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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
一章~再会
25/75

16

 俺は走った。


 思えば今日は走ってばかりだ。明日は自堕落に過ごせるだろうか。



「おい! 無事か?」



 角を曲がって見えた美咲に問いかけた。目に見える範囲では超常的な変質が起こった気配はなく、少し安心する。遠くからは平和の中では聞くことのできない音が木霊している。


「あっお兄ちゃん、遅かったね」


 呑気に手を振る美咲。眠り続けるAさんに半開きの目を上げるクロ。どうでもいい疑問が湧く。美咲はどうして出掛けようとしたのか。普段の毒にも薬にもならないような訓練ならともかく、怪しい雰囲気の漂う今回までも。どうせ美咲の他にも能天気な馬鹿はいるだろうけれどそいつらはどうなったのだろう。


 俺は美咲の目を見据えて口を動かす。


「どうするべきだと思う?」

「へっ何の話?」


 美咲は俺の脈洛のない問いに目を白黒させる。


「死ぬか生きるかだったらどっちを選ぶ?」


 要領の得ない質問を繰り返す。感情の渦に正しい判断力が流されていったのだから仕方がない。


「生きるだよ」

「死ぬか後悔するかだったら」

「ちょ、待って意味が分からないんだけど」


 どうすればいいのだろうか。どうしたいのだろうか。何が正解なんだろうか。


「よく分かんないけどさ。好きにすればいいんじゃない。最後につじつまがあえばいいと思うよ」

「つじつま?」


 俺がオウム返しに尋ねると美咲は気まずそうに視線を反らす。


「最後にほらすっきりと。だいえんだんって言うんだっけ?」


「大団円な」


 好きに、やりたいように、すっきりと。単純なことで見失いそうになる事実。ただそれはつじつまが合うとはまた違う気もする。



「今日の晩ご飯、とんかつにカレーにハンバーグにエビフライだから。材料買ってくる。先帰ってろよ」


 もやが晴れたように何をしたいかは見つかった。ただ見届ける。スポーツの観戦でここまで興奮することはない。ただ見るだけのはずなのに襲いかかる異様なスリル。この選択が正しかったのか俺はきっと悩み続ける。



 引き返す足は今までの短い人生で一番重かった。





――――――――――――――――





 爆音が地を揺らす。

 煤けた空に戦場の煙は昇り続ける。


 氷のフィールドのせいか空気は5月とは思えないほど冷たく身に絡みつく。無理矢理に進むと切り傷でもできてしまいそうな濃密な空気だった。


 戦場の様相は一変していた。時間は再び流れはじめたらしかった。


 分子まで停滞しそうだった世界には真っ白な花が咲き乱れている。

 死んだ木の加工品からできた造花だった。血やら炎で紅く彩られたそれはそよぐ空気に逆らい、必死に敵に蔓を伸ばす。つくづくよくできた花だ。根はアスファルトの下に潜り込みまるで養分を吸っているのか脈動する。

 無表情に剣を振るう化け物の姿よりは生物らしい。



 ステージの空中で踊るメインゲストの二人を中心にして俺の知り合いを含んだおそらくは呪術師たちが談笑している。そんな風にもとれる。談笑する人々は実質的な痛みをもたらす呪いを送る。給仕はステージの二人に毒入りの飲み物を渡す。流れる音楽は踊りにそぐわない金属の響き。



 ステージの二人は周囲の人々を気にも留めない。世界にはまるで二人しかいないとでもいうような傲慢な態度で振舞っている。


 白い装甲が舞う。叩きつけられた拳は化け物には届かない。大きさを増していく赤の模様。滲む血の色が純白を汚していく。


 大小の弾丸が様々な方向から飛翔する。風を切るそれも標的に風穴を開けることは敵わず、虚しく速度を落としていく。悪意の塊は二人の踊りに合わせて勢いに乗り、銃口に向けて跳ね返される。


 流石の魔剣の能力も銃弾を銃口に押し戻すような精度は持たない。しかしそれは救いにはならない。中途半端に射手に返却された銃弾は射手の体内に落ちつき、赤い花を咲かせた。

