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五十年前に現れた超常的な力を持つ新たな人類は神にも悪魔にもたとえられた。宗教がいくつもできあがり、廃れていった。神として祀られようが悪魔として忌み嫌われようが人として扱われていないことには変わりはなく、結局人類にとって理解できない異質なものとして差別をされた。
新人類が人類と異なる点はその特殊な能力だけだ。だがそれは決定的な差だった。
人とは自分と異なるものを恐れる。
俺が美咲の力を怖いと思ったのもそういうことが原因なのだろうか。
誰かが新人類に対する扱いの改善を人類に求めた。それが人類の中で新人類に対して理解のあるものだったのか、人類に対して不満を持った新人類だったのか、誰だったのかは関係ない。世界中で同じような時期にそういうことが起こった。
教科書には今から三十年から四十年のことだと記されている。
ネット環境もなく国家間での意志疎通どころか家族とすら簡単に連絡の取れないような時代でもそういうことは起こるらしい。どこでも人間考えることは変わらないのだろう。もっともそれをいうなら人類史のほとんどがそうだと一蹴されるのかもしれない。
人類が恐れたのは戦争だった。どこの地域でも組織だった軍のようなものは不完全で近代兵器の装備も不十分だった。
人類の新人類に対する考え方には幅があり、平和的な共存を望むものから絶対的な支配を求めるものまであり、その違いは戦争が始まれば明確な障壁となるに違いなかった。
新人類は当然軍も武器も持たない。当時の人口は十人中一人、新人類がいるかいないかという程度。人口の差は歴然としていた。
もしも人類と新人類が戦争を始めていたならば、どちらが勝者として君臨していたのか。
人類は戦争を選択しなかった。人類は勝利が確実なものとは思わなかったのだ。思えなかったのだ。
その理由としては第三次世界大戦がある。
第三次世界大戦――始祖から魔王、聖王が覇権を競った戦争――それでは近代兵器が多用されなかった。旧人類は多用したが新人類は自らの能力に頼ったのだ。
たとえば大都市が戦場となることがあった。一日の戦闘でそこは人の住むことのできる場所ではなくなった。異常な放射線量が検出され、火山が噴火し、土地が沈没する。新人類の力はそれだけ強大なものだった。
人類がその間何をしていたか。組織だった活動をする人類は少なく、組織だった活動の内容も命を守り、逃げ回る。ほとんどただそれだけだった。ちなみに軍などの組織は指揮体系が壊れ、物資並びに人的資源はその地域の共同体に吸収されていた。
当時の人類にはそのことを知識としてだけでなく体験していたものもいて、さらに当時は第三次世界大戦の影響から復興する最中だった。
俺は教室の自分の席でのんびりとつまらない教科書を捲る。授業はしめやかに終わっていた。
人類の遺産も少なからず失われた。宗教的、歴史的価値のあるものは特に。教科書にも列挙されている。
俺たちの住む彩華島、そこにはかつてこの国の遺産があった。教室の窓からも依然としてこちらを見つめるセントラルタワー。確かかつてはそこにあったものだ。
伊勢神宮はもう見る影もない。第三次世界大戦のとき伊勢神宮は消し飛んだ。より正確に表現するならば伊勢神宮を含めた志摩半島が抉り取られた。
大戦後、彩華島がどのようにできたのかは記されていないが、きっとその情報もどこかにうやむやに消えてしまったのだろう。
現在の彩華島は人類の復興の象徴、人類と新人類の平和の象徴などと世界中から知られている。
彩華島の人口の約4割が何かしらの能力を持った新人類だ。この島では差別はない。世界で一番、新人類関係の技術が発展している土地である。一種の理想郷であるとも言われる。
教科書を閉じる。最後の方があからさまに胡散臭かった。理想郷など存在しない。まずは人々の理想が一つにまとまること自体がありえない。それに差別がないと断言することができるわけがない。なにせ血の繋がった兄妹でも恐怖を覚えることがあるのだ。見知らぬ他人ならなおのことだ。
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学校はいつも通り進んだ。ゲームならイベントがなさすぎてスキップしても構わないような平凡さだ。事実俺も数時間スキップした。五十分間虚空を見つめて過ぎていたり、気がつけば目が閉じられていたりとそういう具合だ。
佳奈は二限からいつも通り真面目に授業を受けているようだった。どうやら昴も一限はサボっていたらしい。こちらも二限からは真面目に授業を受けていた。
気がつけば帰りのホームルーム。時刻は三時半。
教卓の由利さんが偉そうに演説しているのを眠い目で眺めている。
