寒気が走ったところで意識の焦点が現実にシフトした。



 テロという響きは嫌いではない。二度目の世界大戦から冷戦という名の平和を終えて、そして迎えた二十一世紀。テロリズムは国際法に認められていない戦争として地位を認められた。同時多発のテロの映像はまるで映画のワンシーンのようだ。




 テロリストというからには何かしらの要求があるのだろう。ビルやら国防総省やらに突っ込んで世にも迷惑な無理心中を行うのがテロリズムではない。


 国が外交を行うように、外交手段の一つとして武力行使をするように、テロリストも何かしらの要求をもって自殺するのだ。


 とまぁ、長々とテロリズムについて意識を迷走させながら男の脳内をさまよっていると、興味深いものを見つけた。



 グループ名はプロメテウスというらしい。どっかの神話にそういう神だか巨人だかがいたはずだ。もしくは太陽関連の用語にもそういうものがあった気もする。何はともあれ、少年の遊び心的な何かを揺さ振る名前だ。僕の右手に秘められた力がッッッ。目覚めてはいるのだけど。



 そして彼らの目的だが、簡単には二つある。一つ目は復讐。二つ目は少女の身の安全。



 どうやらこの少女、妙なカリスマ性があるらしい。それかテロリスト全員が異常な愛情を抱えていたか。

 テロリストたちの異常な愛情――または彼らはいかにして愛護するのを止めて少女を性愛するようになったか、にはあまりが興味が湧かない。


 大体彼らは性愛には至っていないだろう。全くまだまだだな。



 さて順序が前後したが彼らの一つ目の目的というのは僕にとっては親近感が湧く内容となっている。仕返し。かのハンムラビ法典にも成文化された、目には目を歯には歯をの精神だ。


 復讐という古代からの人間の文化を僕は快く感じるけれど、それも僕への悪影響が無ければの話だ。既にゴールデンウィークの休暇の一部を奪われた時点で僕も復讐するべきだろう。


 テロリストの目的にもそれによる影響にも、僕に関係がなければ全くもって興味は湧かない。親近感はすぐさま掻き消える程度。仕事で無ければ僕の興味のベクトルは少女にしか向かないのだ。



 この少女はどんなことが好きなのか。何が嫌いなのか。何を考えてテロリストと共に過ごしていたのか。

 そもそもテロリストをどのように思っているのか。どんな痛みを抱えているのか。どのように虐げられてきたのか。僕と何が同じで何が違うのか。


 知りたい。


 僕は少女の頭に手を添える。彼女のプラチナブロンドの頭の柔らかな温もりを感じながら、彼女の思いを読み取る。


 人としての温もりを持つ幼い怪物が何を感じてきたのか。僕という怪物はそれが知りたい。


 黙考していた先輩が僕の方を見る。


「何をしているんだね? もう情報はないのだろう?」

「いやですねぇ。僕だってそんな疑ってないですよ。こんな純真無垢なロリっ子がテロリストなんて糞どもの情報持ってるわけないじゃないですか」



 そんな風に心にもないことを言っている僕の手のひらを伝い、少女の情報が流れ込む。呆れたような声が聞こえたと思えば、蔑むような由利先輩の視線が僕を襲った。


「その偏見は捨てた方が良いと思うのだが」



 哀れな。僕がそんな感情を込めて由利先輩を見つめると、彼女はいくらかたじろいだ様子で言った。



「まぁ未成年に対する情欲というのはあまり褒められたものではないだろう?」

「先輩は分かってませんね。駄目です。全っ然駄目です。もうあれですね。なにもかも、頭から爪先まではともかく、顔……もともかく、その考え方は全っ然駄目ですよ。ロリの奥深さを全く分かっていない。


 それに僕は博愛主義なんです。ロリもツンデレも女王様も小悪魔も天然も無口無表情も巨乳も貧乳もすばらしい。あっシスコンはないです。ついでにマザコン、ファザコン、ブラコンも。家族いないですし」



「単なる無節操なだけに思えるのだが。それにその言い方だと家族がいればそのコンプレックスも生まれたということになるな。まぁ要するに君はとりあえず常識的な言動と性癖には気を付けるべきだ。同僚が犯罪者になるのは心苦しいものだ」



 由利先輩は言うと、体の準備を調えていく。


 僕はプラチナブロンドの美しい髪の毛を指先で弄びながら、状況を確認する。


 最良ならば明日の朝には自宅のボロアパートで目覚め、最悪ならば目覚めることはない。どちらにせよ、僕は戦闘面では全く役に立たないのだ。



「……その子は幸せになれると思うかね?」



 唐突に由利先輩は口を開いた。何気無い問いだ。特に意味もない下らない雑談だ。僕はある確信とともに答える。



「当たり前じゃないですか。この世の全ての女性には幸せになる権利があるんですよ。由利先輩だっていつか結婚できるんですよ」

「当たり前だ。その少女よりは早く結婚するさ」



 僕の心にもない心無い質問に由利先輩は穏やかに笑った。でも十歳程度の少女とどちらが早く結婚できるか競うのはどこか間違っている気がするのだが、そこを突っ込むのは控えておくべきだろう。

