20
夜が明ける。
朝日を浴びるというのが心地の良いものだと今日初めて知った。朝早くに起きたとしても普段ならば人工の目を刺すような光を浴びるだけだから新鮮だった。
赤い日はゆっくりと昇り、一つの塔を照らし出す。この島最古でもっとも有名な建造物。セントラルタワーはいつもと変わらず堂々とそびえ立ち島を支えている。変わることのないものを見ると安心できる。
家族は平和に欠けることもなく、俺の日常は非日常なオカルトに侵食されることもない。テストは平凡で友人と笑い合う話もくだらないとりとめのない話ばかり、いつまでも彼女の一人もできない。
変わらずにあるものはそういう特徴のないものが変わらず存在し続けることを保証してくれそうに思う。さすがに彼女の一人も欲しいところではあるが。
俺にとっての非日常の申し子である聖剣はどこにでもあるような平穏な寝顔を見せている。俺のベッドの脇にある椅子の背もたれに無防備な様子でだ。
俺はゆっくりと伸びをして、穏やかな朝を噛みしめる。最期の朝かもしれないことが頭をよぎる。絶望的なその思いに呼応したのか、胃が痛む。
そんな時、一つの音が聞こえる。ささやかな平穏を崩し、非日常に引き戻す悪魔の音。朝の静かな空気という安らかな子守唄から、魔剣の奏でる死と破壊の独奏曲へと変化する。
聖剣は、始まりましたね、と朝日を浴びて笑みを浮かべる。ただその笑みには喜びも興奮も見受けられず、俺を案じるような優しさが見えた。
「これが終わったらどうするんだ?」
俺は全てが終わったあとのことを尋ねる。俺が静かな日常に戻り、彼女が神秘的な日常に戻ったあと。俺と彼女の道が決定的にズレたあとのこと。つまりは彼女にとっての日常はどういうものなのだろうか。
「それは彰次第ですよ。私たちの世界が終わるのも始まるのも全てがあなたの選択次第。人の選べる行動はいつだって限られているのですから」
彼女は切なそうに言った。
「いつだってするべきことは最良の選択肢を見つけ出すことだけです」
きっとそれは誰だってそうだ。
彼女は俺に選択を委ねるという選択肢を選んだ。それを選ぶことができたのは些細な気まぐれと小さな偶然の積み重ねの結果だろう。
目に見えて問われる問いは優しい。思考することができるから、もしそれが選択肢のない行き止まりでも、選んだつもりになれるから。
佳奈は選択する権利を与えてくれた。彼女も俺に選ぶ権利をくれた。俺は選ぶ。誰にもこの権利を渡すことはできない。しない。これは俺に課せられた義務で、俺を戦場に縛りつける鎖だ。
俺は目を閉じて息をゆっくり吐く。選択肢なんてやっぱりないじゃないか。
俺は戦って生き残るしかないのだ。つまるところ現実は、選択はいつだって残酷だ。
「さあ行きましょう。あなたの平凡な約束を守るために」
その身体は静かな光を帯びる。その身体が朝の光に溶けていく。
「この力をあなたの手に」
そこに残されたのは一振りの美しい抜き身の刀。
朝日を浴びて神々しい妖しさを放つ。そしてあいも変わらず『聖剣最強』と拙い字で刻まれている。
まるで元々一つのものだったと勘違いしかけるほどに刀は違和感なく俺の手に収まった。圧倒的な武力の象徴は俺の力も覚悟もない手の平に収まった。
「俺の身勝手に付きあわせたみたいで悪いな」
「いいえ。全ては約束のためですから」
聖剣は俺の脳内に柔らかく、微かに嬉しそうな声を響かせた。
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必殺技は使えないのか、という問いは戦場に到着する直前、魔剣の姿を捉えた辺りで俺が発したものである。ちなみに行軍のお供は俺の知り合い三人を含めた呪術師たちである。
