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聖剣英雄(偽)譚  作者: 伽藍堂
一章~再会
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04

 ゲームセンターの引力を振りきり、アーケードまで脱出する。アーケードにはいつもの騒がしさがない。トランス店内と異なるのは人が少ないわけではないことだ。


 そう、人は確かに多いのだ。ただ人種が普段とはいささか違う。普段のそれぞれが別の方向を向いている状況とは違い、警官は一つの目的意志をもって街を巡り、人々はそれらから逃げるように家路を急ぐ。

 コスプレイヤーにはとても見えない制服たちから逃げるように俺たちも足を速めた。さしたる理由はない。



 仁から聞いたことを話すと、皆納得した面持ちで、佳奈だけは加えて額を押さえていた。仁がゲーセンにいることくらい諦めた方がいいのに。


 アーケードからさらに大通りに出ると、街頭のモニターにニュース番組が流れているのが見えた。


 俺たちは信号を待つ間それを眺める。内容としては飛行機の墜落事件。全容が分かっていないらしく、情報を出さない神祇庁に対してコメンテーターが憤慨している。


 だがそもそも、神祇庁というのは新人類と呪術の管理を行う省庁だったはずだ。なぜ飛行機の墜落に関する情報を秘匿しているのだろう。


 呪術は生活で多々利用されているらしいのだが、洗濯機にコンピューターが入っていることを日々意識しないようなもので、いつどこで使われているかなど知りはしない。初歩的らしいものは学校で目にすることができるが、それだって俺では理解できない。


「鬱陶しいな」


 昴が唐突に呟いた。そして訝しげな視線が集まったのに気がつくと取り繕うように続けた。


「おれら関係ないのにまたこの島に文句来るんだぜ、まったく」


 確かにそうだ。それこそまたテロが起こるかもしれない。


 信号が変わった。俺の目には変わる直前の赤がいやに鮮明に残った。

 誰かのため息が街の緊張感に紛れて消えていく。俺の耳に溶け込んでいく。

 俺たちはいつもと比べてひっそりと解散した。街の陰鬱な雰囲気が伝染したようだった。ちなみに同じマンションなのでエントランスで別れるまでは一緒だったが。





 俺たちの部屋は15階建てのマンションの10階に位置する部屋だ。4LDKに三人暮らしでちょうどいい広さ。適度にスペースがあり、例えば父親が帰って来れば、母親が帰って来れば、二人が生きていればきっと手狭になるだろう広さ。


 部屋に俺たちが入ると、一人の女性がソファーに寝そべってテレビを見ていた。仕事を休んでまで自堕落に過ごしたいらしい。その上には黒猫が寝そべっていて、同じようにテレビを眺めている。こちらもどうやら自堕落に過ごしているらしい。


「おかえり、彰、美咲。それにただいま。ハワイを存分に楽しんできたよ」


 帰ってきた俺たちに気付いた彼女は顔を上げて言う。


「空港どんな感じだったの?」

「空港?」

「ハワイのだよ。結構ずれたみたいだから待ったんだと思ってたんだけど」

「ああ、空港、空港か。防犯機材やら機体のチェックを行っていたと思うが。エアコンが利いて不快ではなかったね」


 どうにも、由利さんは、結城由利さんは反応が鈍い。時差ボケだろうか。首を捻って朧な記憶の奥から引っ張り出すように説明する。案外空港では寝ていたりしたのかもしれない。


「由利さん、お土産は? ハワイ土産!」


 美咲の言葉に由利さんは気怠そうに目を向ける。美咲の言葉に腹の上の黒猫のクロは顔を上げた。不機嫌そうにあくびをして、前足を伸ばし飛び下りた。フローリングの上を歩いていく先に見なれぬビニール袋があった。由利さんの視線とクロの軌道がビニールで交差した。


「ビールはなかっただろうか」


 由利さんがアルコールを所望したので、俺は冷蔵庫まで歩いて冷たい缶を放った。缶ビールは孤を描いて包帯の巻かれた手に収まった。俺の視線を感じたのだろうか、由利さんは口を湿らせるとゆっくり開いた。


「治安は良くはなかったよ。合衆国が手放してからは観光には向かなくなったね」


 そして再び黄金色の液体が喉に流し込まれた。ソファ-に身を沈めるとクロがしなやかに跳躍する。クロの視線は不快な音を立てるビニール袋を非難している。


 アルファベットの意味の分からない記号の羅列の刻印された袋から、同じように意味不明な説明書きが出現した。


 絵を見るにチョコレートらしい。色は黒、茶色、白といったいかにもな色ではなく、いかにも海の向こうらしい鮮やかなものだった。どうして食べ物にまでド派手な色を使うのだろう。ビニールやらコオロギが混入しても分かりやすいようにか。


「チョコレートだよ。二人とも嫌いじゃないだろう?」


 由利さんは両親と交友があったらしく後見人をしてくれている。法律的な手続きがしっかり取られているのかは聞いたことがないがきっと大丈夫なのだろう。十年程前に母親は失踪。それからしばらくして父親も追うようにして失踪した。