 俺は佳奈が射手でなかったことを不覚にも喜んでしまった。


 二人のステージには時折透明な壁が現れ、その美しいワルツを乱すがそれも長くは続かない。

 氷の柱はステージに華やかさを与えて、溶け去っていく。


 白の花は二人を欲しがり手を伸ばすが天上の彼らはそれをいとも容易く振り払う。花は赤色の装飾を付け、うめき声を奏でるギャラリーを優しく包み込む。


 魔剣と聖剣の区別は簡単だった。確証はないがその能力も想像がついた。


 魔剣が一度振るわれれば鎌風を呼び嵐が吹きあれる。聖剣が一度振るわれれば火炎の龍が生まれ全てが塵と化す。


 岡目八目というか何というか、専門家ではないが傍から見ていればその程度のことは分かった。人間が敵うことはないだろうことも十分に分かった。


 火焔の刃が地を滑り、鎌風が天を覆う。少しずつ街の風景は風化していく。人間が暮らしていた時代がまるで何百年も前だったかのようだ。


 いつの間にか文明の遺産は寸断されていく。人間は天災、あるいは神の化身には勝てずに一人また一人と倒れていく。例外はなかった。


 俺は必死で駆け寄った。佳奈と由利さん、優しい副担任の渡会先生を運ぶ。意識はあるようで安心する。化け物たちはこちらに注意を払いはしない。


 道端の石に意識を捕らわれることのないのと同じで、怪物たちは人間に意識を向けない。



 変わらず続く舞の余波は運がよく当たることはなかった。俺はただビルの陰まで必死に走った。


「馬鹿だなぁ、彰君」


 佳奈が呻くように呟いた。


「もう少し聞きわけがいいかと思っていたのだが」

「お父さんに似たのか、教育が悪かったのか」


 由利さんが嘆き、渡会先生は苦笑いをこぼす。渡会先生の発言に俺は多少の違和感を覚える。なぜ渡会先生と俺の父親が知り合いなのだろう。


「父親に似たんだろう。自分の身を顧みず人に手を差しのべるような無責任な人間だった。優しい人間というのは優先順位をよく間違えるらしいな」




 由利さんが呻くのを聞いていると、後ろから足音が聞こえた。背筋が凍る。



 そして感情の見えない言葉が背を撫でる。聞き馴れた声だがここまで起伏のない調子は初めてだった。



 振り返ると想像通り美咲が立っている。


 確かに優先順位を間違えたのかもしれないな、と思った。


 後ろに立った彼女の顔は現実を受け止めることができているとは思えないものだったからだ。


「血? 傷? 怪我? 死ぬ?」


 事実、美咲の口から漏れ出るのは文章にすらならない単語たち。



 美咲のふらつく目がにわかに焦点を結び、黄金に発光する。皮膚の表面から蒸気が出るように何かのエネルギーが放出されているのを感じた。美咲の体が唐突に動く。意識すら定かではない人の動きとは思えないほど素早い動き。一瞬認知できなかったほどだ。



 意識はなくとも意志はあるのだ、とでも主張するように美咲の行動は一貫していた。ただ美咲は血の源泉に触れ穏やかな光で包み込む。撫でるように美咲の手は三人の肌の上を滑る。



 傷が全て治り、むしろ死にかける前よりも健康ではないのかと疑うほどになるまでそう時間はかからなかった。プロの救急隊員が三人に応急処置をするくらいの時間だった。

 おかしい、美咲の能力はここまで凄まじいものだったろうか。



 俺を含めてこの場にいる誰一人として口を開かなかった。美咲の発するエネルギーに気圧されていたのか、何を考えていたのかは知らないが、三人の目は傷が治ることでの安らぎを浮かべるわけでもなんでもなくただ何か言いたげな目をしていた。

 三人の不安の色に美咲は眉を動かすこともなく、感情が死んでいるようだった。



 誰一人として美咲の異常性に触れようとしていなかったのが、悲劇に繋がったのだろう。美咲の目がどこかを捉えた。美咲の足が地を蹴る。俺が手を伸ばしたときには制服の裾に触れることさえできなかった。



 美咲が見つけたのは負傷者だった。体中にさまざまな傷がつき、意識を手放し、緩やかに永遠の眠りに向かう男だった。


 彼は化け物たちの踊りが続くステージの隅で横たわっている。

 美咲が彼の元に辿りつき治療を始めることができたのは偶然だった。神に守護されて救済を続ける聖女の構図は長くは続かない。



 回復した男が這う這うの体でステージから退場する。

 すると聖女にスポットライトが当たる。それは赤く紅く朱く熱い光、どこまでも透明でどこにでもあるような空気の揺らぎだった。



 小さな体が紙のように舞った。金色の聖なる輝きが失われていく。



 頭が沸騰した。美咲のではなく俺の頭だ。怒りで恐怖で不安で、頭が感情が、熱く冷たく痛く苦しい。


 勝手に体が動いた。

 体の感覚は肌が焼けることを、肌が切れることを、生命の危険を知らせてくる。感情はそれを痛みとして捉えることなく切り捨てる。燃えているのが体なのか心なのか判別がつかない。


