02
放課後、電流を流されて気絶した俺と昴が復活すると、俺の最愛の妹、美咲を加えた四人はゲームセンターに向かっていた。最愛とは別にシスコン的な意味ではないことを明言しておく。単なる家族愛だ。
四人のグループは目立つ。別に他に四人組がいないわけではないが、俺以外の容姿が優れているのだ。
吉田佳奈は落ち着いて優しい印象と整った顔立ち。ボブカットがよく似合っている。
安倍昴は眼鏡が知的な雰囲気を、それでいてすっきりとした短髪が爽やかさも醸し出している。
滝峰美咲は地毛の茶髪を伸ばし、明るい表情で可愛らしい。ただ美咲に限れば白と黄色のブレスレットが通行人の一部の表情を歪ませている。
華やかな三人とに対し、俺は普通なのだろう。悪くはないが目立たない。要は良くはない。妹とは違い黒い髪。目付きが少し悪いと言われるが、相当苛立った不良が腹いせに絡もうと思う程度に生意気で迫力はない目をしているらしかった。
改めて言うが俺たちは、俺も含めて四人は目立つ。
俺は以前、旧態依然としたヤンキー様に絡まれた経験があるからだ。ヤンキーに絡まれて有名になるというのは、つまりとても気の利くパシリとなった時か、ヤンキーを何の因果か撃退してしまった時くらいのものだろう。それかヤンキーに犯罪の片棒を担がされた時も有名になれるかもしれない。
俺に向けられる視線は警戒と敵意そして少しの敬意だ。四捨五入しても好意的な感情ではない。残念なことに有能なパシリにはなれなかったようだ。まぁ何にせよ、視線は好意的感情が原料だとしても、迷惑なことに変わりはない。
俺は喧嘩をしたのだが、平凡な目付きの悪さは最初の原因ではなかった。最初は美咲の可愛さが原因だった。可愛さって罪なんですね。分かります。可愛さって罪作りですね。分かります。中学の時、有名だったモブが美咲をナンパして、俺が叩きのめしたのだ。何それ、俺超シスコンじゃん。
目的地はゲームセンター。アーケードの人通りが多い通りから路地に入ったところの店だ。アーケードは一種の商店街なので様々な店舗が立ち並ぶ。当然、ゲームセンターの一つや二つあるのだが、人の目をいたずらに引きたくはないので隠れるように路地裏の店の常連となっていた。
そこは静かだった。看板には『トランス』と書かれている。表面の塗装が剥げ、金属が錆びた様子が見える。傾いた看板は経営状況の悪さをそのまま表しているのではないか、と疑念を抱かせる。入口は薄暗く、音も微かにしか聞こえない。賑やか、うるさいと言い換えても語弊はないようなゲームセンターにおいて『トランス』は異彩を放っている。
隠されているような入口に足を踏みいれ、いくつかのドアを開ければようやくゲームセンターらしい電子音がまともに聞こえるようになった。それでも人の少なさのせいで賑やかさはない。隙間なく敷き詰められた音は不思議と互いに干渉せず、緩衝せず耳に不快感を与えない。
俺たちはいつものように散開する。ゲーム自体は最新式、店長の城とでも言うような店。人気ゲームを占領できるのがここの旨みの一つ。そして読書にも適しているらしかった。
俺たちの到着で店にはわずかな活気が生まれ、まどろみから覚醒へと移行したようだった。だが俺たちが一番乗りではなく、先着の彼は一人本を読んでいた。
チカチカと点滅し料金を請求するゲーム画面の前に座ってのんびりと本のページを捲っている。光っている画面に対して沈み込もうとでもするような真っ黒。仮にも室内だというのに黒いニット帽まで被り、靴下から靴。さらにはブックカバーまでもが黒。手と顔、手首の腕時計にブレスレット、真っ白なページだけが浮き出ているようだ。
少年は顔を上げた。手元のページがブックカバーに押しつぶされて輪郭をはっきりとさせる材料が減少する。
「よう」
仁というのが彼の名前だった。年は美咲と同じ。
「どうもっす、彰さん。ゴールデンウィーク前以来っすね」
となると丁度一週間会っていないわけだ。仁は本を傍らのバッグに仕舞うとゲームを操作した。タイトルが消えて対戦モードに変化する。
「ゴールデンウィークってお前関係あるのか? 学校行ってるのかよ」
俺がここに来るときは必ずと言っていいほど仁はここで会う。どうやら佳奈と親戚らしく、前に佳奈に怒られているのを見たことがある。ゲームセンターに入り浸る仁を心配していたのだろう。
「行ってるに決まってるじゃないっすか」
仁はさも当然といった口振りで答える。そして得意げに続けた。
「驚愕の真実を教えましょうか。なんと学校サボったの今まで二回しかないっす。しかも風邪だって伝えたんで出席日数的には病欠が二日増えただけっす」
仁の周囲には時々不良連中がたむろしている。もっとも気のいい連中で、学校に行っていないとか就職をしていないという点に目を瞑れば友人としては付き合える。
「大体っすよ、これがあるじゃないっすか」
仁は袖を捲り、腕の装飾品を見せつける。白に金色の線が入っている。
「監視社会の尖兵っすよ」
ひらひらと手を振る。コントローラーに触れもせず仁のキャラクターが決定される。その瞳は穏やかな黄金に発光している。俺はそれにならって手を振ると落胆を味わいながらコントローラーを操作した。
画面が変化し、カウントダウン。俺と仁のコントローラーは指先に合わせてキャラクターを操作する。
「それってGPSが付いてるんだっけ?」
「よく分からないんすよね」