 幸せになれるのならば祈る必要もないとは思うが祈らせて貰おう。せめて僕の気に入った人々には幸せになって貰いたいものだ。どうせ幸せなんて幻のようなものなのだから。


 僕は怪物のような黄金の瞳で白金の髪の毛を見つめた。

 愛おしいまるで聖女のような輝きを。




――――――――――――――――




 由利先輩の戦闘準備は整った。


 由利先輩にとって最適な戦場を構築し終えたらしい。だから今はタイミングを見計らっているという段階なのだ。



 僕の能力であるサイコメトリングというのは触れたものから情報を引き出すというような能力だ。


 生命ではない物体からも情報を回収できるという優れもの。おかげで科学的理論が全く見つからないというまさに聖人に相応しいファンタジーな能力だ。


 今現在、由利先輩の呪術でファーストクラスに侵入させた紙から由利先輩が情報を受け取り、僕はその情報を横から盗み見ることで状況を確認している。ちなみに紙には墨で『目』と『耳』と書いてあり、そこから視覚的情報と聴覚的情報を受容するということらしい。



「リーダーは?」

「まだ交渉中よ」



 指先に触れた紙から僕の鼓膜まで英語の音声が伝わった。



「交渉に失敗すればこの機体ごと島にドーンか」


 若い男の声と女の声。


「そうよ」


 島というのは恐らく彩華島と呼ばれる場所のことだ。


 日本固有の領土であり、日本政府が指定するところの特別区だ。社会への復讐を目的とする、あるいはただ騒ぎたいだけとも取れるハイジャック事件の目標はその島なのだろう。


 人口の半数ほどを新人類が占めていることが特徴である。


 ある政治家に言わせれば怪物の島、家畜小屋、隔離病棟、実験施設ということらしい。


 当然その政治家は旧人類。


 そんなことを酒の席で口走った彼であるが、汚職はばれ、特殊な趣味はばれ、その他諸々の権力者特有のスキャンダラスな日常が暴露され世間からは消えていった。懐かしい仕事だ。



 彩華島に関しては人権にうるさい連中も、新人類を恐れる連中も分け隔てなく騒ぎ立てている。


 新人類を特別区に押し込めるのは間違っているのではないか、新人類などにまともな生活をさせてたまるか、などなど。

 彩華島に住む当人たちはそういう不平不満を騒ぐことはないのだから面白い。



 僕個人の私見としては恐れる連中は別に構わない。恐れるとはすなわち畏れるということなのだから。だが人権を問題とする輩には物申したい。正直なところ偽善振っているだけだろう、と。正直そんなこともどうでもいいけれど。



 僕自身、聖人の一人として暮らしたことがある。どころか職場である神祇庁の本部は彩華島にある。にとってあの島は一種の楽園であり、差別意識を感じることなく生きていける場所として必要不可欠なものと思っている。



「あら、モンキーがいないわね」

「エコノミーでのんびりするってよ。どうせあっちには寝ている奴らしかいないからな。静かでいいってさ」


 モンキーというのは僕たちの捕虜となった哀れな一人のことだ。今は紙で巻かれてミイラのようにされている。



「ところで、君はどうやって少女の能力をやり過ごしたのだね?」



 唐突に耳を震わせた質問に僕は驚いて、息を詰まらせた。


 なんてことない質問だが、咎めるような響きがあった。由利先輩は時間がぎりぎりであったためにインドかどこかの電車に乗るときのように、機外にしがみつかなければならなかったのだ。少女の能力と機外の暴風のどちらがよかったか知りたいらしい。



「護符を体に何枚か、それとお経をイヤホンで聞いてました。まぁ運が良かったですね」

「ちなみにテロリストどもはどうやっていたのだ?」


「少女が能力を使ったときにはファーストクラスに行ってましたよ。リーダー格の男が少女を抱えて銃を頭に突き付けて出てきて、テロリストだ、爆弾を仕掛けた、とか云々言ってから少女を放置してファーストクラスの方へ行ったんです。それで誰も動けない間に少女が金色の目を見開いて、気が付いたら皆寝てました」



 由利先輩は好奇心が満たされたといった様子で再び意識を集中させた。


 由利先輩の突入のタイミングはまだだ。人数差がある以上、取るべき手段は奇襲。由利先輩がたかだかテロリストに膝を屈することとなるとは容易には想像できない。


 だが二人の新人類の力量次第で戦況はいくらでも変化する余地がある。それでも結果は恐らく変わらない。



「まだだな」


 深く息を吐いた由利先輩は涼しげな表情をしている。当たり前だ。万全の状況ならば勝つ手段はいくらでもあるのだから。




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