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「彰、俺たちにはやらなければならないことがある」
そんなことを父親が幼い俺に言った。もう何年前のことだろうか。
俺がおぼろげに覚え、美咲は完全に忘却した過去の出来事。終わってしまった出来事だった。
父親と母親の失踪。それともう一人のいたはずの家族との別れ。
昔の話だ。
「やらなければならないことって? お仕事?」
今、思えば、両親は呪術師だったのだろう。
その場所は祭壇前。
交友関係には由利さんがいて、副担任の渡会先生もいた。
「大切なお仕事だよ。彰、お兄ちゃんなんだから美咲をちゃんと守るのよ」
母親が微笑んで頭を撫でる。幼い俺はそれだけで安らいでいく。
父親が脇の下に腕を入れて抱えあげた。
温かさ。久しく感じていない親の温かさを俺は思い出した。
「あなた、今呪ったわね」
「……問題か?」
「子どもに掛けるものじゃないわ」
父親が何をしたのか、俺にはわからない。ただ母親が咎めるようなそんな雰囲気があって、少し怖かった。
この場面は俺と美咲が二人きりになる場面。
「こいつには仕事がある」
「流也、その仕事をなくすためにいなくなるんでしょう?」
幼い子どもの声が父親に呼びかけた。
「万が一失敗したときのために、仕事は引き継がれなければ」
「記憶は封印しといたほうがいいかしら」
「彰を傷つけないで」
「彰だって血を分けた子どもさ。苦労を背負わせるのはしのびない」
聖剣を幼くしたような声が俺を守ろうとしている。
「お姉ちゃん?」
「何?」
「僕は大丈夫だよ」
俺はたどたどしい声で言った。それでも自信をこめて。
「僕も強くなるから」
その次に俺が言ったはずの言葉は、今聞けば恐怖でしかなかった。
「由利お姉ちゃんだって殺しかけたんだよ」
その意識の中には目の前のお姉ちゃんが止めなければ、由利さんを殺しきったはずだという無邪気な確信があった。
「あなた、人を造る才能はあってもまともに育てる才能はないわよね」
「知ってるか、こいつお前の子どもでもあるんだぜ」
まるで他人事のように。
「彰、美咲を頼むわよ」
「家族ってのは守りあうもんだ。守るってのは傷つけないもんだ」
二人が俺に確認して、母親が眠る美咲を俺に手渡した。幼い俺が美咲という、言ってみれば重い物体を持てることに
疑いはない様子だったし、俺もその重さを重いとは感じなかった。壊してしまうのではないかという恐怖だけがあるら
しかった。
「お姉ちゃん?」
突然抱きしめてきた姉に俺は戸惑いの声を上げた。まだ名前も思い出せない。
聖剣のほうが、当時の俺よりもよほど情緒が豊かだった。彼女は少なくとも俺を慈しんでいた。
「彰は優しいのよ。力の使い方は学ぶ必要はないわ」
「お前が守るか、――――?」
名前が思い出せない。それだけが辛かった。
「お前には無理だ。お前だけではな。まったくあいつに似て責任感の強い女になったもんだ」
「ですから私ひとりでもできます」
必死に俺を守ろうとしている。だけれど、両親が俺を守ろうとしていないわけではない。将来、襲い掛かるだろう【
何か】のために対策をしているだけ。
昔の俺はぼんやりと話を聞いているだけ。今ならば分かる。両親の失踪には何か訳がある。
「平行線だ」
父親はどこか遠くを見た。祭壇の上のほう、【何か】がいる方角。それから入り口のほう。
「土御門が怒り出すころだ。二人は放置、こいつは連れてく」
父親がお姉ちゃんを指した。
「契約しておけ。お前らでもそれはできるはずだ」
父親が取り出した十徳ナイフでお姉ちゃんは俺の指先を切った。俺は美咲のほうを見た。治してもらいたかったのだ
。
「我は神の権能を継ぐもの、新たな時代の礎となるもの」
指先が湿った温かいもので包まれた。血液がなめとられる。
「汝の剣として、汝の力として尽くし、汝の求める世界を創造する」
俺は世界なんていらないよ。今も昔も。
「汝の望みのままに顕現し、世界を救世する」
幼い俺は唇を湿らせた。
「汝、我が誓いに応え、我が力を求めたまえ」
言わなければならない言葉があったから、俺は口を開こうとしたのだった。
「……………」
「すまんな、記憶は封じた」
本来、俺の記憶から失われた部分。俺の視界は固定され、意識は途切れているようだった。
「悪いな、彰。愛しているが優しくはなれないんだ」
「待って、私は絶対に彰を守るから」
俺はその必死な叫びだけは聞き取れて、わずかにうなずいた。




