魔物1.
ソルデアの部屋に来た。
「頼むよ、連絡とるだけでいいんだから。」
「嫌だ。今は話したくない。」
ソルデアがそっぽ向く。
「じゃ船はなんて名前なんだよ。それくらい教えてくれたっていいだろ?
後は僕が直接するからさ。」
ソルデアはバッグの中をさぐって財布とりだすと、中から紙きれを緩慢な動作で、指先でつまみだして僕の手に落とした。
一度クシャクシャにした紙を適当に伸ばしたみたいで、細かい印刷の文字がよく見えない。
コーヒーテーブルの上で、そっと伸ばした。破れそうだ。
「なんでこんなにしたんだよ。
えっとサー、サーマス?」
ソルデアが憮然としながら
「サーマーカス号だよ。」
僕は呆れた。
知ってんじゃん。
部屋にもどって自分のノートパソコンでサーマーカス号を調べた。
どうやら地中海辺りにいるらしい。
思いきって直接電話してみた。
話したい相手は、もちろんパトモット博士だ。
何人か交換手が変わって部屋にいないのは確認とれて、今度はデッキのカウンターバーに繋がった。
陽気なバンドの演奏が聞こえてくる。
いいな、船旅も楽しそうだ。
やっと博士の声がした。
『もしもしパトモットじゃが。どなた様かのぅ?』
「博士、休暇中すいません。ギンゴです。ソルデアと一緒に仕事してた。」
『おーギンゴか、母上様はお元気かな?
なんでワシがここにいると、よく調べたな。』
「ソルデアに聞きました。いま北米で、実は調査してるんです。」
ちょっと間が空いて、
『ソルデアは元気にしとるか?』
小声になった。
「ソルデアの力が借りたくて、一緒に仕事してます。
ご機嫌ななめですが、元気ですよ。」
『ホホッそうか、そうか。仕事しておるのじゃな。それならいいわい。
してワシに何か用かの?』
僕はざっと黒い煙について説明した。
「昔からいるとすれば博士、何かご存じではないかと。」
『ワシはヨーロッパやリグワーノ島の伝承については詳しいんじゃが。
新大陸については詳しくないんじゃ。
ただし基本的に、その煙を操る者がいれば、痕跡は残る。
もし単独で煙が動いているなら、なおさら何か残ってるはずじゃよ。』
パトモット博士は知り合いに、北米の魔物の研究をしてる人物がいないか当たってくれると言った。
期待はするなと言われたが、何もしないままでいられなかった。
ホテルのラウンジに行こうと部屋を出るとソルデアがドアの前にたっていた。
「ウワッなんだよ、ソルデア。」
「おじいちゃん知らなかっただろ?」
「う、うん。でも誰か研究してないか調べてくれるって。」
「あのさ、ボクが知らないのに、おじちゃんが知るわけが無いんだよ。バカゴ。」
「ソルデアって伝承マニアだったの?」
蹴られそうで、ソルデアから離れる。
「小さい頃から書類の整理を手伝ってきたし、書籍化する時にも毎回手伝うのがボク。」
「じゃさっき教えてくれれば良かったんじゃないか。」
「おじいちゃん元気だった?」
「え?うん。」
ラウンジにつくと、僕はコーヒーを自分で淹れた。
ホテルにあるものは勝手に使っていいって言われてる。
ソルデアが見てるので、ソルデアの分も淹れた。
「ギンゴ、おじいちゃんの船教えたんだから、今度はボクの手伝いしてよ。」
はぁ?
「ほら、コーヒーいれたからイーブンだよ。」
黙ってる。
クソォ。
「なんだよ。頼まれる事にもよる。」
「日本のパスタで、オ・ウドンって食べたことある?」
「うどん?ラーメンはよく食べたよ。」
「ラーメンじゃなくて、おーうどんだよっ。」
なんか記憶にないなぁ。
「灰色の細いパスタは食べたよ。
ザルが粋なんだって言われた。」
「白くてモチモチしたパスタだよ。」
「覚えてないなぁ。なんで聞くんだよ。」
「ヤナギが胃が痛いって話してたろ。だから、おーうどんを作ってやろうと思ってさ。
ボク食べた事ないから、バカゴなら日本にいたから食べてると思ったのに、役に立たないな。」
役に立たないって言われると、なんか腹立つ。
日本で生活してた時を思い出した。
あの時は、初めての一人暮らしで自由だったな。
「日本人て、お店で出される料理はなんでも家庭で再現できるようになってるんだよ。
だからラーメンもカップラーメンがあったし、うどんのスープやダシも絶対買えるよ。」
ソルデアが検索しはじめた。
画面を触る人差し指が止まった。
見つけたらしい。
僕は博士から連絡がくるかもしれないので、自分の部屋に戻る事にした。
しばらくして、研究してるような人物は見つからなかったとメールが届いた。
地道に調査するしか近道はないようだ。




