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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
39/75

05 ■

 ゴールデンウィークから数日、吉田仁はいつものようにゲームをする。


 年中同じような真っ黒の服を着て、電子の光を浴びている。今しているゲームはジャンルで言えばシューティングゲーム。戦闘機を操り、空を縦横無尽に飛び回り、敵機の残骸をばら撒くゲームだ。


 その目はまっすぐといくつかあるモニターを見据える。ミスや妥協を許さぬプロの目をしている。これがゲームでなく、リアルな戦場であれば勲章ものの功績を挙げるのだろうか。


 仁は間接的に嗅いだ戦場の臭いを思い出す。自分の操る機体が鉄屑に変化する痛みはコントローラを通しても伝わることはない。だがしかし電子画面を通しても伝わることはある。


 それは家族を失う、あるいは友人を失うことへの恐怖。


 自信と誇りへの傷。


 無力感。



 人よりも遥かに大きい人類の叡智の結晶は人間大の剣たちにいとも容易くスクラップにされた。


 それは仁の何かに影響を与えた。



 モニターの中で爆発のエフェクトが広がる。画面が明滅し、陳腐なゲームオーバーという表示が輝く。


 仁は次のゲームを始めようとして、機体を選ぶところで中断した。ごついヘッドホンを通して外側の音が聞こえたのだ。玄関のドアの開閉の音。家というより屋敷という言葉の似合うこの建物は吉田仁が住まう家である。そしてその父親の所有物であり居宅である。


 仁はヘッドホンを外す。ゲームというのは疲れるもので、それは電子機器の申し子、仁であれ例外ではない。たとえ体を動かさず聖人の能力だけで機械に干渉したところで能力の使用で余計に疲れるだけだ。


 目を閉じて上を向く。そしてゆっくりと立ち上がり、廊下に向かう。父親に聞きたいことがあったのだ。いくつものドアが並ぶ廊下を抜けて階段へ。一段ずつ踏みしめるようにして降りていく。


「どうしたんだい?」


 父親は玄関というよりエントランスという表現が似合う邸宅の入口で、降りて来る仁を見上げていた。


 彼の名前は吉田義人。少しくたびれた様子のスーツは屋敷に合った高級品。左手に光る時計も貧乏では手が出ない代物だ。


 彼は何も言わない仁を見て、首を傾げる。そして困った様子の彼はネクタイを緩め、上着を脱ぎながら視線を少し上にずらした。そして少しだけ表情筋が強張る。そこにいたのは仁の母親であり義人の妻である女性、吉田美夕。


 仁は美夕の方を見ず、階段の壁に背を付けて目を伏せる。美夕は仁を見ることなく、階段を駆け降りる。それこそ最愛の恋人に、あるいは新婚の夫に駆け寄るような調子で。そして仁の目の前で幸せな夫婦の抱擁が交わされた。


 仁は出来る限り物音を立てないよう、母親の機嫌を損ねないように部屋に帰った。仁はよく両親のことを知っている。美夕は仁への嫌がらせの為だけに義人の側にいようとするだろう。恐怖と同時に独占欲。仁という得体の知れない存在への恐怖。


 仁は自分のことを不幸だとは思っていない。旧人類の中には年端もいかない新人類に対して暴力を振るう過激な人間もいる。人種の面がなくとも虐待は存在する。


 たとえ母親の目が仁に向けられることがなくとも、食事は用意される。単なる義務からでも人一人が成長するために必要な栄養素は供給される。たとえそれが家族としてどこまでも異様なものであれ。



 仁は自室に入り、ひとまず喉の渇きを満たす。真っ黒な炭酸飲料が喉に嫌な刺激を残して落ちていく。仁の部屋には全てが揃っている。正確には仁に許された数部屋に仁の私物は全て集められ、仁が生活するための全ての設備が整っている。風呂、トイレ、台所までもが揃う。そして外との出入口も。



 まるで一つの屋敷に二つの家族が暮らすような構造だ。それは美夕が、血の繋がった母親が息子と会わないように。


 仁は言うなれば一種の不可侵条約を破ったような状況だった。なぜなら父親の玄関は当たり前に正面の玄関。仁は普段使うことのなく、少なくとも親がいる間は近付くことのない場所だったから。


 美夕は直接言ってこない。なぜなら仁は彼女の認識内にいないから。


 仁は不意に気持ちが悪くなる。仁はその気持ち悪さも真っ黒な飲料で飲み干した。この飲料に名前通りの成分が入っているならば気持ちはまだ楽になったろうか。





 三十分後、義人の訪問に仁は対応する。この表現は同じ家に住む家族間で使われるものとすれば異常だが、的確に状況を表している。


「ちゃんと食ってるか?」


 義人はいつもそう言って仁を訪ねる。その目は優しく仁の体の上を滑る。仁の健康そうな様子を満足したのか義人は何度か頷いた。


「まだゲームやってるのか。外の光浴びてるか?」

「学校は行ってるからね」


 仁は穏やかな笑みで会話する。父親と息子の間に確執はない。なにせ母親が息子の存在を認めないのにも関わらず、父親は息子を自分の後継者として見ているからだ。


「ゲームセンターにも通ってるんじゃないか」

「そんなわけないじゃん」


 義人はスマホに一通のメールを写す。差し出し人は吉田佳奈。丁寧な文言とくっきりと撮れている写真で、ゲーセンで遊ぶ楽しい様子を報告しているようだ。


「佳奈姉ちゃんもよく遊んでるけど」


 苦し紛れの言い訳も目をふらふらと泳がせながらでは説得力もない。大体その本人からゲーセンにいますと宣言するようなメールが届いている時点で意味もない。


「ゲームもいいが勉強もしろよ。今回のお前の働きには満足している。おれも仲間もな」


 義人は親しみを込めてポンポンと頭を撫でる。


「……だけど」


 仁は尋ねようとする。本当にそれでいいのか。自分の働きには価値があったのか。


「だけど何だ? お前が戦場に出たおかげで、代わりに出るはずだった兵員の欠員はない。お前は街になんら被害を出していない。これで十分だ。違うか?」


 仁の質問を全て理解しているように義人は言う。


「現実はゲームとは違う」


 何も言わない仁に義人は端的に告げる。


「理想を追い求めるのは必要だ。だが妥協も必要だ」


 吉田義人、神祇庁長官、日本で最高の権力を持つ呪術師は父親として厳しく語る。

 何も言わない仁から義人は静かに離れる。話すべきことはもうない。これからどうするかは仁の判断。関与するつもりはない。


 父親の背中に仁はやっとのことで言葉を発した。


「彰さんは……」

「彰? ああ彼には何も言うな。何も知らない」


 義人は振り返り、釘を刺す。その声音はいくらか先程より硬質だ。親子から上司と部下に関係性が変化した。


「彰さんは、何ですか?」


 自然と敬語になった仁に義人は口の端を上げる。質問の答えは仁に告げるべきものではない。


「お前と同じだよ」


 義人はただそう言った。その回答にはいくつもの意味がある。事務的なもの感情的なもの。何にせよ、義人の口調は親子間の優しいものに戻り、父親は微笑みを浮かべた。


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