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僕は辿る  作者: 沖ノ灯
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ノースノームの店2.

ビードを突いて画像を見せた。

すぐに簡易メールで "画像の人物発見、ノースノームの店の店員" と送った。

ボスに電話して、小声で聞いててください、と言った。

通話にしていれば、全ての通話は勝手に録音される。

さすがにビードは冷静に、トニー・ブレッグマンの顔写真を見せて

「この男性が半年くらい前に、こちらの店で商品を何点か購入してるようなんですが、ご存じないですか?」

写真を女性は見て、しばらく黙っていたが、

「昨日わたしがトニーの家に行ったから、あなたがたは来たのでしょう?」

ビードは首を振ると

「トニー・ブレッグマンが亡くなったのは知ってましたか?」

ビードと僕の顔を見て

「先週の土曜日、トニーと一緒にトレッキングに行く約束をしていたの。」

当然、その約束は守られなかった。

「はじめはバカにされたんだと思って怒ってた。

でもトニーはそんな人じゃない。

だから、きっと何かあったんだろうと思った。」

彼女の名前はクレア・マンデビル。

ずっとこの店を任されて働いている。

トニー・ブレッグマンとは長年顔なじみだったが、去年店の隅で簡単な食事をできるカフェをオープンして話すようになり、先週の土曜日に、はじめて二人でトレッキングする予定にしていたらしい。

オフシーズンだから土曜でも、ほとんどお客さんは来ない店で、彼女はずっと待ってた。

僕が

「昨日、大家さんに部屋に案内してもらいましたよね。」

「本当はいけない事だとわかっていたけど、連絡の手段がなくて前に商品が入荷した時のお知らせ用に書いてもらってた住所に行ってみたんです。

トニーの名前を出したら、家族か?と聞かれて、とっさに姉だと嘘をついてしまいました。」

涙が頬をつたいはじめた。

「すぐ部屋に案内してくれて、ドアを開けて部屋に入った時に、あんなむごい殺され方してって聞かされて…」

クレアはカウンターに突っ伏して声をあげて泣き始めた。

ビードがレジの横に立ててあるティッシュペーパーを立て続けに出してクレアに渡した。

しばらく話しは聞けないね。



僕は店のドアの外に出ると、ボスに話しかけた。

「こんな状況です。」

ボスが、

「落ち着くのを待って、詳しく話を聞くんだ。どんなささいな事でもいいから聞き出せ。」

「わかりました。」

通話を切った。

泣いてる女性は苦手だ。

外の冷えた空気を吸った。


店に戻ると、カウンターにいた二人が消えている。

ビードの

「こっちだ。」

声の方を見ると、さっきの話のカフェコーナーの椅子にビードは座ってる。

僕は近づいて、小声で

「クレアさんはどこ行ったの?」

ビードは自分の胃の辺りを触りながら

「すげー音で腹がなっちまってさ。ハハハハ。」

泣いてたクレアさんが驚いて泣きやんだらしい。

「なんか食べる物ありますかね、って聞いたら作ってくれるって。」

狭いキッチンスペースらしき通路からコーヒーの香りが漂ってきた。

目元が赤いクレアさんが、トレーに深い皿を載せて持ってきた。

「休みの日には物好きなお客さんが来るけど、今日は大して用意してなくて、こんなものくらいしかないわ。」

どうぞと僕の前にもトマトスープが出された。

ビードが

「おっ?ミネストローネ。」

クレアさんが恥ずかしそうに

「ひよこ豆のポークビーンズにパスタも入れてあるの。」

そう言うと、またキッチンに戻っていく。

こんなものしかと言っていたのに、薄切りビーフ肉のグレービーソースに温かい野菜添えのプレート、温めたバゲットが大きくカットして木の板とパン切りナイフごと運ばれてきた。

