ex02 「酒と泪と男と女と部屋とワイシャツと私とポニーテールとシュシュと……な話 ~起こる(後編)~」
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この私が理路整然と至極真っ当な非難をしているというのに、なおもハインツさんはぐだぐだと言い訳を続けます。
ほんっと、往生際が悪いったらありゃしませんよねぇ。
そんな私たちのやり取りに、このままでは埒が明かないと思ったのか、いつもは黙ってニコニコと隅に控えているだけの部下さんが横槍を入れてきました。
「閣下。失礼を承知で申し上げますが、このままではコユリ様にご理解頂けぬのでは? きちんとご説明なさったほうが宜しいかと」
「だが、コイツに聞かせるような話では……」
「だ~か~ら~っ! 私に聞かせらんないって時点で、後ろ暗いことがあるんじゃないんですかっ!?」
「……コユリ様。実は先ほどのロマリア殿は、王都で有名な娼館の女主人なのですよ」
「オイっ!?」
「娼館……? それって、あの娼館です?」
「どの、かは存じませんが、娼館でございます。世の男どもが金銭を頼りに、一夜の夢を買い求める場所。娼婦の館でございます」
「ん? ん? ん~? ってことはつまり、さっきのおねぇさんはハインツさんのお馴染みさんで、わざわざ営業かけにいらっしゃったってことです?」
「ちっがーうッ! 俺は彼女の客じゃないっ」
「あの方は確かに娼婦ではございますが、それ以前に自ら娼館を営む女主人。そして、この街の娼婦を束ねる風俗協会の幹部でもあるのですよ、コユリ様」
続けて説明してくれる部下さんの言葉に、ハインツさんも諦めたようにため息を洩らします。
「はぁ……。あのな、絹川。今日ロマリアがここに来たのは、定期的な報告と、今度実施予定の身体検査の打ち合わせがあったからだ。協会に所属する全ての娼婦を対象に、年に一度行っている健康診断の話をしに来ただけなんだよっ」
「ほへ?」
思わず変な音が出てしまいました。なんでしょう、本当にお仕事の話が出てきちゃいました。
風俗業に関わる方々にとって、仕事道具でもあり商売のタネでもあるのが自分の身体。である以上、健康や病気に気をつけるのは当然のことです。その為に、定期的に健康診断を受ける事はとても大切なことですし、それを国主導で行うのが非常に重要な案件であるのも良くわかります。
それはつまり、この国における性産業がきっちりと管理されているということ。そしてさらには、病気の蔓延を防ぐ公衆衛生的な意味や、非合法な組織から性風俗業界への介入を防ぐ治安維持的な側面もあるのでしょう。
国民全体の規模が全く違うとはいえ、現代日本ですらきちんと義務化することが難しい、風俗産業への健康診断を、この時代の国家が行っているというのですから、これはむしろ誇っても良いほどの事なハズです。
しかしそうなると、いよいよ理解が出来ません。どうしてハインツさんは、私の耳にこの話を入れることを戸惑ったのでしょう?
もしかしてアレでしょうか、この案件はハインツさんがうっかりやっちゃった系の政策で、だから秘密にしたかった……とか?
部下さんは優しく続きを口にします。
「この国では、古くから娼婦の管理をキッチリと行っておりましてな。ハインツ閣下も何度か携わっておいでなのですよ」
「最初はこれほどではなかったらしいのだがな。一度大きく病気が蔓延したことがあり、それから医師の手を入れるようになったのだそうだ。娼婦の排除や弾圧に向かわなかったのは、この国がそちらの方面におおらかな国民性だった、ということなのだろうな」
「なぁるほど。……でも、それならなんで、私に隠すようなコトしてたんです?」
そこんとこが、やっぱりわかんないですよ? 首を傾げる私に、ハインツさんはそっと目を逸らし、そして、頬をポリポリしながら洩らしました。
「だってお前……言い辛いだろ? 話題が話題なんだし……」
「ピュアピュアですかっ!! …………あのねぇハインツさん。んな妙な気を廻されたら、そっちの方がこっぱずかしいですよ」
「いや、だって……お前だってホラ、一応、年頃の女なんだし。そういう話は聞きたくないだろ?」
「別に気にしませんってば。性風俗の必要性も、娼婦って仕事の重要性も良くわかりますもん」
「……そんなもんか?」
「そんなモンです。必要悪とまでは言いませんけど、無いより有った方が問題が少なくなるって類のモノでしょ?」
呆れてモノも言えない私です。いや、既に結構言っちゃってる気もしますけど。
ホントにもぅ、なぁんでまったくこの人は、そういう変なトコにばっかり気を廻すんでしょう。そのくせ、気づいて欲しいコトはいつまでたっても見ないフリなんですから……。
だから、これくらいの意地悪言っても許されるはずです。私は、あえてニッコリ微笑みながら言いました。
「……というわけですから、ハインツさんがあのおねぇさんのお馴染みだったとしても、私にゃ文句は無いですよ~だ」
「ちがっ! 俺はっ、そういうの要らないんだよっ。
……あぁ、そうだ。話のついでだから言っておくが、近いうち機会があれば和泉にも言っといて欲しい。『娼館はあるが、お前は行くなよ』って」
「……お店でハチ合わせたら気マズいからですか?」
「だから利用してねぇって言ってんだろうがっ!」
などと供述しており、当局は混乱を隠せませんでした、とさ。
私のおちょくりに、いちいち良い反応を返してくれるハインツさん。ちょっと嬉しくなっちゃいましたから、この辺で許してあげましょうかねぇ。
……それにしても、和泉君への娼館利用禁止令ですか。
この世界ではとっくに成人扱いとはいえ、彼とて元に戻れば絶賛未成年です。そういうトコに行くなと、ハインツさんが言うのもわからなくはないです。
どんな流れになれば、私がそんな忠告をできる状況になるのかは想像もつきませんが、機会があれば釘刺しといてあげるのも悪くは無いでしょう。……機会があれば、ですけど。
なんにせよ、やっぱりこの人は、このあたりの機微には疎い模様。
同級生の女子に、風俗に行くなと忠告される高校生。
どちらの立場であっても居たたまれない状況だってコトを、まったくわかっていないハインツさんなのでした。




