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そこまで急いでいないのに、というのが地下五階で待っていた人の言葉である。
想像に違わず普段テレビでしか見ない姿。予想と違うのは彼女が結構フレンドリーなこと。首を切られるのではと思っていたのが馬鹿みたいだ。
「すいません」
僕は苦笑いで深呼吸をする。目の前にいるのは女子高生。だがここで重要なのは神祇庁次長の立場か、今上天皇という立場。魔法陣の中心の椅子に一人座っているのは紛れもなく少女だ。
「すいませんではなくすみませんの方がふさわしいよ。立場と言葉遣いには気をつけて」
僕はただ、はい、と返事をして目を伏せる。フレンドリーって何語だよ。馬鹿じゃねえの。沸点が分からない。これは以後気をつければいい話だよね。
「もっともボクには砕けた言葉遣いで構わない。ボクは休みの……ところでキミのことは何と呼べばいい? 名前は?」
「名城裕介です。名城と呼んでいただければ」
「そうか。ボクは休みの名城を自分の都合で呼びつけただけだからな。言葉など気にしない。当然着ているスーツが安かろうが来るのが遅かろうがね。ただ汗臭いのはあまり好きじゃない」
「すみません」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「ケイタイを貸してくれ」
僕は大人しくスマホを取り出した。何でケイタイなどを借りたがるのかは疑問だが別に断る理由もない。陛下は僕のスマホを付けて何か納得したように頷くと僕にそれを返した。
「時間が分からなくてね」
時計がないことを彼女は腕の周りを見せることで強調した。
ここで僕は再び想像と違う部分に気付く。陛下が着ている服はモデル並に似合っていることを除けば街で見かけるようなもの。
例えば謎の黒いオーラを纏うような様子でもないし、部屋の前にいた人たちも威圧感こそあれ殺気立ってはいなかった。部屋の装飾も悪趣味でも華美でもない。必要最低限の呪術的なものだけ。僕でもその意味合いが想像できるものばかりだ。
最強の女帝という言葉の響きからなんともファンタジー世界のボスっぽいイメージがついていたらしい。よくよく思えば最近の皇族がテレビに出ると僕はいつも庶民的だという感想を抱くのだった。
僕は無意味な恐怖心を完璧に払拭した。だが敬意は忘れないように心掛ける。あくまで失礼のないように、明日からも元気にオフィスに通えるようにだ。
相手をただの女子高生と思ってはいけない。勝手に親しみを持っても意味がない。
「確か諜報局異能部二級異能師だったな。それで頼みたいことだが、名城はサイコメトリングを使えるんだろう?」
二級異能師という階級を聞いて、つい腕についた忌まわしい輪を思い出した。
僕は彼女の問いに、いたって簡潔に事務的に答える。
彼女は年相応にあるいは少し幼いくらいの調子で笑顔を見せた。とても庶民的、親しみを僕に抱かせるあどけない笑み。演技か本気か大人的な対応か年相応な反応か、僕には分からない。
僕は今まで自分の能力でそういうものを見抜いてきた。彼女の意識を盗み見ることのできないのはほとんど確定。親を殺して以来、まともに味わったことのないフラストレーションだ。
「ならば物や人を探すことはできるのではないか?」
人や物を探す。僕にとってそれは得意な分野ではない。
サイコメトリングは触れたものを知る能力。たとえば地球に触れ、それを知ろうとするとき僕の脳内に流れ込む情報は膨大だ。地球は情報を整理することも何かを忘れることもない。そこから特定の人物を探すということは考えたくもない。
そのことをきっと彼女は知っている。
ではこの問いの意味は何だ?
「いや正確には遠くの対象の意識や記憶を覗いて監視することもできるだろう? その行動だけでなくその時、何を考え何を思い何を意図し、今から何をするかも……分かるだろう?」
こいつはただの子供ではない。だが何を目的としているのだろう。
天皇陛下が直々に命令するというのはどういう意味を持つのだろうか。
どこぞのファンタジーゲームでどこの馬の骨とも知れない主人公が王様に謁見するくらい突拍子のない話だ。僕はゲームをあれで初めて体験して、一年くらいゲームを敬遠していた。
目の前の少女も敬って遠ざかりたいものだ。というかどこの馬の骨とも知れない僕が日本版皇帝に謁見とかなるほど僕は主人公だったのか。僕はキメ顔でそう考える。この場合のキメはきもいを短縮したイメージだ。
「時間差があれば分かりますが」
僕は答えてから、訝しげな目で彼女を見つめる。恐らく彼女は僕よりも洞察力が鋭いのだろう。僕の視線の意味を理解したのか言い訳をするように目を彷徨わせる。
「ああいや、特にあくどいことをしようというわけではないよ。ただ……神の武器がこの島に来ただろう。一度関わりを持ちたくて」
嘘を吐いている様子はない。洞察力が鋭い、それは人の行動の意味合いを理解するということだ。つまりその行動を意図的に再現するならば人を騙すことにもつながる。
僕は騙されているのか?
聖剣と魔剣の話は人伝手に聞いた。文字通り神がかった化け物だったらしい。その一端は垣間見たところではある。その体験はただただ恐怖だった。とてもそれらの思考を読みたいとは思わない。
だが目の前の少女はそれらの思考を読み、接触するつもりだと言う。
なるほど面白いな、と思った。彼女がどんな目に合おうとも自己責任だろう。ここでは純粋に上司と部下である。命令されればそれでおしまい。もし目の前の少女がむさ苦しい男ならば喜んで協力する。だが目の前にいるのは少女である。それがたとえ現人神だろうが一般人であろうが無責任に危険に曝すのは気分が良くない。
断ろうかな、断れるかな。断れないな。天皇陛下の期待に満ちた目を見れば選択肢は自然と限られてくる。権力と女性には逆らえないなと自分の性格を少し残念に思った。