 美咲は両親のことはあまり覚えていない。美咲が両親のことを話すならば、優しい人たちだったと語るだろう。記憶がない上に両親とはそういうものだとイメージがついているからだ。きっとそうであって欲しいという希望が混ざっている。


 俺にはかろうじて記憶がある。両親が優しかったことを俺は否定しない。そして美咲の夢をことさらに傷つけようとは思わない。世の中には知らない方が良いことなんていくらでもあるのだ。


 だが母親のいなくなった後、追うように失踪した父親のことを否定することは、もちろんできる。恨んではいない。資産は大量に残してくれているし、由利さんに俺たちのことを頼んだのは他ならぬ父親だ。



 ソファーの上でゆっくり姿勢を正してあくびをする由利さん。黒猫のクロはその頭にしがみつく。クロの名前は安易だが別に俺のせいじゃない。俺に碌なネーミングセンスをくれなかった父親が悪い。


 ビールのプルタブを起こすカシャッと心地の良い音が響く。ちなみに二本目だ。その音というよりビールの匂いかなにかが嫌だったのか、不満そうな声を上げてクロがソファーを経由して床に降り立つ。


「これから仕事がある。少し出てくる。戸締り気をつけることだ」

「お気をつけ」


 覚束無い足で部屋を出ていく由利さんに美咲が声を掛ける。由利さんはその言葉に手をひらひらと振り見えなくなった。ビールを飲んで仕事とは自由な仕事だ。


「怪我ひっどいね~」


 美咲は心配そうに呟いた。そんなふうに思うのならば治療でもすればいいのに。もっとも由利さんも求めなかったことだし、口に出しはしない。


「ハワイって物騒なんだな」


 平和ボケした日本人には辛そうな土地だな、と確信する。俺は行くことはないだろう。別に英語が話せないだけなんだからね。言い訳になってないじゃないか。


「どこも物騒じゃん。日本だって分裂してんだし」


 全く、物騒な世の中だ。由利さんは兄妹に怪我の理由をチンピラに絡まれたと言っていた。もちろん俺たちは疑問に思っても否定はできない。俺たちの知る由利さんが単なる喧嘩で怪我をすることは想像し難いことだったのだ。


 その代表的なエピソードを思い出す前に、まず前提として由利さんは玄武学園で教師をしている。そして俺の担任教師でもある。つまりは俺は玄武学園の高等部に通っているのだが、俺が中等部の生徒であった頃のこと。



 俺が絡まれてノックアウトしたチンピラは、何と言うかとても典型的で前時代的で井の中の蛙とでも言うのか身近のものをとても過大に評価する、つまりは子どもだったわけだ。


 そんな彼は身近の年上のチンピラあるいは暴走族という、ヤクザにもなれないモラトリアムの申し子たちを連れて乗り込んできた。

 盗んだバイクで走り出し校舎の窓を割るのは自由だが、それなら義務を果たすべきというもので法律は彼らを取り締まろうと警察を送り込んだ。



 そこで問題をややこしくするのが美咲である。不肖の妹は何を思ったか、元は美咲がナンパされたのが原因だから責任を感じでもしたのだろう。そしてわざわざ彼らのところへ出向いた。もちろん警察が到着する前のことだ。



 人質となった美咲を由利さんは解放した。教師らしからぬ実力行使だった。確かに美咲は当時、やんごとなき事情を抱えていたから由利さんが過保護になっていたことは否めないが、それを差し引いても人間というのはこんな動きができるものかと俺は目を疑った。

 とまぁこんな具合。



 由利さんはさっき仕事と言ったが、教師の仕事ではない。多分、人間の限界に挑むような仕事なのだろう。俺も美咲も由利さんのもう一つの職業については聞いたことはなかった。公務員は副業ができなかった気もするが子供が気にしても仕方無いのだ。


 俺は由利さんが出ていって半開きになったドアを閉め、台所に向かう。今日の夕食の当番は俺だ。冷蔵庫を漁り食品を物色する。

 俺たち兄妹の家事スキルは高校生の平均よりは高いと思う。少なくとも低くはない。理由は説明するのが馬鹿らしいほどに当然のこと。必要だったからだ。

 買いだめしていたベーコンとほうれん草を炒め、適当に済ませることにする。どうせ由利さんもいない。それに美咲が金を浪費してくれたおかげで今後の出費が減りそうだ。『おかげ』というよりは『せい』でだけれど。


「あっそう、この間貸してくれたビデオ、今日見るから明日返すね」

「おう。あんまり遅くまで見るなよ」


 テーブルに料理を運ぶとテレビをつける。画面ではまだハイジャック、おっと墜落事件についての考察が続いていた。いつまでも飽きないものだと少し呆れる。というか飽きる。


 目の端をクロが通過する。がさがさとビニールを漁るような音がしてそちらに目を向ける。クロはごみ箱に顔を突っ込んで音を奏でているようだった。珍しいこともあったものだ。しっかりと躾けられた年寄り猫であるクロがそんな風に遊ぶのを見るのは初めてだった。


「クロ、あんまり散らかすなよ」


 食事時にわざわざゴミを眺める趣味もないから俺は目を反らす。クロと赤のコントラストが眩しく写ったのにも関わらず俺は注意を向けなかった。

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