コマンドを入力し、お互いのゲージを削りあう。それから第一ラウンド、第二ラウンドと接戦を繰り広げる。
それにしても仁が分からないというのは相当専門的な物品なのだろう。それか案外何も機械が入っていないか。
白熱したゲームを展開していると、どこか寂しさを感じた。周囲で好き勝手に野次を飛ばす連中が顔を見せていないからだ。ゴールデンウィーク明けだからだろうか。
「いつものメンバーがいないな」
「今、この島警備体制が厳重になってるみたいで、警察がうろうろしてるんで、ほら、あいつらあんなんですから」
あんなんと揶揄されると怒るだろうけど、実際あの連中は社会的には塵芥のように扱われるのだ。連中が嘆いていたからきっとそういうことだろう。それで無関係の事件では非難の目が向くのだから何とも言い難い。
「飛行機が落ちたんだっけ」
「事故かハイジャックか。ハイジャックの線が濃厚らしいっすね」
ニュースが最近騒いでいるのだ。ゴールデンウィークの終盤にハワイからの旅客機が墜落したとか。乗客のほとんどが事情の確認と精神的なショックと、様々な要因が相まって拘束されているらしい。奇跡的なことに死人は皆無。俺の愛すべき保護者もそれ関連のせいで帰宅が遅れたらしい。何が原因か分からない以上、その航路の予定が大分狂ったらしかった。
「ハイジャックだとすれば犯人は何が目的だったのか」
「大事なのはこんなブレスレット持ってるような人種じゃないとできないような壊れ方だったってことっすよ」
「もっと大事なのは、俺たちは別に関係ないってことだ。大手を振って歩けるだろうが」
「そしてここで重要なのは、外の人たちが悪役をここに押しつけようとしていることっす」
外とはこの彩華島の外。沖縄でいうところの内地。ちなみに彩華島も内地の一部ではある。
「むしろここでテロの一つや二つあった方が外の連中は嬉しいんじゃないか」
「大義名分ができたら、容赦なさそうっすね」
「外の奴らはお前らみたいなのが嫌いだからな。それについて聖人代表としてどう思いますか?」
アナウンサーのようにおどけて言う。だが内容自体は馬鹿にできるようなことだろうか。テロは戦争の一つの形態だ。己の主張を他の国に武力をもって知らしめるのだから。己の要求を武力を用いて実現させようとするのだから。戦争よりさらに質が悪いのはテロリストは国際法に従わない。
「彰さんこそこの島に住む、物好きな人類としてどう思いますか?」
仁も俺の口調を真似る。
俺は顔をしかめた。あまり意識的ではなかった。もともと人類と新人類という区分が嫌いなのだ。
目の前にいる友人と俺自身を何か異質のものだと定義付けようとするようだから。人の人格を見ることをしない学者の定義付けとすれば分かりやすく、実用的なのかもしれない。だがその名付けが、ただでさえ能力面で劣る人類の、新しいと銘打たれた人類に対する劣等感あるいは嫌悪感を増長させるのだろう。
「人は自分の見たいものしか見えないからな。ここに暮らせば意識も変わるのにな」
と俺は少しばかり格好の良さそうな発言をしてみる。
「なるほど彰さんは常に自分の妹の裸しか見えていないと」
仁は心底感心したように言う。俺はその感心の方向性に違和感を禁じえない。
「ごめん根拠が見えない。えっ俺変なこと言ったっけ」
画面の中で俺はハメ技に持ち込まれた。いつハメ技に持ちこまれただろう。妹の裸しか見てないから分からないわ。というか俺、妹の裸体に興味はない。
「根拠から目を反らすのはよくないっすよ」
「根拠が存在しないって言ってんだよ」
「現実から目を以下略」
「現実がそんざ……ごほん。いや現実の中にそんな根拠はない」
危うくとんでもないものを否定してしまいそうになった。背筋を冷たい汗が流れる。同時に再び勝負がついた。YOU LOSEと生意気な文字が浮かぶ。
「ところでなんで彰さんはただの人間なんすかね?」
仁はにやにやとした笑顔から一転、不思議そうに尋ねる。
「いきなり失礼な質問だな。そんなに俺を人にあらずな存在にしたいわけ?」
その言葉に仁はいいえと首を振る。そしてその表情も目に見えて暗いものとなる。
「なんで妹さんは人類じゃないのに、彰さんは人類なのかなって」
静かに問われたその質問は俺が予測していた範囲の質問だったが、それでも怒りが無くなるわけではなかった。その質問には不適当な言葉を使うことで明確な悪意が込められている。
画面内の俺は同じく画面内の仁を手も足も出ないように傷つけていく。もしここにゲームがなければ俺は仁をこれと同じように仁を殴り殺していたのだろうか。少なくともゲームで殴る以上のメリットはないだろう。
「美咲は俺と同じ人間だ」
俺も美咲も人類だ。枕詞に新旧と嫌がらせのような単語がついていても、俺と美咲はかけがえのない兄妹だ。
「当たり前ですよ。新人類は紛れもない人間です。コーカソイドとモンゴロイドとネグロイドとオーストラロイドが同じ人間なのと同じくらい当たり前な事実っす」
いつにもない真面目な声で仁は呟く。肌の色による人種差別は目の色による人種差別と同様に存在した。短くない白と黒の意識はまだ無くなっていない。目の色による差別がすぐすぐには終わらないと仁は言っているようだ。美咲のものとよく似た腕輪を嫌そうに仁は撫でた。
画面内で代理戦争が終わり、負けたキャラクターが勝利したキャラクターに賞賛の拍手を送っている。