谷
絶望しかない、相棒の頭が気が付いたら啄まれていたんだ。
だがまだだ、まだ嘴の間から相棒の、「キュイキュイ!!」と鳴く声が聴こえる! もしかしたらこの鳥は小動物と少々過激なスキンシップを取るのが好きなヤンチャな鳥かもしれない!
どうすることも出来ない俺は固唾を飲んで見つめていると……。
グチ、と相棒の体が嘴から放された、頭は無かった、俺の希望も無かった。救いは無いんですか……無いんですねクソッタレ、ジーザス!(おお、神よ!)
俺はその光景に内心で毒づきながら気絶した。
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気が付くと俺は木枝で出来たボウル状の巨大な巣いた、あの怪鳥はどこにもいない。
巣の下を見ると崖だった、下には底がない谷が見える。俺は考える。
どうせこの巣にいればいずれあの怪鳥に相棒のように頭を喰われて死ぬ。どう考えても奴に喰われるビジョンしか見えない。
どうせ死ぬならば恐ろしい鳥に喰われて死ぬより自殺の方がいい。死ぬのが早いか遅いかだけの違いだ。
迷わず俺は谷に飛び込んだ、さらば現世! いくぜあの世に! 相棒達にあの世で会ったら謝らなきゃな!
内臓が落下によりへんな感覚になる、気分はネズミの国のアトラクション、スプラッシュ山の最後の垂直落下の滝にコースター無しで落ちる気分だ。
あの心臓が鷲掴みされるような落下が永遠と続く気分だ、やっぱり大人しく鳥に喰われていればよかったァァア゛!
俺は絶叫系アトラクションは嫌いじゃないが乗ってから後悔するような奴だ、そんな臆病者にこんないつまでも続く浮遊感が耐えられるかァァア゛!!
長い! 思ったより長いぞ! さっさと落ちて死ぬもんだと思ったのになんだコノ谷! 深すぎないか!?
あれか!? 死ぬことが分かってるからやたらと思考が加速して体感速度が遅く感じてるとかなのか?
こんな思考加速とかマジやめろ! 死ぬならさっさと落ちて死なせてくれェェエ゛!!
落下の影響で体に勢いよく風が当たるがなんとか下に向くとなにか青白い光が見える、あれを見てると体中に寒気が走るんだが! 何なんだよあの光! ヤベェよ! ヤベェよ! なんか分んないけどあの光はヤベェ! あそこまで行ったらやばい!
しかし、無情にも凄まじい勢いで落下していく俺の体、少し前の死ぬ決意など最早ない。あの光に近付けば死ぬより恐ろしい目に合う、間違いないねクソッタレ!!
あぁ神様!仏様! 本当に存在するならどうか私をお助け下さい! 昔まで神や仏の存在に否定的だった俺だが今はみっともなく神や仏に助けを求める。
こんなに神や仏に祈るのはいつぶりだろうか。思い出すのは学生の頃、受験が迫る年始めに雪が降る寒いなか、人が大勢いる神社まで行きお祈りをしたものだ。そこで真剣に祈った後、何故か交通安全、家内安全、商売繁昌の御守りの二つの鈴(金と銀色に塗装され紅白の紐付きで鳴らすことができる)を購入、それから受験日まで毎日のように部屋の壁にピンで止めたそれを鳴らしていた、今思うと受験全然関係なくね? と感じるが志望校が受かったのでよしだ。
そんな都合のいい時だけお祈りをしているが、祈る時は全力で祈る。特に今回は命懸けの祈りだ、多分俺が今までしてきたお祈りの中でも最も念の籠った祈りだ! これで助からなければ万事休す、神はいないってことに他ならない。
俺が下には落ちるとともに、光がだんだんと大きくなってゆく、近付くとともに全身を凄まじい寒気が襲う。
ヤバい! ヤバい! ヤバい! ヤバい!! ダメだ、全身がブルブルと携帯のバイブレーションの如く震えやがる!!
光が! 光がア゛ァ゛ッ!!
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ドサッドサッ! バシッ! バシャッ! バキバキ! ドボン!
あたっ!? 冷た!? 何だ! 木!? 枝? 水!? 冷たいし息が出来ない! 呼吸を! 空気を! 酸素を!
光に飛び込むと、何故か大きな木があり、葉や枝に何度もぶつかり身体中が痛い、しかしお陰で落下の速度が押さえられて助かったと思ったら勢いよく冷たい水に飛び込んだらしい。どうなってんだこりゃなんでこんなとこに木が!? なんとか息を吸うため水面に上がり顔を出す、ゼーハー! ゼーハーッ!! 死ぬかと思った!!
水が目に染みて開けられない、目を閉じながら陸を探すべく手足を必死でバタバタさせる、俺は泳ぐのが得意じゃないんだよ!! っつ……!?
痛え、攣った! 足が攣った! 死ぬ、溺れ死ぬ! 口から水が入ってくる! 陸! 陸はどこだ!
俺が目を開けるとそこには何本もの巨大な木が伸びる水場だった、そして近くに土の地面がある。俺は必死にそこまで向かった。
陸に上がると俺は横にぐったりとして倒れた、疲れたし全身が痛い、体が冷たい、もうこのまま眠りたい。てか、寝よう、寝てもいいだろう? あんだけ酷い目にあったんだ、疲れもするさ。
俺は半ば気絶するように泥のような深い眠りについた。
ギ~コ、ギ~コ、たっぷん、たっぷん。
木の香りがする、目を覚ますと船に乗っていた、木造の小舟だ。誰かが船の先でこの船を漕いでいる、ゆっくりと腕を動かす人物後姿は朧げでよく見えない、船から顔を出すと空には赤い夕焼けが昇り、周りはどこまでも続くような真っ赤な浅瀬だ、水面を覗き込む、暗い……、どこまでもひたすら暗い、それほどまで水面には何一つ映らない、俺の顔も、空の夕焼けの光さえも映さない。なのに浅瀬の底は見える、不思議だ。
ここはどこだ? なんでこんなところに……? さっきまで疲れて寝転がってたハズじゃ? 俺は少しの間思案していると、なにやら手に重みがあった。見ると俺の左手の肌色の掌には丸い貨幣が六枚握られていた、……昔のお金か? 貨幣には四方に寛永通宝と読める漢字が描かれている。
いつの間にこんなものを? なんでこんなものを持ってるんだ? 俺は船を漕いでいる人物に話しかけた。
「オイあんた、ここは一体どこなんだ? 」
すると船を漕ぐ人物は俺に手を突き出してきた。
なんだ!? 手を俺の左手に向けて指し示す。どうやら俺の持つ六文銭を指し示しているようだ。
「これか?」
俺の掌の上の六文銭をそいつに向けて差し出した。すると六文銭を握りこんで受け取ったその人物は再び船を手に持つ一本の櫂で漕ぎ始める。
「いや……だからここはどこなんだよ! 答えろよ!!」
ちゃんと渡したのに無視して漕ぎ出したよこの人……、俺はもう一度さっきと同じ質問をする。しかし船主は答えずに船をこぎ続ける。無視すんなや。
俺は船主に近づいて肩を掴む、すると……。