あがる1.
先程の部屋に戻ると、うなだれた市長と孫のおそらく女の子が、長椅子に座っていた。
シータが野太い声で、
「フワッ!人ぉ!?動いてるよねぇ?」
女の子が市長の後ろに飛びのいた。
僕なら、もっと距離をとる。
「ねぇ、なんなのこれ?どーいう事ぉ、ちょっと誰か教えてよぉ。」
今度はカン高い。どっちが地声なんだ?
ヤナギが説明してる。
キロエが静かに
「驚かせて悪いな。
市長、予想できねぇから助っ人呼んだんだ。
それとこれだけの事をさせるんだから、交換条件を出させてもらいたい。」
市長は助っ人という言葉を聞いて納得したようで
「この新しい方も、すばらしい魔力をお持ちだ。
何と交換?我々アイガー星の住民以外の事なら。
しかしあなた方が欲しいようなものはあるだろうか。」
キロエは
「やれるだけの事はするが、もしこの中の誰かが傷つくような事態になれば逃げる。
それと上手くいったら、アイガートマフ様の作られた魔方陣の教典が欲しい。」
市長と孫娘が驚いて、さらに孫娘が市長に何か言っている。
僕が持っていたとしても、きっと渡さないだろう。
市長は孫娘に微笑んだ。そしてキロエに向かって、
「いいだろう。
それだけのお願いを、わたし、いや国中の民の代りにしていただくのだから、我らの至宝をお渡ししよう。」
キエロが小さい声で
「みんな覚悟しろよ。どうやら手抜きで戦える相手じゃないらしい。」
試したのか?
確かに、簡単に倒せるなら、大切な魔方陣の集大成は渡さない。
市長が少し待ってくれと言って席を立った。
椅子の後ろに立っている孫娘が
「本当にアシーンナ様を倒してくれるの?」
キロエが、
「ああ交換条件を飲んでくれるんだ。倒しに行く。」
孫娘はそれを聞いて黙ってしまった。
僕は
「すごく上手に話せるね。市長から習ったの?」
孫娘は
「わたしも、おじいちゃんと同じ長命だから、もしおじいちゃんが亡くなったら、話せる者がいなくてはならないって言われたの。
でも、あなた方がアシーンナ様を倒してくれるなら、もう必要ないね。」
そんな途方もない話しはない。
僕たちがあの装置を壊して来なかったという未来だってあるはずだ。
僕は
「待たなくても、君たちの中からでも強い人がいれば、倒せる。そうだよね?」
「おじいちゃんがすばらしい魔力の持ち主なんて言うの、わたしは初めて聞いたわ。
アシーンナ様は伝説の魔術師の一人で、その技はアイガートマフ様も凌ぐ方。
私たちで倒すなんて、この先も。」
その素晴らしい魔力の持ち主のシータは窓から外を見て時々何か言ってる。
アシーンナの技ってなんだろう。
市長が分厚い紙の束を二つ持ってきた。
「こちらが原本で、こちらがわたしが写したものだ。
書き間違ってはいないはずだが、確認してくれ。」
キエロがざっと目を通していたが
「この文字が読めない事には、何がなんだか。」
僕が
「それなら市長に訳してもらって、隅に書きこんだらいいんじゃない?」
キロエが振り向いて、
「ヤナギ、頼めるか?」
ヤナギは了解してる。
僕と話す時と全然表情が違う。
市長が
「魔方陣で城へ全員飛んでいくが、すぐには到着しないので、道中やりながら行くとしよう。」
孫娘が
「わたしも行きたい。」
市長は
「城の外までだよ、パティナ。あなた方の邪魔はさせませんから。」
部屋の外で待っていた何人かの住民に市長は何かを話している。
すると僕たちに向かって地面にしゃがみ込み、両手を伸ばして深くおじぎした。
市長が
「みんな感謝しているのです。」
キロエは
「やめさせてくれ。
俺達、自分が死ぬともなれば確実に逃げるから。」
市長が
「それでも何もしないよりましです。私たちには、もうどうする事もできない。
せめて取り巻きが、改心してくれたら、それだけで充分です。」
外を見ていたシータが
「ねぇお日様が昇ってきたよぉ。
きれいだねぇ。」
誰にともなく、つぶやいていた。
時間の感覚が地球より、かなり早い。
どうやら、市長と周りの住民は僕たちとのやりとりで眠れなかったようだ。
市長の邸宅を出て、飛行の魔方陣を張るための広い場所に向かった。
朝早い時間なのに、市長がいるせいか住民が集まって着いてくる。
その度に市長が住民を前に何か説明すると、さっきのおじきが始まった。
その頃にはシータも、ここがどこなのか理解していた。
僕が重圧を感じているのに、シータは楽しそうだ。
キロエに
「シータは戦いの前なのに楽しそうだ。」
「ああ、こいつは逃げの切り札だからな。絶対に死ぬ事はない。」
逃げの切り札?
「どんな術使うんだ?」
「さっきも見てたろ。
任意の場所に自分と指定の何かを瞬時に移動させる術だ。」
そう言うと、金属プレートの小さい魔方陣をポケットから出した。
「これがある場所に、シータは選んで飛べる。
だからドゥーナンに聞いてもらって、すぐシータは俺の所に飛んだ来たんだ。」
「そうか、アシーンナ様との戦いで不利だと思えば。」
「シータに飛んでもらえばいい。
後、空の穴に異変が起きた時も、同じだ。」
僕の気持は少し楽になったけど、どうにかして決着つけたい思いのほうが強かった。
広い場所に着いた。
まさかと思ったけど、市長がそこらに落ちていた木の棒で魔方陣を描きはじめた。
手慣れてる。早い。
「この大きさなら全員ゆったり乗れる。
さてと、全員魔力はあるな。
それでは手をつけて魔力を込めるのだ。」
市長も地面の魔方陣に手をあてた。
描かれた線が光り、浮きあがった。
「今だ。乗れ、乗れっ!」
全員が飛び乗ると、地面から1メートルほどの高さにフワリと浮いた。
「魔力を少しでも入れていれば、絶対にこの中から落ちたりしない。
たとえひっくり返ったとしてもだ。」
小さな歯をみせて、はじめて市長が笑った。
市長はヤナギと魔方陣の教典の対訳があるから、孫娘のパティナが魔方陣の操作をする。
操作と言っても、行きたい方向に念じるだけで動く。
魔方陣は地面から、ゆっくりと離れ、西のアシーンナ様の城に向かって飛んだ。
市長とヤナギは魔方陣の教典でやりとりしていたが急にキロエに向かって
「わたし一人でアシーンナ様の討伐をお願いしたが、一応各地の長に伝令は飛ばしました。
彼らも同様に魔方陣で飛んでくるので、城の手前で合流します。」
目を閉じて座りこんでいたキロエが
「変更はない自信がありそうだな。」
市長を見て少し笑った。
「反対するものはいない。
住民の様子を見ていれば、遅いくらいです。」
キロエは
「城がどうやって造られていったのかを詳しく知っている人がいると助かるんだがな。」
市長はそれを聞いて、
「いえ、造成に関わった者は全員殺されています。
それも、つい最近知りました。
アシーンナ様のお考えはわかりません。」
キロエは
「なるほど。
そこまでして隠したか。
暴いてやろうじゃないか。」
そう言って、また目を閉じた。




