アシーンナ4.
僕は真っ黒な波が渦巻く海で上半身だけ出して浮かんでる。
空は紫色に毒々しく流れる雲が覆い、時々雷が光ってる。
ここどこだよ?
海みたいだけど、全然質量が違って、重い。
胸がしめつけられるように苦しい。
波が荒くて、僕は波間に激しく揺さぶられる。
なんだこの感じ?
黒い海水に浸かってる胸が、悲しいような、一人ぼっちの孤独の寂しさを感じさせる。
寂しくも悲しくもないのに?
絡みついてくるような感情渦巻く波にもまれて、僕はノドがヒリヒリするほど叫んだ。
嫌だ、こんな所にいたくない。
キロエ!
シータ!
助けてっ!
何度も叫び声をあげてたら、とんでもない高さの真っ黒の波が襲ってきて、僕は海中に沈んだ。
重い。
苦しい。
嫌だ。
誰か助けて。
深みから低い声が響いてくる。
誰も助けに来る事はない。
あの人は帰らない。
もう二度と会えはしない。
優しい言葉も、抱きしめてくれることもない。
だから全部この手で。
これは、アシーンナ?
そう思った所で意識が途絶えた。
時計のようなカチカチという音で、ふと目を開けた。
僕は壁にもたれかかっていた。
いつの間に泣いたのか。
涙で周りは、よく見えない。
小さな部屋で、机や棚があり、雑然と紙の束が置かれてる。
窓はあるけど、やっと文字が書いてあるのが見える程度だ。
目をこすると、机にアシーンナ様がいて、ペンで何かを描いている。
何かに取りつかれたように、一枚描き終わると次、また次にと休みなしだ。
ぼうっと人影が表れると、それは宰相のモーリオだった。
アシーンナ様が描いた紙を確認しながら重ねていく。
モーリオが食べ物をのせたトレーを持って横に立っても、アシーンナ様は一心不乱に机に向かい続けていた。
部屋の中が奇妙にゆがみ、渦を巻き、僕も吸い込まれた。
ひんやりした石の感触で意識を取り戻した。
戻ってきたのかと喜んだのもつかの間、淡い期待だったと知る。
話し声で床から起き上がると、豪華な部屋の大きな机にアシーンナ様は座っている。
机の横には金でできた等身大の立派な像がある。
もしかして、これがアイガートマフ様なのかな。
宰相のモーリオが扉を開けて部屋に入り、アシーンナ様にうやうやしく身体を屈めて挨拶してる。
アシーンナ様は、椅子から降りて、宰相のモーリオに文字が書かれた書面を渡した。
モーリオを書面を読み進めて、両手を震わせている。
何が書かれているんだろう。
モーリオはうつむいて、そのまま後ずさって部屋を出ていった。
扉がしまると、アシーンナ様は身体を腰から折り曲げて、膝を掴んで震えている。
僕の中にまた、どうしようもない悲しみの感情がなだれ込んでくる。
これは優秀な者をアシーンナ様の元に呼び寄せる通達だ。
なんでこんなに後悔してるのに、やめなかったんだ。
泣き声をあげながら、アシーンナ様はアイガートマフ様の像に、すがりついている。
ひとしきり泣いた後で、フラフラとアシーンナ様は立ち上がり寒気がするような笑い顔になった。
激しすぎる感情に心が壊れて、冷静に判断すらできなくなってたんだ。
そしてアシーンナ様は机に向かうと、小さな魔方陣を起動した。
小さな天体が机の上に見事に再現された。
おそらくアイガー星だろう。
どこからか取りだした、僕を襲った時の石を握りしめると、天体めがけ魔方陣を机ごと突き刺した。
もうアイガー星の虚像は消えているのに、何度も何度も突き立てている。
僕は見ていられなくて、両手で目と顔を覆い、身体を縮めた。
お願いだから、もうこの過去見を見せないでくれ。
この後の事を考えると、ゾッとする。
僕まで狂ってしまいそうだ。
胃がむかむかして、吐きそうになって、えずいた。
咳き込んで血のような味が口に中に広がる。
体中が濡れたように汗をかいてる。
もうここにはいたくない。
また涙がこぼれて、寒気がして震えた。
その時、頬に暖かい何かが触れた。
名前を呼ばれた気がして、誰かに包まれるように抱かれた。
誰?
石の壁が淡く光りはじめて、僕は光に包まれた。




