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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
二章~狼
35/75

01 ※

 目を覚ましたときに視界に入ったのは僕よりも一回り以上若い少女。というか幼い少女。幼女と言っていいのかは分からないが、僕が不用意なことをすれば警察の敵になることは確かな年齢だ。]


 まぁ僕は保護者だから、そんなことをする輩から保護しなければならない立場だ。保護者でなくとも大人としての義務である。

 さらに言うなら彼女が僕の部屋にいるのは僕の職務上の立場も関係あるから、自らこの立場を志願した僕は勤労意欲に溢れているに過ぎない。疑う余地もなく僕は品行方正で優秀な人間である。



 ソファーから転げ降りて伸びをする。頭を打たなかったこととベッドの上の少女が目を覚まさなかったことは運がいい。今日は折角の休日だ。少しくらい寝坊させるのも問題ない。


 休日まで見知らぬ少女のことを気遣うとか、公務員の鏡だね。血の繋がりもない少女と一緒に暮らしている時点で犯罪臭が漂っているのは気にしない。



 ゴールデンウィークの怪我はようやく治った。少女とそう変わらない怪我だったのに彼女より一週間以上治りが遅かった。自然治癒力が年と共に低下しているのだななどと嫌なことを痛感する朝。


 そんなどうしようもなくつまらない、仕方のないことを考えていると少女の瞼が持ち上げられた。

 ふらふらと金色の黒目が揺れ、僕の顔に焦点を合わせると同時にその色が青に染まる。黄金から青に変わる美しい黒目を見てほほうと感嘆するのが僕の日課だ。


「おはよう、ユウ」


 少女の口から紡がれたのは流暢な日本語。テロリストたちには感謝しなければならない。日常会話がスムーズにいくのはかなり都合がいい。


「おはようジュリア、よく眠れたかい」


 ジュリアはあくびをしながらコクコクと頷いて肯定する。


 ベッドの上の少女が目元を両手で可愛らしく擦っているのを微笑ましく思いながら、カーテンを開けに立ち上がる。


 青色のシンプルなカーテンの向こうには僕が長年見てきた風景と比べて少し違和感のある光景。街の一部が壊れているのだ。


 だがそんなくだらないことに時間を割く気にもならないのでキッチンに向かう。


 ニュースでは連日どこに責任があるのか報道し、報道陣は血眼になって政府のあらを探しているのだろう。そういう政治的な話は、実際に武器を持って敵対する何者かを相手取る僕のような人間には関係のない話だ。



 ジュリアはもぞもぞとベッドから抜け出し、ふらふらとテレビの電源ボタンにしがみ付く。プラチナブロンドの美しい髪が揺れる。そしてテレビ画面の表面の静電気をひとしきり楽しむと僕が先ほどまで寝ていたソファーに座った。


 チャンネルはニュース。今の時間は子供向けのものはやっていないが面白いのだろうか。


 冷蔵庫からベーコンと卵、鮭の切り身を取り出す。ベーコンはそのまま火を通し、卵は目玉焼きに。切り身を焼いている最中にジュリアが声を上げた。


 キッチンから顔を覗かせるとテレビの画面にはジュリアの家族のような存在が写っている。テロリストたちは絵に描いたような悪人面で画面を占領していた。そんな彼らとは取引をしたらしい。神祇庁次長、いわゆる神祇庁ナンバー2が直接話したのだ。組織としてそれは大丈夫なのか。それこそ報道陣に叩かれそうな話である。


 僕は何も言わずにキッチンに戻る。冷蔵庫から豚バラとキャベツとリンゴを取り出す。たまには朝から好きなものの一つくらい食べさせてやるのもいいかもしれない。


 僕は彼らがどのような関係性だったのかいまいち分かっていない。僕はあの悪夢のような機内でジュリアの思いを盗み見た。聖人という呪いを受けた少女がどんな絶望を背負っているのか知りたかったからだ。その結果分かったのは彼女の持つ忌わしい記憶の大半はテロリストと行動を共にする前のものだということだ。


 彼らが気の合う友人のようなものだったのか、家族のようなものだったのか、僕はそういうことをジュリアからいずれ聞き出すだろう。彼女の口から彼女の言葉で。


 キッチンから出るとニュースの画面はもう天気の予報をしている。6月10日、快晴。そろそろ梅雨なのか湿気がだんだんと多くなっている気がする今日この頃。



 テーブルに朝から焼いた肉というちょっとばかり豪華なメニューが並ぶ。もっとも豚肉で僕が手を付けるのは小さい切れ端を一切れ程度だ。僕は昨日作った味噌汁を啜りベーコンを齧る。食事の時間は長ければ長いほどいいと僕は思っている。