それに対する彼女の返答は、突き刺せば必ず殺せますが、という素っ気無いものだ。それは殺せるでしょうとも、俺も刺されれば死にますから。
「都合のいいものを期待しないで下さい」
彼女は残念そうに俺の脳内を震わせる。ちなみにこの声は他の人の脳にも同じように響くようで、佳奈や由利さんは初め困惑していた。
「空も飛べないし、炎も出せないということでいいのだろうか?」
由利さんは不安材料を確認する。驚くべきことに俺は空を自由に舞うことも炎を纏うこともできないらしい。え? 何それ? 普通なんだけど。
もっともここで問題なのは相手が全く普通でないこと。俺の予想の範疇を超える光景なのだ。そんなわけで望んだ必殺技はなく、昨日まで悠々と使っていた技も使えないらしい。楽観的になれる要因が無い。
「冗談です」
彼女はそう付け足して続ける。冗談というわりに明るさの微塵もない冷たい声音で。
「魔剣が突き刺された程度で死にはしませんよ」
なるほどね。悪い冗談だ。
「それで必殺技の方はどうなの?」
佳奈は期待しているのだろう。俺は最悪のパターンを予想して、あるいは先程の聖剣の期待するなという言葉を信じて期待しない。
「↑↓↑↓←→←→ABというのと復活の呪文ができますよ?」
「いやできないだろ。大体冗談言っていいのか迷って疑問形にするくらいなら言うな」
どこ押せばそんなコマンド発動するんだよ。聖剣俗に染まりすぎだろ。冒険の書とか誰も記録してないから。というかリロードができるなら誰も苦労はしないだろ。
「私にできるのは冗談を言って場を和ませるだけです」
「由利さんの顔をそのどこにあるのかも分からない目で見てくれ。青筋立ってるから」
パン、と由利さんが手を一回打つ。
「それでだが。実際何ができて何ができない。あれを倒せるのか?」
目付きは教師が生徒を詰問するような目。仕事をしている目なのだろう。
「私の能力は増幅です。意志疎通のテレパシーと魔剣を縛りつける以外には。私はあの黒人魔術師の魔法陣を強化して利用していただけです」
それで、と由利さんが促し彼女は素直に従って続ける。
「彰が私で突き刺せば止まりますが滅ぼすことはできません。禁忌の柩が必要です」
呪術師たちの目が鋭さを増し、確かな警戒が現れる。モノリスとは何でしょう?
「幸いなことに、私にとってもあなた方にとってもですが、この島の脈にアクセスできれば魔剣を降すことができます。この島のエネルギーはあれに依存しているようですから」
呪術師たちの敵意が消えるが戸惑いは残る。脈とは何でしょう?
「私はあなた方の戦闘を知りません。昨日は力任せに振り切りましたから。彰を適当なところで突っ込ませるので調整はそちらで上手くしてください」
由利さんはため息を飲みこんだようだ。苛立ちの混じる視線を俺と聖剣の間で滑らせる。その目は微かに不満もあるのだろうが俺はそれと目を合わせない。俺の意識は疑問に向かっている。それに集中しているのだ。
「いいだろう。その子を呪術の世界に引き込まなかったこちらの落ち度だ」
由利さんが懐から取り出した手帳が空にばらけていく。風に舞って広がっていく。
「さて諸君。これからこの島の異物を排除する。気を引き締めたまえ」
呪術師たちの身体に殺気が満ちるのを感じる。鋭く冷たく厳しい覚悟。燃えるような情熱や怒り、氷のように冷徹な意志をもって職務を遂行するのだ。俺には逆立ちしてもできない芸当だろう。
「作戦を開始する。必ず生き残り敵を殲滅せよ」
少し遠くから火薬の音。煙が上がる。
窮鼠猫を噛む。それは人の反撃の狼煙。社会的知的生物の専売特許、集団と知性による狩り、ジャイアントキリング。
傲慢な魔の剣は獣のような咆哮を上げ、人類を敵として認め牙を剥く。




