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わたしは子供の時から呪術師としての訓練を積んできたの。彰君と会った小学生の時もすでに呪術師だったよ。家の仕事なんだから、疑問を持つこともないよ。もし疑問を持ってもさ、やめる理由もなかったしね。ところで神祇庁って知ってる?
『知ってるよ。よく外国から非難されてるやつだろ』
そう、それ。組織のナンバー2が天皇陛下だからね。もう神の国日本とか流行らないからそんなに警戒する必要もないと思うんだけど。やっぱり政治とか外交って難しいんだね。
『それで?』
それで神祇庁っていうのが日本の呪術に携わる人たちのメインの仕事場なんだけど、それは知らないよね。特に公表してないからね。新人類関連ってことだと思われてて好都合なんだけどさ。まぁそれも間違いじゃないよ。だって新人類も呪術的な存在だから。
『どういうことだ?』
わたしのところには重要なことはそう伝わっってこないし、そもそもそんなに分かってるわけでもないんだけど。ほら分かりやすく言えば、世界中の一般の学者が騒ぎたてるようにさ、新人類と旧人類の遺伝子には差がないんだよ。
魔人も聖人も一種の超能力者みたいなものだよ。目の色が変わるだけのね。
『超能力なんてオカルトだな』
まず魔とか聖とかがいかにもオカルトらしいからね。それに呪術だってオカルトの筆頭だよね。オカルトって神秘的とかそういう意味だから隠されてるのも納得だよね。
それで呪術についてはもういいかな。
次は剣のことだね。剣はもっと話せることは少ないよ。やっぱり学生にまで伝えてくれる情報は限られてるから。
一般的な教科書に載ってる程度のことは知ってるよね。彰君、あの話、神話みたいだって小学校の時から好きだったからね。
『今は大嫌いだけどな』
まあそれはいいよ。それであれは神様の兵器だっていうのが神祇庁の公的な見解。どこに発表するわけでもない機密情報でもあるんだけど。
神様なんているのかって言いたいのは分かるよ。見たことないし。
『何の宗教なんだ?』
宗教はあんまり関係ないというか。日本の神様もキリスト教もほかのも全部。
戦争の記録でオーディンって名乗るおじいさんが海を割ったとも書いてあるし、マリア様が現れたって記録もあるんだよ。
それで彰君にして欲しいことは単純なことなんだけど。
『聖剣を使って海でも割ればいいのか』
いやいやそんなことじゃなくて、彰君の最強の聖剣を使って魔剣を倒してほしいってこと。
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「そうか」
逃げられないことは分かっていた。あの時激情に任せて振るった刀の切っ先は確かに魔剣の肉体を抉った、が浅かった。魔剣はまだこの島をうろついている。だがあまりにも簡単に言い過ぎではないか。
「断るって言ったら?」
佳奈の顔は不安そうに陰る。俺の身を案じるように悲しい瞳が俺を見る。
「残念なことになるね」
その声に聞き馴れた明るさは微塵もない。『残念なこと』が何かは分からないが、突然道端の人に痴漢だと叫ばれて捕まったり、気がつけば何億もの借金を背負わされたりするような理不尽な力に襲われるような気がした。さらには突然美咲の容体が悪化したり、俺の失踪届けが出されるようなことになる可能性も浮かぶ。
要するに断ることはできない。空気が冷えるのを感じた。喉の奥に冷気が刺さるような嫌な心地がした。
「やるしかないのか」
口に出すと簡単なことに思える。やるしかないのだ。普段面白くもないテスト勉強をして将来つまらない仕事に就くのと同じだ。選択肢がないのだからやるしかない。
どうしようもなく後ろ向きだが覚悟は決まった。佳奈や由利さんの真っ白で澄んだ覚悟とは全く違う。
「ところで昨日は何をしてたんだ?」
朝の会話がふと思い出されて質問する。
「市民の皆さんの安全を守ろうと――」
「失敗したのか?」
佳奈は顔を赤く染め、唸り声を上げた。どうやら図星だったようで佳奈は何らかの呪術的な作業をしていたらしい。しかもそれは失敗したらしい。
「そうは言ってもだよ。本当ならあと一、二時間は早く戦闘になる予想だったんだから、それなりに健闘したものだと思うよ」
「ちなみに本来の予定は? 学校で伝えられた訓練の時間までは延ばすつもりだったんだろ」
「呪術には呪い殺すって分野もあるの。ねぇ付き合ってもらえないかな?」
「下手な誤解を招くから言葉を略さないでくれないかな」
付き合ってくれなんて言われて多大な勘違いを生み出した挙句、買い物の荷物持ちだったりするのだ。今回の場合は完全に呪い殺される役じゃないか。
「下手でアマチュアな私の練習に付き合ってもらえないかな?」
そんな遠回しな死刑宣告をされても困る。要するにそれは魔剣と命のやり取りをした後に命を差し出せと言われているのだろう? 勘弁して欲しいものだ。
「呪術ってどんなものなんだ? 学校じゃ俺らには教えてくれないだろ」
呪術があることは知っていた。だがせいぜい占いの一種だろうと思っていた。験担ぎだ。いくら日常生活に多用されているなんて言われても、高等な科学なんて目の前にあっても気づくことのないように、呪術だって気づかないのだろうか。
「それこそ色々だよ。私が主に扱うのは結界術だし。生命力を操作するとか、運気上昇とかたくさん」
確率を操作する、文字通り神頼みのようなものから直接物理的に作用するものまで。
俺の持つ木刀にだって簡単な呪術が掛けられているらしい。
木刀になんて用いるからどうでもいい迷信に感じられてしまうのだ。思えばこの仕様の木刀なんて何度も折ったことがあるぞ。
例えばね、佳奈はそう言って身を傾けた。俺の思考はそんなマンガのようなものに逃避し始める。必死に魔剣と戦うなんて面倒で危険でどうでもいいことからは意識を完璧に反らそうと試みる。
唇に柔らかいものが触れ、思考が停止する。心臓が慌ただしく働き、血液が恐ろしいスピードで回転する。どんどんと酸素が脳に運ばれるのに、現状の理解すらままならない。
「ちょっとしたお守りだよ」
そうか。お守りの呪術か。ほのかに赤く染まる顔が月の光に照らされて、ただ美しくて目を奪われた。