 ジュリアと僕は黙々と食べている。会話がなくても不自然でないこの時間は気が休まる。僕には家族はいないからジュリアの扱いはなんだかんだで困ることばかりだ。

 彼女が来てから僕二人分よりも出費は増えた。彼女が退屈しないように物を買い、有給の消化が催促されないくらいになった。料理のレパートリーが増え、休みに早く起きるようになり、部屋が片付くようになった。


 ジュリアを預かっているのは彼女のためではない。彼女に同情したからでもテロリストに同情したからでも彼女に欲情したからでもない。


 ただ自分のためだ。彼女と家族になれれば、たとえそれが演技であっても僕は人間でいられる。ただそれだけのことだ。


 ジュリアが箸を置くのとほぼ同時に僕は食べ終わった。僕が片付けを始めれば、彼女は無言で持てるだけの食器を持ってトコトコとキッチンに向かう。


 お互いに言葉を発することはない。僕は彼女に掛ける言葉を持たない。ハイジャックから約一か月、テレビに顔写真が出る度に言葉のなくなるアパートの一室。


「ねえユウ。家族って何?」


 沈黙の支配する部屋でその問いは恐ろしく存在感を持っている。


 そこで突然僕のスマホの着信音が響いた。タイミングよく巡りあわせがよく、都合がよかった。彼女への答えをうやむやにするにはちょうどよい。僕がその答えを真面目に考えずに済むには都合がよい。


「どうしました先輩? 愛の告白にはいささか早すぎる時間だと思いますが」


 向こうからこれみよがしのため息が一つ。


『それを本気で言っているなら精神鑑定を受けて入院することを推奨する』


 結果決まってるのかよ。しかも言い方が事務的で距離を感じる。


「何の用です? 僕の精神に攻撃をするのが目的ですか?」

『朝からそんな無駄なことはしない。もともと壊れているものに攻撃して何の意味がある』


 声は朝だというのに疲れている様子で張りがない。無駄なことをする元気がないのは分かる。というか僕の精神も波状攻撃で無駄に削られているのですが。


『それでだが君に仕事だ。簡単な仕事だから安心してくれて構わない』


 上司からの言葉とはなんとも信用できない。というかこの人直接的な上司ではないのだがゴールデンウィーク以降人手がないのだろうか。上司は僕の扱いを一任してしまったようだ。


「一つ大切なことがあります」


 僕はもったいぶって告げる。


『有給なのは知っている。お気の毒に』


 そりゃどうも。優しいことで僕は貴重な有給を悪意をもって潰されたわけだ。誠に遺憾である。気がつけば通話は終わっている。


 どんな仕事かもどこに行けばいいのかも聞いていない。いつもどおりオフィスに行けばいいのか。


 困惑しながら目を上げると窓ガラスに張りつく白いものが見えた。ガラスに近付くと紙の表面にはQRコードが書かれている。電話で伝えろよと思いながらスマホをかざす。


 画面に浮かぶメッセージは『オフィスではなく地下5階』という簡潔な文字。


「悪いジュリア。今日仕事になったから昼飯は冷凍のにしてくれ。使い方分かるだろ」


 コクコクと頷くジュリアを横目で見ながら僕の頭はフル回転する。


 地下5階に誰がいるかは知っている。知らなければもう少し軽い気持ちで行けるのに。というか急いだ方がいいな。不用意なことをすれば首がはねられるのではないだろうか。二重の意味ではねられそうでひやひやする。


 神祇庁ナンバー2は実質的な権力で言えば神祇庁のトップである。長官が無能であるとかお飾りであるという意味では決してなく、本来の立ち位置が違う。


 かつての戦争で、ある一族の権力が見直された。日本の被害が世界の国々の中でも少なかったのはその一族が力を振るったからである。その一族は日本でもっとも名前のある一族。そのトップは長い間国を治めてきた一族の末裔だ。


 皇紀二千と七百と半世紀ほど、西暦2088年現在、天皇陛下といえば国民の象徴である。内閣の助言と承認を受け、国事行為を行う。君臨すれども統治はしない。それがかつての日本の王族である、とされている。


 地下の5階には大きな陣が敷かれている。その陣は西日本の主要都市、神社、様々な場所に隠されているらしい。単なる噂とも取れるような話。伝説のようなものだ。だが実際に京都にある皇居には置かれている。彼女はそこを通り、気まぐれに彩華島と皇居を行き来する。


 彼女の名前には興味がない。僕はただ彼女を今上天皇として敬うだけだ。象徴となって初めての女帝。歴史に記録として残る天皇で権力以上に武力を持ちあわせた天皇、それが彼女だ。


 僕は僕が持つ最も上等なスーツに着がえて靴を履く。ジュリアに遺言でも遺した方がいいだろうか。


 歩いてきたジュリアの頭を撫でて僕は玄関のドアを開けた。そして高級スーツに似合わない速度で落ちつきなく走り出した。



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