表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
一章~再会
33/75

24

 俺はただがむしゃらに叫んで拳を振り下ろす。



 ふざけるなよ、何様のつもりだ。たとえお前が神だろうと仏だろうと何もかもが許されるわけじゃない。少なくとも俺の身勝手な望みはお前とは違う。



 俺は約束を守るためには命を懸ける。


 ただそれだけのことだ。ここ数年まったく思い出すこともなく、夢に出るだけのあやふやな約束が果たされる時が来たのだから。彼女は約束を果たしたのだから俺も守るのだ。


 俺が日常に帰り、彼女が非日常に帰れば全てが終わる。思い出す必要もない。


 ただ箱に呑まれることは間違っているという不思議な確信があった。


 拳は箱の中に確かに潜り込んだ。


 指は箱の中を泳ぐ。

 指先に粘着質の物体の中に硬いものを感じた。


 指先からそれらに力が流れていく。


 気がつけば目の前に一人と一匹、あるいは二振りの剣が立っていた。

 正確には立っていたという表現は間違えているかもしれない。

 俺の足の裏に地面を感じることはなかったし、彼らの足元にも何もなく宙に浮いているように見える。俺は彼らに歩み寄る。見えない物体をしっかりと踏みしめるように足を出す。


 立ち続ける聖剣は困ったような笑みを浮かべた。


「なんで来たんですか? 彰さんは家に私たちはここにそれぞれ帰る、ただそれだけのことて必死になって、愚かだとは思いませんか?」



 彼女の顔を再び見ると何もかもがすっきりと埋まった気がした。

 泣きそうな彼女に俺は改めて自己紹介を始めた。


「俺の名前は滝峰彰。家族構成は両親と妹、今は母親代わり。それと昔、姉がいたんだ。もう名前も顔も覚えてないけど、少しだけ年上の優しい姉さんだった」


「私も良く覚えていますよ。可愛い弟でしたから」


 彼女の目から涙がこぼれた。俺の選択を肯定するのは涙だ。


「すべて忘れていた。あのころから人じゃなかったんだな」


 俺の素朴で、現実から乖離した不可思議な疑問に彼女は曖昧な笑みで言葉を探す。こぼれ落ちた涙が粘着質の奇妙な空間に吸い込まれていく。


「ごめんなさい、彰さん」


 約束をしたあの時も彼女はすでに人間ではなかった。俺の姉として頭を撫でていた手は人のものではなかった。俺の頬を温かい水が伝う。生まれた時からだろうか。彼女が神の兵器ならそういうことなのだろう。


「ところで……俺は帰りたいんだが出口はあるのか?」



 聖剣の目が輝きを増す。涙に濡れた瞳が俺の心を責めている。


『あるとでも思ったのか、人間。身の程をわきまえろ』


 空間が答えた。体に纏わりつく全てから音が響く。脳内に直接語りかけられているようで気持ちが悪い。鼓膜を震わすのではなく全身で音を捉えるような不思議な感覚。俺は半ばやけになって問い掛ける。


「神様。人間とは取り引きをしたりしないのか?」


 俺の声は粘着質の空間をのっぺりと震わして消えていく。空間は震え続ける。俺の言葉を吟味しているようだった。俺の頭を巡るのはまずこれは神様なのかという疑問。神様ならば人に優しくしてくれよ。俺はそんな泣きごとを口には出さない。


『内容にもよるが』


 空気が楽しそうに揺れる。俺は正直それが神様という単語を否定してくれることを期待していた。それにまさか取引なんてものが成立するとは思っていなかった。


『人間が神と取引か、面白い。五十年前の馬鹿を思い出す。普段なら招かれざる客というのは問答無用で押しつぶすところだが、許してやろう。

 もとより西の神が始めた遊戯は気に入らん。わしらは寝ときたいだけだというのに……。それで……何をするのだ? 何を失う? 選択しろ、ちっぽけな人間よ』


 またしても選びようのない選択肢。だが選択肢があるだけましなのか。


 目の端に写る少女の姿が今までになく小さく見える。かつての幼い頃の姿と重なる。その記憶が正しいかどうかは忘れてしまえ。重要なのはそれに伴う感情だ。感情がその主観的な記憶を信じるべきだと囁くのだ。



 俺と彼女の約束は平凡なものだった。彼女は俺に絶対に守るからと決意をするように告げ、俺は彼女に強くなって今度は自分が守ることのできるようになると誓った。それは一方的で幼い約束だった。


 彼女は俺を守ってくれたのに、俺は弱いままだ。俺は約束を反古にするべきではないだろう。それは人としてであり、相手に関係なく。


「まず……俺からの要求は一つだけ。彼女を自由にしろ」


 まさか人生でこんなセリフを言うことになるとは思わなかった。それも真面目に本気で冷汗を掻きながら。それに対する神には余裕がある。立場が上でかつお願いされる立場。あちらの裁量次第でこちらの希望も絶望も思うがままなのだから当然だ。


『では何を失ってもらおうか。人間の童の身など貰っても仕方がないしな、これは困りものだ。選択肢がいくらでもあるというのも困ったことだ。さて……お前は聖剣だけを欲したな。ではお前自身のことはどうする? 差し出す気か。だがいらんな。面白くもない』


 神の声はふらふらと宙を彷徨っている。歩き回って考えているようだ。目の前をゆっくりと動いたかと思うと急に耳元で、後ろの方で俺をからかうように呟き続ける。



『決めた!』と叫んだのは体感でカップラーメンを三つ作れるぐらいの時が経ってからだった。神が『旨いものやろう』と言ってカップ麺を宙から取り出したから分かる。緊張で味がいまいち分からなかったがスーパーにでも売っている普通のものだった。


 空間に反響している叫びの中でカップ麺を食べる口を各々止める。


 おかしな状況だとは思ったさ。聖剣が黙々と魔剣の分までお湯を注ぐ。お湯はこれもまた唐突に現れたポットに入っていた。そうして三分間魔剣は前足を揃え、行儀良く座っていた。


 俺がそんな不思議な状況を見て取れる行動は一つだろう?


『ふむ、なかなか余裕のあるようだな。どれ、わしにも一口分けてくれ』


 イタチのそばにあったカップ麺から宙に向けて勢いよく麺とスープが消えていく。

 唐突に勢いよく周囲の物体が動き出す。いや俺ら自身が流されていく。謎の空間の気体が無くなり、酸素と窒素ともろもろの気体が肺に満たされていった。


『帰ってよいぞ。代償は受け取った。ありがちだが面白いだろう』


 半透明な箱から出るための扉が背中の方で開くのが聞こえた。待ち望んだはずの音は俺に恐怖を抱かせた。


『絶望するか喜ぶかはお前次第だが、神との取引ならば儲けた方だろう。安心するがよい』


 扉から引力が生じる。気がつけば扉に流されていた。扉が閉まる寸前、神は口元を歪めた。箱の内側に聖剣の流した涙が染みのように残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