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軍の訓練というのは人が普段使う街中で行われるものではない。彩華島が特殊なことは軍の訓練を行う場所を少し考えてみるだけで実感できる。
訓練が行われる場所は端的に言えば廃墟のような場所である。ようなとつくのは実際には廃墟ではなくそのように作られたからだ。それに廃墟と言ってもぼろぼろでとても人が住めないというようなイメージよりゴーストタウンのイメージが強い。ただ人がいなくなって廃れたが、まだ使用可能な場所というイメージだ。
訓練もそうそうあるわけではなく時々はそこで国主催の行事などが行われる。そして本当に何もない普段は封鎖されていて、出入りも学校の警備よりは余程厳重にされている。
一般にはセントラルタワーを囲んだその区域に何があるのかは公開されていない。軍事施設や研究施設が隠されているとかこの世のものとは思えないような化け物が棲みついているとか、都市伝説の題材としてもよく使われる場所。
そんな廃棄地区の家の一つに、部屋の二つが電子機器で埋め尽くされている家がある。
いつもと変わらず黒ずくめの少年はスナック菓子と炭酸のジュースを楽しみながら電子機器、いくつものコンピューターのモニターを眺めている。
手元に置いてあったスマホが振動する。着信があったようで、耳に当てて二言三言話すと通話を終える。
仁は疲れを感じさせる深い息を吐き、コントローラを握る。
一般的な家庭用ゲーム機のワイヤレスコントローラそのものだ。だがしかしモニターの映像は何のゲーム画面でもない。そこに映るのは青い空や過ぎ去るコンクリートジャングル。高速で飛翔する視点に仁は酔いそうになる。現実感のない現実を映すその映像が何を模しているかは簡単だ。ゲームでいうところのフライトシューティング。画面の中央でふらふら揺れる印は照準を示している。コントローラは現実に飛び回る破壊兵器の操縦桿の代わりだった。
今現在、仁の目の前に置かれているたくさんのモニターの全てが使われているわけではない。電源の入っていないもの、砂嵐が吹きあれるもの、ノイズ混じりの定点映像。仁はそれらに視線を奪われる度に不快そうに舌打ちをする。コントローラを強く握ると生き残っている映像が同じように変化する。
照準が合う。カチャ、と軽い音でボタンを押す。スピーカーから一拍遅れて爆音が響く。
仁は口元を歪める。標的はまだ沈黙していない。操るいくつもの機体をそれぞれ旋回させて再び狙う。
仁は目元を引き攣らせる。予定外の出来事が起こってしまった。モニターの一つに知り合いが見えるのだ。幸い墜落した機体がノイズ混じりに送って来る映像で廃棄地区の外側のようだ。
「何してんすか、彰さん。まったく……死にたいんすか?」
別のモニターが爆炎で包まれ、機体の制御を失う。コントローラが悲鳴のように身を震わせる。
「クソッ」
仁の罵りと共に黄金の眼球の輝きが増す。速やかに仁の意識は彰を切り捨てた。無情でも非情でもない。仕事だからだ。
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俺は息を切らして走っていた。目指すのはとりあえず自分の家。角を曲がると見なれたマンションが見える。
このマンションはショッピングモールが近い。俺も美咲も出かけるときには家に先に帰るのが基本だ。商店街というかアーケードの通りはマンションと学校の間にあるから例外だ。アーケードならば帰り際に寄ることとなり、ショッピングモールならば一度帰宅してから出るということだ。
だから美咲がいるかもしれないと思ったわけだが、よくよく考えればあんな不穏な空メールが来た時点で安全な場所にいるはずがない。うっかり失念していた。思いのほか俺も焦っているようだ。
焦りのままにきょろきょろと周囲を見回していると、一つの特徴的な後ろ姿が目に入る。真っ黒な体で尻尾をふらふらと揺らしている。
クロ、と呼びかけるとゆっくりと体を捻り、にゃあ、と一声。
「美咲がどこにいるか知らないか?」
クロは顔を上げ鼻をひくひくと動かす。その尻尾は何か集中するかのようにピンと立っている。そして尻尾はふにゃっとなり、クロは足の先を舐め出す。
