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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
一章~再会
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19

「なあ聖剣。どうやったら魔剣を倒せる?」


 俺の問いに月の光のように淡白な解答が導きだされる。俺の顔はこれからの不安で少しばかり青白い。


「私で突き刺せば」

「簡単そうに言うなよ……」


 聖剣は退屈そうに椅子に座っていた。質問への解答もどこか素っ気無く機嫌が悪いようにも見える。放っておいたのが悪いのだろうか。せいぜい二十分といったところなのだが。


「そういえば私はまだあなたの名前を聞いていませんね」


 聖剣は唐突にそう言った。その目はまっすぐとこちらの顔を見上げていて、少し驚く。


「そうだな。それに俺もお前の名前はまだ聞いてない」


 心持ち背筋を伸ばした。ベッド脇に変わらず座っていた彼女は俺と目を合わせるようにか、立ち上がってちょっとの距離をとる。


「滝峰彰。十六歳。高校一年生だ。血液型とかも言った方がいいか?」

「何を言ってもいいですよ。どうせ私がセクハラだとか訴えても裁かれることはないですから」

「やけに現代の知識に詳しいな」



 俺の言葉に彼女は嬉しそうに、それは私神様みたいなものですから、と笑って俺のスマートフォンを手の中で転がした。そう言えばスマホは彼女が持っていたのか。


「スマホとか使えるのか?」


 俺の疑問は彼女の手元に向けられる。


「最近のファミコンは凄いですね」

「どこのおじいちゃんだよ」

「どちらかというとおばあちゃんですよ」


 楽しそうな美少女の笑顔を眺めることに、普段ならば時間を使うのにやぶさかではないのだが。受け取ったスマホには様々なアプリが使用された記録が残っていた。



「それでは自己紹介。名前は秘密です。年齢も身長、体重、スリーサイズもまだ秘密です」

「神様なら辞書的な意味を知ってて欲しかったよ。全く紹介になってない」


 ところで最後のまだって何?

 ちょっとした疑問について思索を廻らせていると、甘い香りが鼻をくすぐる。金色の髪の毛が目の前で揺れる。


「私もあなたのことを全く知りません。あなたが私を振るう資格があるかどうか、欠けらも」



 間近から覗き込むのは蒼い瞳。吸い込まれそうに深い瞳。深い深い悲しみと喜びが入り混じったような不思議な色だった。

 俺は知っている。彼女には実際人を呑み込むような力がある。彼女の持つ圧倒的な暴力に事実俺は負けたのだから。

 そう考えると俺には資格がないらしい。資格を持つのはもっと強い存在だ。


「資格はありますか?」



 そんなことは俺が知りたい。彼女の瞳は俺の戸惑いさえも受け入れてくれそうだった。



「何のために戦いますか? 何のために私を望みますか?」


 俺の意識を言葉が切り崩す。俺の意識にどれだけの価値があるのか、俺は言葉を通して知覚していく。その結果俺には再び剣を取る理由がないことに気付いた。


 俺が一度聖剣に手を伸ばしたのは死に掛けの美咲を救うためで、その目的は既に達成された。俺は結局佳奈の言う、あるいは日本政府が佳奈に言わせた『残念なこと』が持つ不気味で得体のしれない恐怖に屈しただけなのだから。



 予想に反して理由はすぐに見つかる。ちっぽけで、とてもじゃないが聖剣なんて大それた武力を持つに相応しくない願い。



「約束があるんだ。家族二人に飯を作らなきゃいけない。だから全部終わらせて帰らないと。そういう陳腐な願いはダメか?」



 由利さんの仕事を俺が終わらせられるなら、早い話だ。

 彼女は目を細めた。蒼い目は俺の心の奥深くまでを見透かすようだ。



「約束は守らないといけませんね。そのありふれた願いに神の兵器が協力するのも面白そうですし。いいですよ、彰。契約は成立です」



 彼女は月明かりの薄暗いなかで静かに微笑んだ。金色の髪が月の光に輝き、それは神秘的な、オカルティズムな光景だった。






――――――――――――――――――――――――






 病院の一室。一つの契約がしめやかに結ばれている頃、呪術師たちの会合もまたひっそりと行われている。今回の会合には四人の参加者。



 ベッドの上に横たわる男はやはりいつものように本を開き、氷の浮かぶコーヒーを飲んでいる。

 由利も佳奈も気分がそのまま顔に表れているようだ。椅子に腰掛け、ただ項垂れる。

 庶務の腕章を袖に付けた少年は明るい表情で窓の外を眺めている。


「美咲ちゃんの容体は大丈夫なんだろ? あのグラフみたいなのも安定してるし」


 由利と佳奈は庶務の言葉に力無く頷く。


「彰なら心配する必要ないっすよ」


 窓の外の街の明かりが庶務のサングラスを照らす。庶務は楽しそうに口元を歪める。これからの決まりきった予定を話すように口を開く。


「聖剣がついてるんだから」

「信用できると思う?」


 佳奈は心配の種として庶務の安心の材料となったものを挙げる。

 庶務は不思議そうに首を傾げる。


「信頼関係が必要なのはあの二人の仲だろ。おれたちはただ見守るだけだ」


 佳奈は少し俯くと、それはそれで嫌だなぁ、と口の中で呟く。


「恋愛ってのは面倒だよな。彰死ぬぞ」


 その口調は呆れたようにも面白がっているようにも聞こえる。


「それは絶対に嫌だなぁ」


 しみじみと呟いた佳奈は眠そうに頭を垂れた。


「それでどうするんです? 先生の紙の式神も燃えたんでしょ。佳奈の結界は中途半端にしか機能していないらしい。探せますかね?」


 庶務の言葉に由利は億劫そうに答える。


「君が、というかクラウンが勤労意欲を出せば見つけられるはずだがね。それに吉田の結界がカバーできている範囲にはいないのだから、捜索範囲も狭められるはずだ」


 庶務は納得したように頷き、サングラスのフレームを撫でる。ゆっくりその身が暗く、薄く、存在が希薄になっていく。窓から風が吹き込み、カーテンが揺れる。


「少しだけやる気が出た」


 クラウンはそう大事なものが欠落したような声で言った。

 また明日、というひどく平凡な言葉を残してクラウンは不自然に消えていった。





――――――――――――――――――――――――





 再び夢を見た。いつもの祭壇で俺の意識は明晰になり、そしてやはり、誰かとの約束を交わす。


 その約束の内容も相手も誰かは分からない。母親か妹か、家族のうちの誰かという意識があるから、今の家族の由利さんもありえるし、一応父親という線もある。


 俺は熱い液体を頬に感じる。俺は泣いていた。



 約束の内容は思い出せない。平凡で、それでいてとても大切なものだ。

 約束は守らなければ。今ならばそう確かに思う。どんな理不尽が理由であっても約束を守ろうと努力することが重要なのだ。そうすればそれこそ聖剣のようなものを微笑ませることはできるのだし、きっと約束が果たされた時に俺は笑えるだろうから。



 だから俺は絶対に二人にディナーを作らなければならない。ところでレトルトと冷凍食品でいいだろうか。家族との食事とはきっと愛があればいいだろう。俺は疲れていて絶対に作れないから。


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