「スープとバゲットはまだあるから、おかわりどうぞ。」

ビードが喜んで食べているのを、クレアさんはテーブルに置いたコーヒーのマグを両手で包むようにして見てる。

食器に何も乗ってなかったように僕らは食べ終わった。

するとテーブルを片付けて、食後にブルーベリーのキッシュとコーヒーを持ってきてくれた。

僕は一体いくらなのか心配になってきて、

「これはいつものメニューなんですか?」

クレアさんは申し訳なさそうに

「これじゃお腹一杯にはならないわよね。

いつもは7ドルで、チーズのサラダがつくの。」

ビードが

「近けりゃ毎日でも食べにくるよ。」

心底残念そうだった。

訓練所の食事も悪くはないけど、クレアさんの料理のほうが旨い。

ビードがケーキの最後の一切れを名残惜しそうに口に入れて、コーヒーを満足そうに飲むと

「あーうまかった。

クレアさんには悪いけど、俺達に仕事させてくれるかい?」

ちょっと微笑んだクレアさんは返事をして表情が固くなった。


「トニー・ブレッグマンさんが親しくしてた人とか、何か聞いてませんか?」

僕が切りだすと

「はじめの頃から来店はいつも一人でした。

去年いろんな話をするようになって、打ち明けてくれたんだけど。」

クレアさんは思い出すように、ゆっくり話しはじめた。

トニー・ブレッグマンが10歳の時に、移動遊園地に遊びに行き、たまたま見つけた占い師に一緒にいった仲間で占ったもらう事になったらしい。

みんな、どんな大人になるのか聞いていった。

一人はお金に困らないだろうと言われて、今は銀行に勤めてる。

一人は、大勢に囲まれて生きていくと言われて、牧場で夫と夫の両親と、5人の子供のお母さんになっている。

そしてトニー・ブレッグマンの番になり、それまで笑顔で答えていた占い師は急に悲しそうな表情になった。

何も見えないと言われて、他の遊具に遊びに行ったが、何日かして移動遊園地が終わり片付けをしてる時に気になって戻って行った。

そこで占い師を見つけて、何が見えたのか教えてほしいと頼んだ。

彼女は

「わたしは今まで外れた事がないんだ。

それが見えたのは、おまえで5人目。

いいかい、おまえは30歳で死んでしまう。

親孝行して、毎日を大切に生きるんだよ、わかったかい?」

今、僕の年でそんな事を言われてもショックだ。

小さいトニーは、どんな気持ちだったろう。

ビードが

「トニー・ブレッグマンは今年で33歳だったろ。当たらなかったんだよ。ペテン師さ。」

クレアさんが

「そうトニーも言ってたわ。

父親が17歳の時、20歳の時に母親を亡くして、すごく悲しかったから、残りの人生は人と深く関わらないように生きようって決めたんですって。

それでも30歳の誕生日になった。

そこから一年間生きた心地はしなかったけど、夜中に時計が12時を回って31歳になった瞬間、一人で大笑いしたそうよ。」

だからといって急に友達を作るなんて簡単にはできなかった。

「俺なら占い師を探し出して傷めつけてやる。」

ビードは腹を立てていた。

それじゃいつも一人でトレッキングしてたのか。

僕が

「トレッキング仲間も、いなかったんですか?」

クレアさんは遠くを見るように

「子供の頃にお父さんとトレッキングをするようになって、休みの度にいろんなルートを歩いていったって。

亡くなってからしばらくしてなかったけど、森の中を歩いているとお父さんと一緒にいられるような気持ちになれたって話してたわ。」

ビードが

「どの辺りを歩いていたのか。

あっそうだ、約束してた日は、どこに行くとか話してませんでしたか?」

クレアさんの瞳がうるんでくるのが少し離れていても見えた。

「場所は教えてくれなかったの。

誰も知らない場所って言ってたわ。

とびきりの場所に案内してくれるって。」

僕は

「とびきりの場所?」

クレアさんが目を閉じると、また涙がこぼれおちた。

「ええ、そう地下にある、とびきりの場所って…」


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