トニーのアパート
車をビルの来客用の駐車場に置いてビードと僕はトニー・ブレッグマンの住んでいたアパートの4階の部屋についた。
事前に連絡していた大家さんが玄関ポーチで待っていてくれて、部屋の鍵を渡してくれた。
「昨日だったかな、トニーのお姉さんが来たんだけど、部屋に入ってすぐ泣きだしちゃってさ。
また来るって言ってたけど来月の家賃どうすんだろうな。」
ビードがすかさず、
「業者に荷物まとめさせて請求書出して終わりですよ。」
僕は
「トニー・ブレッグマンさんは、趣味とかなかったですか?」
「知らんな。監視しないのがワシの主義なんだよ。
それが長年入居者が減らない理由だったんだがな。」
大家さんは一階の自分の部屋にいるから帰りに寄ってくれとだけ言って庭の水やりを始めた。
在宅している人に順番に聞いて回ったけど、どの人からも情報は出てこなかった。
よくて挨拶程度で、顔写真を見せても、覚えてない人もいた。
ビードが部屋の鍵を外しながら、
「俺も一人暮らしだから気ィつけなきゃな。」
もしかしたら何が出るかもしれないから、一応手袋をした。
それにしても、誰とも関わりもたずに生きていけるものだろうか。
部屋はわりと広い2DK。
入口のドアから入ってすぐ広いリビングで角部屋だから採光がいい。
男一人暮らしとは思えない整頓ぶりだった。
ビードが
「俺、この状態なら今日からでも暮らせそう。」
と言いながらヘヘッと笑った。
僕も
「ずいぶん綺麗好きだなぁ。何かあればいいけど。」
綺麗好きだと何も残ってない場合がある。
使いこんだ机もお決まりのペン立てや辞書が並んでる程度だ。
僕が
「あれっパソコンないの?」
と言うとビードが
「ほらスマホで足りるだろ、職場では使ってたみたいだけど、中身は仕事以外なんにも残ってないってさ。」
冷蔵庫もビール缶と飲み物が少し、キッチンは湯を沸かすくらいしか使ってないのか調味料が無い。
洗面所も歯ブラシ、マウスウォッシュ、アスピリンとシェーバー、クリーム、石鹸、シャンプーリンス、万能の洗剤液。
ビードが
「はぁーなんだこりゃ。」
僕は心の中で死ぬのがわかってたみたいと思った。
ビードは僕の顔をのぞきこんで、
「暗い顔してるな、多分同じ事思ったよ。」
えっ?僕は自分の頬を触りながら、
「不謹慎だけど、死ぬのがわかってたみたいって思ったんだ。」
ビードが
「ゴミ箱見るとさ、古本屋の買い取りのレシートがあるんだ。」
「ほんとだ、不用品を処分してたのか。
食事とか、どうしてたんだろう。」
もし僕が来月死ぬって知ったとして、誰とも仲良くしないなんてありえない。
最後の日まで、きっとやりたい事を好きなだけしようとあがくだろう。
不用品を処分する時って、引っ越しする時でもある。
それならダンボール箱がないとダメか。
リビング隣のベッドルームも整えたばかりようにシーツが丁寧に折りたたんである。
ソファにジャケットが無造作に掛けられている事だけが人が生活してる気配をさせていた。
「なぁギンゴ、未来予知とかの魔法はないの?」
ニヤニヤしてる。
「そんなものはないよ。」
一人を除いては。
だけどそんなレア情報をビードに言う必要はない。
ミカエラの事を全部話さなくちゃならなくなる。
僕は続けた。
「だけど、便利な魔法は他にもあるよ。
ごめん、このジャケット触るけど、様子見ててくれる?」
ビードがうなづいたのを見てから僕はトニー・ブレッグマンのジャケットに触れて目を閉じた。
人の顔が、いくつかおぼろげに見える。
この匂いは何だ?
木?苔か?いやもっと深い森?
黙ったまま目を閉じてる僕にビードが
「おい、大丈夫か?」
僕は目を開けた。案外平気だった。
直接ジャケットを嗅いでも同じ匂いはしない。
「トニー・ブレッグマンて車持ってないの?」
「ポケットは?」
ビードに聞かれてポケットを探ると車の鍵が出てきた。
車の鍵を握りしめて、さっきの駐車場に向かって僕は走りだした。
後ろでビードが
「おい、ちょ待てって。」
玄関ポーチに大家さんの姿はなかった。
駐車場について、遠隔のドアロックを外すと街中には珍しいピックアップトラックが止まっている。
ナビがあってくれと願ってドアに近づいたが、車内も部屋同様に何もない。
ドアを開けて懐中電灯で照らしているとビードがやっと来た。
「これ忘れてどうするんだよ。」
証拠用の備品バッグを持っている。
「悪かった、ナビがあるかと思ってたんだけど。」
ビードが
「普通はこっちから開けるんじゃないか?鍵貸してくれ。」
僕が車の鍵を渡すとビードはピックアップトラックの後部の荷台を鍵を使って開いた。
確かに荷台のフタカバーがついてるのは珍しい。
ビードが
「ビンゴ!」
荷台に荷物が詰まったリュックとトレッキングシューズが置いてあった。
状況報告がてらボスに連絡すると既にリュックもトレッキングシューズも地元警察が確認していた。
という事は、何かの発見はなかったんだろう。
それでも僕達なら、別な視点から何か得られるかもしれない。
押収して戻る事にした。