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歩き出して五分ほど、いつもより歩みのスピードは遅い。背中の温かい荷物と妹の体調に気を使っているわけだ。
そんなときに俺が目にしたものは、ビルだった。あれ? 普通ですね。どこにでもあるものじゃないですか。一般的なビルならばこの島にたくさんあるし、よしんば英単語のbuildingならば人が住むところにならどこにでもあるじゃないか。
当然そんなことを再確認したわけではない。
俺が見たのはこちらに突っ込んでくるビルでありbuildingだ。
頭がおかしいのかと疑って、一つの結論が出る。ああ、いつから気が狂っていたのだろうか。今日の朝親愛なる妹に殺されかけた時からだろうか。
現実逃避気味の思考回路は美咲の泡を食ったような様子を見ることで沈静化した。
なるほどビルが千切れて落ちて来たのか。
事態の把握が出来たときにはそれに対処するような時間もなく、俺は美咲とAさんを体の下に入れることしかできない。すばやくクロも下に避難している。
幸いビルが直撃することはなかった。代わりと言ったらなんだが、細かな塵芥と風が体を襲った。髪の毛に絡んだり、目に入ったりしてくる砂が鬱陶しい。ああ口の中に砂利が入って気持ち悪い。
案外余裕のある思考は逆に余裕がなさすぎての現実逃避なのか大物である故の余裕なのか。まぁ俺は後者だな。あれ、なんか錯乱してるみたい。
ゆっくりと立ち上がる。体に異常はなさそうだ。
外傷自体はほとんどなく、一番大きな怪我は俺の頬の切り傷らしい。クロは居心地が悪そうに身をよじっているし、美咲も咳き込んではいるが怪我はなさそうだ。Aさんはまだ寝ている。
「今の何だ?」
俺の口からそんな言葉がこぼれ出る。問うてみたものの質問の意味も分からない上に、ここにいる誰もが何も知らないのが現状だ。当然答えが返ってくることもなく、疑問は砂塵の中に紛れていく。呼吸をする度に答えの出ないそれを吸い込むようで気分が良くない。
崩落したビルから身を引きずるようにして離れる。肉体的にはどうということは無いが精神的に疲労がたまっている。美咲もクロもそれは同じようで近くの街路樹の根本に倒れるようにして座った。
そうしていると落ちてきたビルの姿がよく分かる。切れているのだ。きれいに完璧にコンクリートやら鉄筋やらが見事にすばらしく美しく真っ二つになっている。
遠くからはまだ爆音が鳴り響いている。だがそれも少しずつ小さくなってきているようだ。代わりに近付いてきているようでもあった。
ビルは今まで進んでいた方角、学園に向かう道を塞いでいる。ビル崩落の余波は思いの外、広範囲に及んでいるらしく、周囲の路地もガレキでちょうど埋まっている。
引き返して別の道を使う以外になさそうだった。強硬に突破することは女子二人を放置することとほぼ同義なので選択肢にはない。
空の色はくすみ、ひどく不気味な背景に浮き出ているのは煙を上げるF16。ファイティングファルコンなんて勇ましい名前の割りには間抜けな姿で飛んでいる。きりもみ回転をしながら高度を下げていき、赤い爆炎が上がると同時に爆発音が響き、それも静かに収まっていった。
人のいない町が妙な静けさを感じさせる。どこかゲームや映画のような非現実感が俺の心を高揚させる。ただ単に現実が見えていないだけなのかも分からない。ただアドレナリンが脳内で活発に分泌されているのは間違いがなさそうだ。
「美咲大丈夫か? ちょっと様子見に行ってくるから待ってろよ」
「へっ? ちょっと何考えてんの! 危ないよ!」
俺は美咲にひらひらと手を振って歩き出す。興奮や高揚などの、およそ理性的な判断力を鈍らせるような感情が頭を支配していたのだ。それを俺は好ましく受けいれた。
クロは俺の方をちらりと見るとニャアと一声鳴く。Aさんの上に乗り、美咲を慰めるように擦り寄っている。心配するなとでも言うようだ。
少し安心したのだが、ちょっとはAさんのこといたわってやれよ。その子気絶してるんだから。




