03
「テロリストは計六名であります」
男は素直に自供することなどなかった。
テロリストの方が有利だからである。
人数的にも人質がいるという状況からしても。
名城のおどけたセリフに男は悔しそうに顔を歪め、黄金の瞳を睨みつける。日本人ではなく、さらには人間らしからぬ怪しい瞳。
旧ホモ・サピエンスとは違う、新生人類の輝き。ホモ・サピエンス・ソムニウム。賢い幻想の人類。
「そこの女の子について語るか、その他テロリストについての簡単なレクチャーかどちらがいいですか?」
「テロリストについての詳細な情報を頼もうか」
由利の要求に名城は不満げな表情を浮かべたあと、のんびりと語り出す。
六人のテロリストの内二人は既に無力化されている。穏やかな寝息を立てる少女と荒い呼吸を繰り返す哀れな捕虜の二人だ。
さらに由利が外から確認した若い男と歳老いた男。そしてリーダー格の男と若い女。
名城は彼らのコードネームを嘲笑いながら説明する。若い男はホーネット、老人はフォックス、リーダー格がウルフ、女がラビット。ふたりにとってどうでもいい情報だ。
幼い少女がエコノミークラスの乗客を眠らせた。おそらくは催眠能力。自分にも影響を及ぼすのが難点。
「ファーストクラスの人は縮こまって怯えてるみたいですね」
「なぜ気絶させなかったのだろうか?」
由利は不思議そうに首を傾げる。ファーストクラスの人間は人質という意味では当然エコノミークラスの乗客よりも有用である。だが目を覚ましたままというのはそこまで価値があることではない。
「あの女の子が眠ったからじゃないですか」
少女が眠れば少女の能力は当然使えない。由利は少女に歩み寄る。そして艶やかな髪の毛に手を伸ばして再び首を傾げる。ふと疑問が首をもたげたのだ。
指先で綺麗なプラチナブロンドの梳く。指先からは優しいシャンプーの香りが漂った。
「服も洗濯がしっかりされてますよ」
名城も由利と同じような疑問を抱いたのか、言った。
「とても使い捨てにしている様子ではないな」
「ですね」
同意すると名城はふらりと男に接近して手を当てる。
「テロリストは七人ですか」
名城は残念そうに呟いて離れる。
それから座席の列を数列分後ろに移動して、他の乗客と同じように寝息を立てる人物に接近する。やはり手を当てて満足そうに笑うと由利に合図した。
由利が面倒という気持ちを一心に込めたため息を漏らした瞬間、そこに紙で包まれた哀れなミイラが出来上がった。
ミイラはテロリストの一味の一人であるにも関わらず武器を全く持っていない。少女を日本国内に連れていくのが目的だったらしい。
捕虜となっていた男は深い絶望に際したような表情をして、静かに目を落とした。
「他の情報はどうかね?」
「疲れますね」
名城は情報がないとは言わなかった。由利は名城に対して不快感と殺意を抱いたが、目を閉じてゆっくりと落ちつくこととする。名城が情報の提供を渋る以上、それ以上は大した意味のない情報なのだ。そう思うことにする。
何せ由利が敗れた時には名城が芋蔓式に海面に叩きつけられることは自明の理である。名城が情報を秘匿するメリットはない。
あるいは名城がそうとう能力を集中して使わなければ引き出せない程の強い意志をもって隠している情報かもしれないが、そういう最悪のパターンを予測して行動するのが由利の役目だ。
「そこの女の子を僕がどうにか引き取れるなら面白い情報がありますよ?」
由利は計画を立てるために集まっていた意識を割いて、名城の声に集める。
「私の決めることではないしな。君が自分で上に伝えるといい。それよりも情報を開示してくれると助かるのだが」
「敵に新人類があと二人ほど」
「七人プラス二人かね?」
「いえ」
「ならば何も問題ない」
問題はないが面倒が追加された。