不意に眠気が取れた。風邪をひいたときの寒気のような不快感と共に。どうにも拭えない気持ちの悪さで首を捻る。佳奈が俺とよく似た声を出して頭を揺らしたのが目に付いた。
空が光ったのだと思う。クラスの半分ほどが眩しそうに外を見たからだ。遠くから爆音が響き、放送が鳴る。久しぶりに聞く避難訓練のベルの音。初めて聞く、きっと初めて聞く訓練ではなさそうな音。不思議な予感で、言い換えれば根拠はなくこれは何かが起こったと思った。
いつもの無意味な高揚が心を湧かせる感覚はなく、ただただ異様な不安だけがあった。
『高等部の生徒は担任の指示に従い、校内に残っている中等部の生徒は各々の教室に戻ってください。繰り返しま――』
なるほど校内に残っている中等部の生徒。不肖の妹は恐らく校内に残っているなんてことはないだろう。不安の正体が少し分かった気がする。
煙が上がっている。閃光が瞬いた。
普段よりも明らかに規模が大きい。そして唐突だ。いつもは事前に警告もあるし、本来当日に伝えられることはない。
今回のこれは本当に訓練なのだろうか、と考えた。考えていても答えが出ることはもちろんない。たとえ出たとしてもできることはないだろう。それにそもそも感情はそれをはっきりと否定している。
だから考えることは放棄した。
由利さんが避難誘導を始める。クラスの委員に何か指示をしている。
俺は間もなく出来上がった人の波に流されることにする。クラスメイト二人の姿がどこにあるか判別できないが問題ないだろう。人の流れにいつもの訓練のようなだらけた一体感はない。やはり漠然とした不安が広がっていて雰囲気も暗い。
このままシェルターに流れ込み、何か状況が変わるまで過ごすのだ。
俺の壮大で見通しのない計画を狂わせたのは一通のメールだった。狂うも何も計画にすらなっていないなんて野暮なことを言ってはいけない。傷つくから。
フロム美咲。誰からかというのは予想通りなのだがよくこんな状況でメールが届いたものだ。こういう時は家族に連絡の一つでも取りたくなるだろうに、と周囲を見渡したものの電話を耳に当てているような生徒は少ない。大抵、友人との会話にその労力が割かれているらしい。
なるほどこれが現代の家族のありかたなのか、とか頭を抱えるように嘆く俺も、特に美咲に連絡を取ろうとはしていなかった。
俺はなるべくゆっくりと文面を開く。忙しなく動くと余計に焦りが生じるのだ。単純に中身について嫌な予感があったというのもある。
結局自分の勘の良さに口では喜び、体全体でどことなく落ち込むという芸当をすることとなった。
メールは俺の予想した『助けて』や『HELP』のようなものではなく、件名『無題』内容はなしという簡潔なものだった。
ひとしきりため息を吐き、手の掛かる妹を持ったことを後悔する。
電話をかけようとすら思わない家族のために危険を冒すなんて、現代の家族というのは相当なツンデレのような気がした。
目に痛かった警報装置の赤が少し優しくなったのを感じてこの選択は間違ってなどいないと都合よく解釈することにする。
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俺は学校を抜け出すことにした。教師は生徒の人数を確認するだろうが気にはしない。どうせいつもと同じようにサボって過ごそうとする生徒が一人や二人くらいいるはずだ。そうだと思いたい。今回に限ってしっかりと管理することができるとは思えないが少し不安だ。
ところでいつもサボっているやつがいただろうか。
校舎内に向かいかけた爪先を気力と諦めで正面に戻す。何か危ないことになっているのならば助けに行くべきで、何も問題がなかったのなら笑い話としてすませればいい。ただそれだけのことだ。
学校というのは出入りは案外簡単なものだ。夜中ならいざ知らず昼間は防犯設備も切られている。昼間の防犯は機械ではなく人が荷うわけだ。
人の波に流されながらも少しずつ本流からは外れていく。
目当ての場所はトイレだ。トイレに滑り込む。他には誰もいない。生徒の一人もいないとはなかなかに好都合だ。窓を開けると顔を覗かせて周囲の確認をする。誰もいないようだ。ここまでスムーズにいけそうだと逆に不安になってくるのだが贅沢は言ってられない。
窓から抜けるとGPSで美咲の位置を確認しようとする。電波が悪いのだろう。気がつけばスマホは圏外になっている。
どこにいるのだろうか。大体の予想はできるのだが確証がない。あてもなく走り回りたくはない。大人しく避難でもしようか。どうせ悪ふざけの空メールに過ぎないだろう。
心底面倒だ。再び帰ろうとする足を止めたのは、目に飛びこんで来た一つの姿。
戦闘機。純然たる破壊兵器が空を舞っている。ミリオタ佳奈からの埃の被った知識をかろうじて引っ張り出す。あれは確かF16だったはずだ。
美咲への心配と同じくらいの興味が湧いて俺は走り出した。恐怖は忘れていた。