 足を止めないというのは崇高なことでも、強い意志が必要なのでもなく、思考の停止と弱い心が生み出す行動だということを初めて知った。


 手に持ったままだったFive-seveNの引き金を引く。狙いもない弾丸は廃墟に消えていく。威嚇にすらならない無意味な行動だった。


 美咲の傍らに辿り着いた時、化け物二人と目が合った。


 虚ろな瞳に感情が宿るのが見えた。戦場に迷いこんだ俺を何だと思ったのか。ずっと響いていた暴力的なバックグラウンドミュージックは途切れた。



 その隙間を埋めるように一つの鋭い音が飛び込む。

 ロケット弾というのは初めて見る。人が持ち歩きできるサイズのミサイルという様子だ。それも空中から急に出現して標的に向かうようなものならばなおさらだった。


 化け物二人の死角、つまりは二人の後ろから放たれたロケット弾は直進する。先程見た誘導ミサイルとはまず規模が違う。それでも人間にとっては脅威だ。


 だが俺はといえばそれに対して危機感を抱くような余裕すらない。化け物二人が化け物に相応しい対応をすればその破壊兵器は俺と美咲を貫いたはずなのだ。



 魔剣の対応は単純なもので離脱するというだけのもの。ただ空気の流れに乗り、危険を脱した。


 聖剣はロケット弾を受け止めようとした。風を纏うほどの推進力を聖剣は持たない。おそらく苦肉の策という奴だったのだろう。


 だが唐突に表れたロケット弾は、幻想のように聖剣の肉体を貫通し、魔剣の逃れた先から現れた。



 魔剣の足を巻き込むようにロケット弾は推進し、そのままの勢いで聖剣の真横からわき腹へ突き刺さる。化け物すら騙し通した光は爆炎の揺らぎに誤魔化されていく。


 何が起こったのか理解に苦しむが、幻と本物が見事に化け物の裏を掻いたというわけだ。



 燃える、焼ける、燃焼する。魔剣は足を失いこそしたが爆発の勢いで炎の圏内からは逃れたらしい。聖剣の体を炙る炎は確かにその身が武器として弄んでいた光と似ている。だが似て非なるもの。神々しい純粋な炎ではなくロケット弾の不純な爆炎だった。



 爆発に呑まれた黒人の肉体は原形を無くしていく。聖剣は偶然かあるいは運命か、それとも悪意の賜物か俺の手元に降ってきた。



 誰かが何かを叫んだ。透明な壁が建設され、紙と氷の花が咲き乱れる。



 魔剣の少女の目はまだ俺を見つめている。まるで試されているようだ。不思議と意識は明瞭に、視界はクリアになっている。

 不安な要素が消えたのが大きかった。俺は根拠なく、だが確かに美咲が死ぬことがないだろうことを知っている。現実を捉えきれない小さな逃避だ。



 そう無条件に信じることが生命力すら自由に制御する妹への信頼だ。

 俺は美咲の生命力の灯火を絶やさないため、剣に手を伸ばした。





 聖剣の柄は俺の手によく馴染んだ。日本刀の形をした聖剣は俺が学校で使っている木刀よりも素材の分重く感じた。


 ふと見ると刀の銘には『聖剣最強』と子どものような字で刻まれている。そうか最強なのか。

 どこの子供かは知らないが希望を持てた。子どもの言う最強は絶対的だ。勝つためにはどんな物理法則もお約束も薙ぎ払う。理不尽で不条理で純粋な子どもの願い。この剣を持っている限り俺は負けてはならない。負けることはない。


 あの化け物を殺す。化け物は俺を静かに見つめる。その視線は俺を初めて見たかのようだ。俺とそれはやっとお互いの視界の中に入った。


 刀を構えた。剣道でいう中段の構え。落ちついて、美咲を助ける。ただそれだけだ。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


 だが俺は怒りと衝動に負けた。ただそれだけのことだ。




――――――――――――――――――――





 声が聞こえた。


 不安を誘う声だった。その声には後悔や悲しみが渦を巻いていた。


 今の俺には破壊衝動も怒りもない。恐怖も痛みもない。


 ただ慰めなければならない。悲しみを癒してあげなければならない。それは義務感だった。


 契約ですよ。


 彼女は言った。


 俺の目は薄く開かれた。


 金色の髪が揺れる。青い目が俺を覗く。鈴のような声が契約の内容を述べている。


 温かい液体で視界がぼやけた。


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