始動1.
日本に着いた。
警察庁にほど近い銀の支部にいる。
3カ月の訓練の後、指示書の辞令で呼ばれた。
小さい会議室で豪華なソファに座っていると日本人の若い男が一人入ってきた。
「失礼します。」
銀のフレームのメガネをした、切れ長の目が僕を捉えた。
「はじめまして、わたしはヤナギだ。よろしく。」
20代前半ってとこだろう。
ちょっと長めの髪で少し横を向くだけで表情が見えない。
挨拶はしたものの、これは何の集まりなんだ?
質問攻めにしたいのを耐えて、黙って座っていた。
僕と同じ立場なら、何も聞かされてはいないはずだ。
しばらく二人で無言のまま待っているとドアが開き、アミグ総括が入ってきた。
「二人とも、久しぶりだな。まぁ元気そうだ。」
僕とヤナギは立ちあがって挨拶した。
「ここで話していてもいいんだが、向かう機内で説明するほうが時間は無駄にしない。
日本を発つが、心残りは無いか?」
指示書に一週間程度の旅を予定とあったので、特に問題はない。
アミグ総括は特別車に一人乗り、僕とヤナギは二人で次の車に乗せられた。
秋の日没は早くて、街のネオンばかり明るい。
「どこに行かされるんだか。ギンゴは、こういうパターン多いの?」
「有無を言わせずって意味なら、毎回ですね。」
ヤナギは、クスッと笑うとそうかと言った。
魔術師をイメージしたら、こんな風貌だろう。
色が白くて背が高く痩せて、落ち着いている。
空港に着いても、車から降りず、関係者専用と書かれた通用門を入った。
そのまま滑走路の横を走り、並んだ格納庫の一つに入って行った。
手荷物検査もない。
思ったより小さい飛行機だ。
他の乗客は誰もいない。
整備の人が車が近づくと離れていき、入れ違いに操縦士の二人と係員が二人来た。
車から降りるとアミグ総括が笑顔で
「わたし、いや我々の、と言うべきだな。ビジネスジェットだ。乗り心地も悪くないぞ。」
一体どこから、そんなお金が。
銀の者のトップだから、世界中飛びまわってるんだろうけど、こんなの買って維持できる余裕あるのか。
機内は、ホテルのラウンジみたいにゴージャスだった。
何度か旅客機に乗ったことはあるけど、こんなフカフカのシートは初めてだ。
きっと、速攻で寝れる。
キャビンクルーの女性がいない。
アミグ総括が荷物を上のロッカーに詰めながら、
「飲み物はセルフサービスだ。シートベルトサインが消えたら好きなものを飲んでいい。」
特に機長のアナウンスも無い。
一万フィートを越えたのかシートベルトのサインが音とともに消えた。
するとアミグ総括が壁のボタンを操作してテーブルを囲むようにシートの位置を動かした。
「まずはこれを見てくれ。」
アミグ総括はノートパソコンを取り出すと、動画を再生した。
監視カメラなのか画像が粗い。
夜間の通用口を定点撮影してる。
「宝飾店の通用口だ。普通は泥棒か、店主が望まない時間に店員が出勤した程度しか映らない。」
「そんな店員はいらないな。」
ヤナギがクスッと笑う。
「ここだ。」
一人の男が何かから逃げて走ってくる。
モヤッとした黒い霧の中から、いくつかの小さく光る爪のような小さな刃先にも見える筋が見えた。
次の瞬間、男は着ていた服もろともズタズタに切り裂かれ倒れた。
音はないから叫び声は聞こえない。
「ひどい。」
僕が思わず口にするとヤナギは
「画像が粗くて良かった。」
アミグ総括はノートパソコンの動画の窓を消すと、アメリカ合衆国の地図を出した。
北東部を大きく出した。
「確認されているだけで、これだけ同様の事件が起きている。」
地図に赤い丸が8個あった。
「全部で8人ですか?でも、この一年以内?」
僕にアミグ総括はうなづいた。
「この辺りはクマや、稀にオオカミが出没する地域で、事件扱いにはされにくい。」
ヤナギが
「もっと犠牲者がいるかもしれない。」
アミグ総括はノートパソコンを閉じると
「今、見てもらった動画の煙のような影は、実は魔力の無い者には見えない。」
僕は
「まさか使い魔ですか?」
「その可能性は全くないとは言えないが、それなら他の者に見せずに殺せばいい。」
ヤナギがアゴに拳を当てながら
「殺された者に何か共通点でも?」
「性別、職業、年齢、通ってる場所などの共通点は一切無い。
殺された日付に周期的なものもない。
おそらく全員が魔力を有していた痕跡があるだけだ。」
「有していた?」
僕とヤナギの声が揃った。
「生前、魔術師登録はされていない。我々より先に、この煙に発見され殺された。
検死の結果は、獣のDNAも、該当するような武器も発見されなかった。」
ヤナギが
「相手が同類なら、なんとか解決もできそうですが、わたしたちは猛獣使いでもありませんよ。」
「それはわかってる。だが襲われる同胞を見て見ぬふりはできない。
わかってくれるか?」
ヤナギは僕を見ながら、
「二人で捜査しろと?ご命令ですか?」
「さすがに、それは無理だろう。現地の警察もFBIも協力は惜しまないと言ってくれている。
それと君達とともに捜査に当たる同胞がいる。」
人が増えたからって、こんな人なのか獣かすらわからない相手を捕まえる手立てなんてあるんだろうか。
雲じゃないけど、煙を捕まえろって言われても、無理だし。
ヤナギはあきらめたように息を吐きながら
「アミグ総括、この捜査に期間は決めてあるんでしょうか?」
アミグ総括は腕組みして目を閉じてしまった。
決めてなかったのか?
それとも、解決する見込みがあるとでも?
「発生している範囲を絞り込む事と同時に、付近の魔力を持つ住民に注意喚起をしてもらいたい。」
何人くらい住んでいるかによって期間が変わるな。
「発生源の特定、できれば確保、無理なら生死は問わない。」
これは、簡単には終わらない。
「ひとまず半年間。その間に何かくらい掴めるだろう。」
できるもなにも、注意喚起で精一杯だろう。
ヤナギが
「魔力がある者を狙うのなら、わたしたちも例外ではないですね。」
アミグ総括は腕組みを解くと、
「接触できればヤナギの封印でなんとかなるだろう?」
ヤナギは封印を使えるのか。
どういう魔術なんだろう。
「相手を拘束できた上での封印で万能ではありません。」
これ以上アミグ総括に何も言っても無駄な気が僕はした。
「ひとまず死なないで、注意喚起頑張ります。」
僕が言うと
「それじゃ食事をして、到着するまで寝るとしよう。」
もう機内に漂う香ばしい匂いで、次に何が起きるかわかっていた。
訓練の3カ月をすっ飛ばしてます。
いずれどこかで押し込むつもりです。