俺がクロに期待したのがバカだったかなと思い始めた頃、クロは身を翻し歩き出す。数歩進むと振り返り、立ち竦む俺の顔を窺い一声上げる。尻尾が急かすように揺れ始めたのを見て、俺は後について歩き出した。
クロが美咲を見つけた場所はショッピングモールだった。というかショッピングモールだった場所だった。というか、もはや廃墟だった。
目を疑った。ついでに頭も疑った。あれ? このショッピングモールこの島最大だったよね。ガレキの山にしか見えないんだけど。一部が大きく抉れ、その抉れがこちらに顔を向けているというだけで、異様に破損が目立つアングルではあったから、廃墟は言い過ぎか。
そんななか美咲は友人Aさんを抱えてへたりこんでいた。Aさんというのは美咲の一番の友人で、たまに俺も一緒に出掛けたりするような女の子だ。Aさん、としたのは彼女のプライバシーに配慮しただけであり、いまさら名前を聞くのが気まずいとかそういうわけではない。
流石に自己紹介までされておいて忘れるとか失礼なことはできない。自己紹介なんてされたことないけど。よって忘れても仕方ない。いや、忘れてないけどね。いや、ホント。苗字は思い出せるから。
件のAさんはどうやら気絶しているようでぐったりとしている。寝顔は可愛いな。ただ自己紹介さえしてくれればいいんだけどね。別に何がいいのかは分からないけど。だって名前知ってるから。
「メール届いたの?」
「いやただの散歩だよ。用件も何もないんじゃどうしようもねえじゃねえか」
俺は目を開けた美咲に手を伸ばす。身動きのほとんど取れない美咲に手を当てる。俺よりも体温が低い。
「それもそうだね」
美咲は疲れた様子で笑った。血の気を失ったいつもよりいくらか色の悪い顔が少しの明るさを取り戻す。
「じゃあメールの続きなんだけどさ……助けて」
「いいよ。まぁとりあえず、ほらハンカチ、手汚れてるぞ」
俺はポケットからハンカチを取り出す。美咲の手に触れると、すぐに汚れがハンカチに吸い取られ、血の赤に染まる。俺の思考は焦りやら恐怖やら混乱やら何もかもを受け入れて結果停止した。おかげで冷静さは保たれていた。
「ありがと」
「ちゃんと無事に助かるまでお礼はいいから」
ハンカチは十分に水気を吸って重くなり、力無い美咲の手から滑り落ちた。ピチャッという音が耳にこびり付く。
俺は美咲の腕を固定しているコンクリートをどける。少し遠くにあった看板の破片をテコのようにしたのだ。死にかけの美咲を前にすればたった十歩の距離でも十分遠い。
美咲は取り出した右腕を抱える。丸めた体に隠れて真っ赤な腕が見えなくなる。血に染まった服はところどころ千切れていて、皮膚と肉が同じように抉れては内部の構造を晒していた。赤い中に見えた白はもしかして、もしかしなくても骨だろうか。骨であっては欲しくないのだけど。
「治りそうか?」
「やだなぁ、お兄ちゃん。そんな縁起の悪い」
笑顔がひきつっている。先ほどまでより辛そうだ。痛みを堪えているのか目元に深いしわが刻まれていた。笑顔が作れただけでも驚くべきことだと思う。
「痛いのか」
「さっきよりはね。まぁ痛覚が戻っただけまし」
痛覚すら無くなっていたのか。
荒い息が少しずつ収まっていく。美咲はもう大丈夫というようにより自然な笑みを浮かべる。顔色は悪いがもう大丈夫なのだろう。何せ傷ついていた右腕を支えにして立っている。家事場の糞力というやつか、俺の骨を治すより余程早い。本当に俺の肩は一時間も掛けたのか? あの生命に直接響きそうな傷を数分でなかったようにできる人間が?
「この子は?」
「さっきまで大動脈が千切れかけてたんだけど、頑張って治したはずだけど」
美咲の声は明るいが内容が全く明るくない。ただ美咲も最後は不安そうな口調で、情緒が不安定に聞こえる。
俺の考えは一つに収束した。美咲の能力が怖ろしい。ただその一点。
大動脈にしろ腕にしろ命に関わる急所だ。治った瞬間に何事もなかったかのように笑っていられるのはどうなんだろうか。
なんてことを思っていると美咲は、はい、と言ってAさんの腕を俺に差し出す。俺はAさんが目を覚まさないことを切に願いながら背負う。
今は能力よりもセクハラの汚名のほうが怖いのだ。




