ex02 「酒と泪と男と女と部屋とワイシャツと私とポニーテールとシュシュと……な話 ~承ぐ(前編)~」
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次回は21:00前後に
「――ってなコトがあったんですよぅ。……まったく、ハインツさんってば、ホントしょうがないですよねぇ」
「フンッ。所詮、あやつもタダの男であったということじゃろうよ」
「ま、まぁ……。しょうがないコトなのかも、しれません……わ、ね」
次の日。たまたまお散歩してたら参加することになっちゃったお茶会で、昨日のやり取りを話題に上げてみました。
テーブルを囲んでいるのは、このところ結構話すようになった百合沢さんと王女サマ。といっても、王女サマの方とは仲良くなった覚えは無いんですけどねぇ。
私の話すハインツさんのゴシップに、百合沢さんはどこと無く浮かないお顔です。優等生まっしぐらなこの方には、ちょろりと刺激の強いお話でしたでしょうか?
もしかすると、私がちょっぴり味付けした内容で話しちゃったせいなのかもしれませんけどねぇ。
うぅむ。いくら女の子だけの秘密のお茶会とはいえ、他人様の色っぽいお話をおつまみにしてしまったのは、やっぱり宜しくなかったかもしれないです。
そんな風に少しだけ反省している私をヨソに、このなんてことない茶飲み話は、なんだか妙な方向に転がってしまったのでした。
「それにしても……。この国はそれなりに豊かな暮らしをしていると思っていたのですが、やはりいらっしゃるんですね。その、そういうお仕事をされている方……」
やけに深刻なお顔で、百合沢さんが洩らします。
「ん? 職業娼婦な方々のことです? そりゃあ居るでしょ、これだけの人口なんですから」
「それはそうなのかもしれませんけど……。でも、やはり気になります。できれば無くせないものなのでしょうか?」
「ふむ。確かに金で春を売る者というのは、同じ女として捨て置ける話ではないのじゃ。いずれそのあたりの改革も行わねばならぬか……」
「そうですわね。私も、そのような境遇に居る方々を、放って置くべきだとは思えません。助けて差し上げなければっ」
おぅふ。これは微妙にマズい流れになっております。
確かに、望まず春をひさがねばならぬ方々の境遇には、私だって痛み入るモノもあります。ですが、十把一からげにカワイソウだなんて言うのは違います。ってか、そんな安直な考えで改革に踏み切るってのは、どう考えてもアウトですよ?
このまま二人に盛り上がられるのは非っ常~にキケンが危ない。これを見過ごしちゃったら、後々どれほどハインツさんに怒られるかわかったモンじゃありません。
私は慌てて、娼婦廃止に向けて盛り上がる二人に水を差しました。
「あのぅ、そう簡単に取り組める話じゃないですよ、コレ。それに、職業娼婦を無くすって言っちゃってますけど、後で絶対問題起こりますよ?」
「ですが絹川さん、貴女は見過ごせと言うんですか? こうしている間にも、人権を無視した扱いをされている女性が居るんですよ」
「そうじゃ。同じ女として、おぬしは恥ずかしく無いのか?」
「いやいや、そういう問題じゃなくってですねぇ……。ちょっと上手く言えないんですけど、そういうお仕事ってのも、世の中には必要なんじゃないかなって――」
「必要悪と言いたいんですか!? 見損ないましたわ、そんな弱者を切り捨てるような発言をするなんて……」
あぅ……非常に良くないです。ぼやかしぼやかし話していたせいか、潔癖な百合沢さんの敏感な部分に触れちゃったみたいです。上手くいかないですねぇ。
こういう時、ハインツさんみたいに上手いこと話が出来れば良いんですけれど……。
私の中途半端な説得で、使命感が震えるほどヒートしちゃってる百合沢さんは「やはり、買売春の全面的な規制を……」なおもキケンな改革を口にしています。
あぁ、コレほんとに止めなきゃマズイやつだ。
私は零点五秒で頭の中をまとめ、本格的に二人を煙に巻くことを決めました。
「う~っと。……あのですね? 確かにお二人の言うとおり、大変な思いをしてるヒトってのは居ると思うんです。でもだからと言って、私たちが軽々しく口を挟んじゃイカンと思うのですよ」
「苦しんでいる方々がそこに居るのに、絹川さんは見過ごせと言うんですか?」
「えとね、コレ、あくまでも私の個人的な見解ってことにしてくださいね?
……実は私、そういった流れモノ関係のお仕事されてる方たちとお話しする機会、以前に結構あったんですよ。そんでその彼女達が言うには、仕事をしてて一番辛いのって、男の人から辛く当たられることじゃあないんですって」
「ど、どうして貴女がそんな経験を? ……いや、それよりどういうことなのです? 男性から搾取されるのが辛いのではないんですか?」
「うぃ。そのおねぇさん達が言うにはですね……」
私は、たまたま元居た世界で交流のあった、お水な仕事をしていた知り合いの話を語りました。
――彼女曰く、男の人にバカにされたり蔑まれたりという体験は、やっぱり一定数あったそうです。
私にしてみればちゃんちゃらおかしな「俺は客だから奉仕しろ」というアホウな理屈で、やたらめったら偉そうにしてくるヒトとか、店の規定に無いような過剰なサーヴィスを求めてくるヒト。そして、あたかもこちらが奴隷であるかのような扱いをしてくるお客というのも、どうしても居るのだとか。
ですが、そんなおねぇさん方はあくまでもプロ。横暴なお客だからこそ、相手の払いがどれだけになるかを見極めて、どこまで従順に従うかを判断していたのだそうです。
相手が偉いから頭を下げるのではなく、相手の自尊心を満足させることで、よりお金を落としてもらう為に頭を下げる。「ってか、金も持って無いヤツに媚び売るワケないじゃない」とは、おねぇさんの金言です。
太客、細客という言葉もあるくらいですもんねぇ、シビアなものです。
確かに、彼女みたいな心の強い方ばっかりじゃないでしょう。心無い言葉をぶつけられて、ふさぎ込んじゃうスタッフも少なからず居るとのコト。でも、それでも、彼女たちは精一杯生きているのでした。
それに、たとえ自分達を見下して来たとしても、最後の一線を越えた言葉は使わないのが男というモノなのだそうです。
何故なら、彼女達のお客となりうる存在である男性は、その手のお仕事に自分達からの需要があることを理解しています。言葉は悪いですけど、おねぇさん達こそが自分達の求める商品である以上、ソレを求めてしまう自分をも貶しちゃうような発言はあまりしないんだとか。
そりゃそうですよね。こっちを売女だのビッチだのって言ってても、じゃあそれに大枚はたくアンタラはなんなんだ? って話なんですもん。
天にツバ吐くようなバカは、そうそう居ないってコトなのでしょう。




