始動2.
食後にコーヒーが出されるとヤナギは断って、眠る身支度をし始めた。
二人だけになるとアミグ総括は声を低くして、
「ギンゴ、またキロエと会ったのだな。」
「はい、おそらく知らない間に追跡の魔方陣を仕掛けられていたんだと思います。
キロエを利用したつもりは無いですが、不可抗力と言えるかどうかも、わかりません。」
シーブルーでミカエラは助けられた。
アミグ総括はスコッチを係員に頼むと
「不可抗力でいいんだ。
あの後、金の者が一人殺されて、もう一人は行くえ不明だ。」
そうか、だから査問委員会があれほど厳重な体制がとられていたのか。
殺されたのはザイアムを擁護していた金の者なんだろうか。
「本来なら査問委員会は金の者が同席しなければ無効だが背に腹は代えられん。
金の者といえども命は惜しい。
まぁ始まる前から身の潔白は証明されていたがな。」
「どういう事ですか?」
「金の16号が動いている時点で不問のはずだった。」
僕は笑えてくるのを押さえられなかった。
イタリアに発つ時に、そこまで大事になるなんて思っていなかった。
兄さんは、全て知った上で戻ってきたって事ですか。
「そんな身びいきがまかり通っていいんですか?」
金の総意って一体何なんだ。
まるで仲良しこよしの友達じゃないか。
「どう見ても有能なコマを闇に落とすバカはいないのだよ。」
本当に有能なら、わざわざエサになりはしない。
この際だから、聞ける所まで聞いてやろう。
「ザイアムがキロエに殺されなければ、あのまま見逃すつもりだったのですか?」
「動向は逐次把握されていた。あの時点で消されるとは予期しなかっただけだ。」
消される?
「これは、わたしですら把握できていない領域なのだよ。
おそらくキロエは金の者の誰かが動かしている。
それをキロエ自身が知っているかどうかは知らんがね。」
「それじゃ一人殺されて、一人行くえ不明も。」
「おそらく金の者の誰かが裏で手を回しているはずだ。
自浄作用とでも言うべきか。」
「明らかな罪人なら、表に引きずり出して、民衆の前で裁けないのですか?」
「ギンゴは日本にいたのだな。
民主主義とは、自由ですばらしいものだ。
法で統治し、法で裁かれる。曇りがない青空のようだ。」
「僕も、三国連合が民主主義の国になれれば良いと思います。」
アミグ総括は小さな窓から外を見た。
雲の上に月明かりが当たっている。
「魔法は両刃の剣だ。正しくも働き、悪くも働く。
今のままでは、どんな罪人も法で裁く事は不可能なんだよ。」
「刑務所もあるし、せめて牢屋に入れるだけでも、できそうなのに。」
「刑務所に行った事があるか?あんなものは名ばかりのただの箱だ。
死体が出なければ生きている。
生かされているのにも理由がある。
明らかに罪がある者に自由を与えるほど、この国は甘くはない。
力とは、そういうものだ。」
僕は何も言えずにいた。
魔力は恩恵をもたらしてくれるけど、平等ではない。
しかも一旦悪用されれば、救いもない。
いっそ無くなってしまえばいいのに。
「そろそろ眠ったほうがいいだろう。
それとも他に聞きたい事があるか?
なければ事務仕事をしなくてはならんのでな。」
空中に何かを書くマネをしてる。
「引きとめて、申し訳ありませんでした。」
「期待している。
たった一人加わるだけでも、チームが変わるところを見せ付けてやれ。」
「努力します。」
アミグ総括は立ちあがり、僕の肩に手を置くと、仕切りのある前方に進んでいった。
この国は、まるで霧の中にいるようだと思った。
明るくても目的の方向すらわからない。
その場に立ちすくんでいるだけだ。
かろうじて足元が見えるだけで、行きたい場所には動けない。
やみくもに進めば、崖から落ちてしまうかもしれない。
僕は、ホテルのような広い洗面所で顔を洗った。
遠くは見えない。
なら、目の前の事からやるしかない。